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山本 拓/センター後援会員
〔3〕 重層的下請構造下の劣悪な労働条件、悪質業者の横行
(イ) 建設業界は、現在も元請 - 下請 - 孫請 - ひ孫請…という重層的な下請制度をとっており、日雇労働者を雇用するのは、ほとんどが末端の業者である。この構造の中で、例えば元請が労賃1人1万5千円と見積って工事を請負っても、途中の業者の中間搾取によって、日雇労働者の賃金は6,000円とか5,000円になる。
(ロ) 労働者は、笹島(寄せ場)に朝5〜6時から仕事を求めるが、賃金(日当)あるいは日当と仕事の種類だけを手配師・親父から聞かされて車に乗り込む、という形で「契約」が成立する。ところが、業者はこの約束より安い賃金しか払わなかったり、契約期間より長く働かせたり、仕事の内容が違ったり、という契約違反をしばしば行なう。相談を受けた笹島目雇労働組合(毎日労)が交渉に行っても、そんな約束をしていない、と逃げる。
(ハ) 仕事の内容は、もっとも骨の折れる仕事、危険な仕事、人のいやがる仕事をさせられ、しかも現場の指揮者たちに人格を侮蔑するような言葉を浴びせられたり、暴力的な言動におどかされながら、仕事に追いまわされたりする。これが、肉体的苦痛ばかりでなく、精神的苦痛を甚だしくしている。
(ニ) 飯場(工事現場の場合もあるし、親父の事務所近くの場合もある)に入ることもある。ところが賃金が安い上、食事や宿舎設備も悪く、日用品も不当に高い値段で買わされるし、暴力的態度をとる飯場も多い。賃金をなかなかくれなかったり、色々な口実で僅かしかくれないので、仕方なく契約期間が過ぎてもそこで働かざるを得なかったりする。逃げ出そうにも、見張りがいて、見つかるとリンチを受けたり、殺される場合もある(タコ部屋)。むしろ、逃走(トソコ)させて、ただ働きさせてもうけようとする飯場(半タコ)が多い。
(ホ) 建設産業において、労働災害は実に多く、しかも重大災害が多い(政府統計ですら、労災死傷者は年間十万人以上、死亡者千名以上であり、死亡者数は全産業の半分から三分の一を占めている。労災死傷者数の実数はもっと多い)。数年に一度の労災、10年に一度の重大災害に遭遇すると、笹日労メンバーが自分の体験を語っていたことを想い出す。ところで、この労災を受けても業者はしばしば「お前が悪い」と言って労災扱いにしない。足を骨折したまま放り出され、駅構内でうづくまっていた労働者もいた。
建設業界に重大事故が多いのは、基本的には、日雇労働者に家族・親族がいなかったり、不明の場合が多く、補償金・見舞金・損害賠償金の額を安く値切ったり、出さないようにしてしまうことができ、安全対策に金をかけるより、災害の方が安くつくという現実があるためである(これが資本の論理である)。
(ヘ) 話は前後するが、手配師には暴力団関係者が少なからずいるようであり、そもそも笹島にしても、駅構内・周辺にしても、暴力団がとりしきっており、手配師・業者はショバ代を上納している。また業者の中には、自分のところでは仕事をせずに、他の業者のところに労働者を送り出すところ(人夫出し)もある。職業安定法では人夫出し(労働力供給事業)も無届け手配師も禁止しているが、それらは横行しており、また行政(県)が暴力手配師の手配を許可しているなど、労働行政の反労働者性を示している(国鉄当局も、構内での手配禁止と言っているが、本気になって追放しようとしていない)。
(ト) 残業代を請求したら殴られた、不払賃金をもらいに行ったら、スコップで殴られそうになりたなど、日常茶飯事である。こういう状況だから、手帳に印紙を貼ってくれないし、貼ってくれと言い出せない(従って雇用保険・健康保険手帳を取得する意味がない)。
(チ) 以上、「市民」が信じることのできないことが、日常的に行なわれているのが建設業界の実態であり、重層的下請構造の中で、大手建設資本がこのような恥部に手を汚すことなく、肥え太ることが可能となっている。暴力手配師・暴力的業者・悪質業者・暴力団による暴力的支配の下に、労働者が強搾取・強収奪(通常の搾取・収奪より過酷)され、使い捨てにされ、こういう犠牲の下に建設業界が成立し、社会が成り立っているのである。
〔4〕 行政及び医療機関の問題点
(イ) 字数がないので以下簡単に述べる。まず愛知県は、[1][2][3]と大いに関係があるが、抜本的解決を目ざす施策は何ら行わず、笹日労が何度要求しても、実効のあることはしていない。
(ロ) 医療機関に於ては、汚ない・臭いという差別的態度、そこから起る誤診(重大な結果もしばしば生じている)。タライ回し(受け入れ拒否)。一方で金もうけの対象とし、薬づけや治療行為のないまま長期入院させる病院。精神病院への隔離収容。こういう中で死んで(殺されて)いく労働者。こういう問題点について、名古屋市に申し入れても、なかなか取り合わない。
(ハ) 名古屋市は、労働者の置かれている過酷な現実を理解することなく、型通りの福祉・医療行政を行うだけで、そのことが実は日雇労働者を切り捨てていくことになることに、気づこうとしていない。
福祉事務所での追い返し、他都市への移送。通院者の生活場所の問題(施設に入れるとは限らない)。笹島から遠い施設への隔離収容の問題。日雇労働者の実情を無視した越年対策。有料の簡易宿泊所の蚕棚方式での宿泊。失業が理由では生活保護が受けられない(仕事にアブレ、アブレ賃もない日雇労働者は、病気になるまで何ら援護がない)。など。
尚、名古屋市は、私たちのたたかいにより越年対策をはじめたが、「住所不定者対策」と考えており、ここにも差別的態度、問題の本質を見ない姿勢があらわれている。
〔5〕 日雇労働者の健康と生活
(イ) 以上の[1]〜[4]の結果、労働者は右図のようなサイクルをとらざるを得ない。仕事に行っても、いつ野宿の生活へ転落するかわからないし、特にアブレ・生活苦・衰弱・障害・病後などの状況から、悪質業者・飯場、劣悪な労働条件の現場も選ばざるを得ず、太線のサイクルを取らざるを得ない場合が多い。すなわち野宿に追い込まれ、病気・死と背中合わせの生活をしている。こういう中で、悪質業者は横行できるわけである。
(ロ) 日雇労働者は、仕事を求めて渡り歩いたり、長期出張・飯場入りなどのため、アパートを借りて定住することがむつかしい。居住場所が一定でない、あるいは自分の居住場所がないと生活も安定しないし、落ち着き・安らぎも得にくくなるのではないだろうか。
(ハ) 雇用主が日々変ることにより、労働者が団結しにくい。仕事が少ないから、現象的には利害が対立し合う。労働者同士が分断されており、共同性が奪われていること、このことも大きな問題である。
(ニ) 過酷な労働条件・生活条件の中で、肉体的にも精神的にも疲れる。病気になっても不思議ではない。愛し、愛される家族もいない場合がほとんどである。娯楽といっても、労働者同士が楽しめる憩いの場所(施設)もない。そこでの楽しみは、仲間と酒を飲むことになりがちである。金欠の毎日の中で、パチンコだけでなく、一攫千金を追って競輪・競馬・競艇に走りたくなる時もあるだろう。怠け者だからそうするのでなく、過酷な条件で生きている間に、そうならざるを得ないのではないだろうか。飲酒・娯楽を楽しむというよりは、それに飲まれていくことになるかも知れない。
いずれにせよ、労賃は、高い宿泊代・飲食代・娯楽などに吸い取られてしまう。労働者の文化が必要ではないか。
〔6〕 おわりに
途中から端折ってしまったし、触れていない点もある。知らないことも沢山あるに違いない。不正確な記述になったことも心配する。
さて、この現実を踏まえてどうするのか。このことを考える時に大事なことは、我々「市民」の生活・人生がよいという前提に立つべきではないと思う。私たち自身が、すでに他人を自分の利益のための手段と見てしまい、疎外され、人間の共同性を奪われ、分断されている。自分たちの豊かさのためには、第三世界民衆や国内の底辺労働者の犠牲を強いていても知らぬ顔をしている。
従って、日雇労働者にとって大事なことは、私たち「市民」のような生活ではなく、搾取・収奪・使い捨てに対するたたかい、生きるためのたたかいを通して、労働者の共同性、人間の共同性を奪い返していくことではないだろうか。仕事を保障させるたたかいは生活上も重要だし、労働者の団結という意味からも必要と思われる。暴力業者・悪徳業着とのたたかいも大事だし、重層的下請構造の中で、手を汚さずに肥え太っている大手建設資本、使い捨てを放任している行政など、問題は沢山あり、一つ一つ困難なたたかいである。私たちもこういう状況を踏まえて考え、苦闘し、日雇労働者と連帯していくことが必要なのであろう。まともに考えたら、自分のいい加減さが目につくばかりである。

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