第67(定期)教区会主教告示


主教 フランシス森 紀旦

 本日は休日にもかかわらず、私たちの教区がさらに御心にかなった歩みをするための第67(定期)教区会に、各教会よりご参集くださり、本当にご苦労様です。また、姉妹教区のソウル教区から、石光勲司祭様、方承憙氏もご出席くださいました。心から感謝し、歓迎いたしたいと思います。

 中部教区の本日までの一年は、その前年の激動の一年間を経ての日々でありました。法用渉主教様のご病気、ご退職の決意表明、ご病気の悪化への気づき、そして神様のお召し、そのような状況の中で数名の現職聖職の方々のご帰天。教区のどなたもがいかに不安定なまた心細い毎日でおられたか、中部教区にまいりまして、身に沁みて実感させられました。
 そのようなわたしたちに神様は管理主教として京都教区の武藤六治主教様をお送りくださいました。主教様はその暖かいお人柄と深い牧会的配慮によって、私たちの教区を管理しまた導かれ、私の主教按手・就任式までそれを遂行されました。このお働きは、大きな慰めと安堵をこの教区のすみずみにまでもたらしました。同主教様に心からの感謝の意を表明いたしたいと思います。
 また、私の主教按手式ならびに就任式に際しましては、管区の方々とともに、中部教区の皆様方の熱意溢れるお祈りとお力を賜り、衷心より感謝申し上げます。教区成立86年という歴史の中で、中部教区に脈々と流れる伝統ある信仰的姿勢と、常に神の宣教に参与すべく努力して来られたその真摯な歩みを、私は就任以来常に学ばされる日々でありました。しかし、“ひたすら走ってまだ9ヵ月目”という状態の中におりますので、当然まだ十分学べてはおりません。中部教区における神の宣教を認識し、教区全体がそのことに主体的に取り組んでいけますように、仕える主教でなければならないと考え、祈っております。
 現在の中部教区は、10年前のランベス会議が提唱した「福音伝道の10年」という構想に呼応し、法用主教様の「主教書簡」を受けて、様々な諸課題を明確化し、祈りの内にそれらを忠実に果たすべく進んで来たと、理解しております。本日お手許にあります『報告と議案書』の中に、過ぎし年から継続し、この1年間になされた結果が、十分に記されております。教勢、人事につきましても、各分掌機関のご報告の中に示されておりますので、私の本年の告示からは省かせていただき、その他の事柄について二三お話申し上げたいと思います。

 昨年の主教選挙のため皆様が真剣に主教職について学ばれたことをうかがっております。そのような中で、主教は教区のすなわち教会の使命・職務のしるしまた表現であることを確認されたと聞いております。つまり主教の持つ職務は教区の、教会の、キリスト者一人一人の職務です。主教は教区共同体を離れては存在し得ない者であり、一体です。重要なそのことを確認し、踏まえた上で、共に考えるべき大事な事柄が相次いだ今年を振り返って見ましょう。
 その一つが第13回ランベス会議です。教区が一体であることのしるしである主教がこの会議に参加するということは、中部教区という共同体・神の家族がこぞってランベス会議に出席することを意味しております。そのために私は、前もって皆様に、ランベス会議の開催期間中に毎日祈っていただくこと、参加主教と配偶者が日々学ぶ「コリントの信徒への第二の手紙」をやはり毎日読んで頂くこと、各教役者の方々に手渡された会議準備書類の内容を分かち合って頂くこと等をお願いいたしました。皆様のお祈りに支えられて、私と妻とはお恵みの内に会議に出席し、無事に戻ることができました。私たちは、皆様が出席されたことのしるしとして、いろいろな機会に会議の内容をお伝えする義務があり、皆様はそれを開く権利があることになります。大変不十分ではありましたが、いろいろな機会が与えられてそれを果たすことができましたことも感謝であります。その中で、会議の各セクションから私たちに関わる事柄をいくつか、たとえば、環境問題、同性愛の問題、国際債務と経済正義、イスラム教に関わる諸問題、『ヴァージニア・レポート』の重要性、その他についてご報告いたしましたので、また、さらなる詳細とこれからのことは、いずれ出版される『諸報告・諸決議』に委ねることにいたしまして、さらにその中の数点を述べておきたいと思います。
 第一は、宣教と伝道の不可分な関わりについてです。これは「福音伝道の10年」を自らの歩みと連係させて考え行ってきた中部教区にとって重要なことでしょう。私たちは、イエス・キリストにより被造物が新たに創造され、神と和解させられたという福音を基にし、人間が人間として歩める状況を今作り出される神の業に参与させられています。それは全被造物がその目的である感謝・讃美を献げられるようになるためでありますが、すでにその喜びの知らせ・神の国の始まりに気づいている私たち教会は、まだ気づいていない人々に気づいて頂くという使命・職務を与えられております。そしてその人々は、本日の特祷にありましたように、「ともに集められ」なければならないのです。つまり、教勢は伸びなければならないのです。伝道の主体は神の民である教会すなわち「信徒と聖職」ですが、聖職者は信徒の方々が十分宜教の使命を果たされるよう、整える務めを負っています。生き生きとした神の民となるために仕える働きをする、そのような聖職者を志願する神学生の輩出も、当教区にとって極めて重大な課題です。毎年神学校に入学する方が与えられますように祈りましょう。
 第二は青少年の大切さの決議です。これは教会が老齢化したから関心を新たに注ぐということではなく、信徒は全世代にわたるものではありながら、特にこれまでも教会のこの世界におけるあり方において青年の働きが強い力を持っていたことに基づいています。イエス様の公生涯も青年期でした。当教区におけるこの事柄への新たな取り組みが、すでに教務局報告の中で述べられております。
 第三は姉妹教区の決議です。全聖公会の多くの教区を念頭に置いて、姉妹教区関係を発展させることが求められております。アングリカン・コミュニオンにあってこの関係は、互いに祈り合う代祷と共に、大変重要な事柄とされています。中部教区は現在ソウル教区と姉妹関係にあります。来年には、姉妹関係協約書締結後、定められた4年間の期間が終了します。今後両教区の姉妹関係がどのような形になりましても、これまでの交流、相互研修等の良き結果に支えられ、さらに交わりが深められていくことが望まれます。
 第四は、主教は「朝の礼拝」「夕の礼拝」をしっかりと守ること、という決議です。つまり、各教会、また主教座聖堂は、あるいは各信徒、聖職は、二千年の教会が勧めそこに生きてきた事柄、すなわち信仰生活は典礼生活(リタージカル・ライフ)によって基礎づけられるということに、改めて注意を促すものです。この世界が神により慈しみ深い支配の下にすでにあることに気づいている群れすなわち教会は、回復された被造物の目的である感謝を、日々の礼拝の中で、また主日・祝日の礼拝により、この世界を代表して献げるのです。そのことを改めて考えたいと思います。
 第五はエキュメニズムです。このことに関しては、中部教区は地道な働きをかなりして来ています。日本の諸教会の動きは不十分ですが、目を転じますと、世界の動きは活発です。ローマ・カトリック教会や、海外聖公会、さらにルーテル教会を初めとするプロテスタント諸教会では、教会一致についてかなり話し合いが進み、ある程度具体的なレベルにまで達しています。無節操に、一つになれば良いということではなく、聖書や普遍的な信経、教会の伝統考えに従いかつそれを見直しつつ、「三位一体の御名によって受洗した者はすべてイエス・キリストの教会にすでに属していること」を目に見える形とする、顕在化するように神様から全教派は求められていること、しかも、エキュメニズムとはこの世界全体の一致をも意味していること、その動きの中で「聖公会」という教会は、生来エキュメニカルな性格を持っているということであります。そのことに気づいて進む教会でありたいと考えます。

 二つ目は、5月に開かれた日本聖公会第51(定期)総会において、女性の司祭職への道が開かれたことです。このことは、奉仕職がさらに豊かなものとなるために大変重要な出来事であり、教会共同体そのものの豊かさへと導くものです。この内容につきましては、これまで様々な時に様々な所で論議されてまいりました。さらにこれからも論議されるでありましょう。聖公会という教会共同体が持つ会議制の重要な一機関の総会においてこの議決がなされました。この結果、賛成、反対という意思が今まで以上に鋭く出てくるかもしれません。当教区におきましては、かなりの学びがなされたと考えられますが、しかし、自己の意見を率直に出せずにこの時を迎えた方々もあるいは多いかもしれません。教役者・信徒の皆様にお願いしたいことは、信仰的良心によって反対される方々も当然聖公会のメンバーなのであり、神がイエス・キリストによって造られた一つ交わりに属していることを考え、その方々を大切にし、祈り合い、語り合い、受け入れる努力を堅実に行って頂きたいということであります。同総会は「女性司祭の実現に伴うガイドライン」も採択しました。ここに記されている文章、内容は、多種多様な状況に厳格に当てはめられるという融通のきかない、堅苦しく、束縛する法律文ではなく、むしろ自由で、おおまかに諸点を網羅したものであり、解釈も巾を十分に持ったものです。この「ガイドライン」を良く理解されることをお願いいたします。当教区では12月12日に、渋川良子執事が御心ならば公会の司祭職に叙任されます。日本聖公会にとって画期的な日となるわけですが、神の家族である中部教区全員が、あくまでも御心が成ることのみを祈りつつ、その日を迎えたいと思います。

 以上で私の告示を終らせて頂きます。ありがとうございました。