教育基本法の改正法案の廃案を求める要請書

 教育基本法は、教育勅語がもたらした日本の教育の結果を深く反省したところから生まれました。現行基本法の前文において、基本法は日本国憲法の「理想の実現」をめざすものとしてつくられたものとしています。ところが、改正案の前文からは、日本国憲法と教育基本法の一体性を示した箇所や、教育勅語の否定を宣言した「新しい日本の教育の基本を確立する」という箇所が削除されており、現行法の理念を否定して異質な法体系に置き換えることになり、以下に示すように、大変問題の多い改正案であると考えます。

 教育の目的を記した第一条は、現行法では「真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた」国民を育成することが教育の目的であるとしていますが、改正案ではその目的が「国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた」国民の育成に変わっています。

 さらに第二条において、学問の自由の尊重を中心にした「教育方針」が、改正案では「教育の目標」に全面的に書き換えられ、達成すべき具体的な目標として、「道徳心」「健やかな身体」「公共の精神」「主体的に社会の形成に参画」「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」等、あるべき心や態度を詳細に規定しています。

 現行基本法は近代国家の立憲主義に基づく「価値中立」という法の精神、すなわち、個人・家族・学校・人々の自由な集まりに干渉しない原則に立ち、国家の教育支配を明確に退けています。そして国家の役割を、教育の諸条件をサポートすることに限定し、学問の自由を尊重し、思想・良心の自由を保障することで、教育を成り立たせています。

 しかし上記のような改正により、価値中立の原則に反し、個人の人格・心や態度に国家が干渉していくことになります。しかも改正案では、現行法にはない「生涯学習」「家庭教育」「学校・家庭及び地域住民等相互の連携協力」という条文も挿入されようとしています。学校だけでなく家庭や地域社会においても国家が立ち入り、教育目標に列挙された心や態度が、あらゆる場面で達成を求められることになります。そして、改正案の第十六条、十七条で、教育に関する総合的な施策の策定・実施、「教育振興基本計画」の策定など、国家の権限を大幅に保障し、国が教育内容の基準を設定して、その達成を評価して統制する仕組みが盛り込まれており、思想・良心の自由への干渉が進めやすいものとなっています。

 国家が教育を通じて、思想・良心の自由に介入していくことは、その自由を保障した憲法にも明らかに抵触します。私たちは国家による教育支配は、かけがえのない人間一人ひとりの尊厳を破壊する結果しか生まないことを歴史の中に学びました。神の愛の働きに立つ教会は、差別され、虐げられる子どもたちを生み出すような教育に至る道を断じて容認するわけにはいきません。

 その他にも義務教育期間の「9年」という規定が、改正案では削除されており、教育の機会均等がさらに崩壊する危険性も否定できません。

 しかも、これだけ重大な法改正の議論が与党検討会では徹底的に密室で行われ、改正を必要とする根拠が十分に検討されているとは思われない中で、改正ありきの議論が進んでいることも看過できません。

 私たちは60年の歴史ある現行教育基本法こそさらに生かされるべきであり、日本国内のみならず、東アジア、世界の平和に貢献できる、可能性に充ちた法律であると考えます。

 私たち日本聖公会中部教区第76(定期)教区会は、教育基本法改正に反対し、改正案の廃案を求めます。

以上

2006年11月23日
日本聖公会中部教区第76(定期)教区会

(c)NSKK Diocese of Chubu, Last updated on 11/28/2006