日本聖公会中部教区・名古屋学生青年センター
人間としての権利
初出:1988/11発行『こえ』No.16
ささしま・野宿労働者と共に
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塚田 道生/総主事代行

 今年は「世界人権宣言」が制定されて40周年を迎えました。40年前といえば、第二次世界大戦が終って間もない頃です。戦争の悲惨な体験の申で、人間にとって金をかけても守らなければならない大切なものは何であるかが問われたのです。もはや国家の利害とか、民族の優劣を競う愚かな争いを止め、一人一人の人間の生きる権利と人間としての尊厳が強く求められる様になりました。それは国境を越え、人種、宗教、思想を越えて、世界の中の一員としての人間の権利を守ろうとする強い意志表示でした。

 40年を経た今、日本は経済的には世界の最高の水準に達しました。しかし、経済的豊かさや治安の良さが必ずしも人権の尊重とは結び付きません。むしろ、豊かさの陰に置かれた人たちや社会の安全と秩序の名で抑さえられた人たちのことは忘れられ、人権は相対的には後退していて、人権を尊ぶと言う点ではどうも最高の水準とは言いがたい様です。

 人間の権利を守ることの大切さについてはどんな人でも賛成します。強権を振るう独裁者であっても、人権の保護者を任じています。しかし、個々の事例への具体的な対応と言うことになると全く話が違ってきます。日雇い労働者の救援を呼び掛けた時、「彼らは怠け者だ」とか「援助は彼らの自立心を損なう」などともっともらしい意見を言う人がありました。労働者と会い、実情を聞いたり、調べたりした結果ではなく、世間のうわさとか、先入観によって自分を納得させているだけで、自分の怠慢を自己正当化する理由として言っているに過ぎません。南アフリカとの貿易は日本が世界一になり、人種差別を助長する国として非難されています。しかし、日本人はそのことに気づきません。都市化や近代化がもたらした利益には大いに関わりを持ちながら、それがもたらす社会的ひずみや、そのために切り捨てられた人たちのことには深入りしたくないし、知りたくないと言うのが、現代の都会人の多くが抱いている正直な思いではないでしょうか。

 聖書の中に、姦通罪で捕まえられた女性をめぐって、主イエスと律法主義者たちが対決する場面(ヨハネ福音書8の1〜11)があります。旧約の律法では、姦淫罪は石打で死刑にされることになっていましたが、判断を求められた主イエスは「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」と答えられました。すると年長者から始まって一人また一人と、立ち去ってしまったと記されています、この出来事は、この世界には罪を犯したことのないものは一人もなく、自分の正しさを根拠に人を裁く権利や資格を持つ者は誰もいないことを明らかにしています。更に、一人の人間の罪は、それを傍観している人の側にもあること。また、一人の人が罪を犯す事になった背景にある社会的責任は社会のすべての人にあることをも意味しています。キリストはその女性を裁き、排除することより、そこで起こった問題をみんなの問題として受け止めることを求め、その人の立ち直りのために赦しと愛とを与えられたのです。

 日本人がこの事件に今出会ったとしたら、どの様な反応を示すでしょうか。石を投げてしまうか、われ関せずと傍観しているのではないかと想像します。自分の安穏を乱す邪魔者を排除し、刑罰を与えて善しとする社会には真の意味での人権はありません。太平洋戦争の時、キリスト教の信徒はスパイとか非国民と言われて差別され、苦しみました。しかし、その差別から逃れるために、忠誠な日本人の証として天皇を賛美する祈りをし、戦争に協力し、自分を守るためにアジアの人たちの命や人権のことには思いが至らなかったと言う苦い経験をしたことを忘れることは出来ません。

 人権問題は私たちがこの社会の実態を正しく見る目を失い、社会が産みだしている差別の実態から目をそむけ、関わりを断つところから始まります。私たちが無関心で目をふさいでも、それで問題がなくなるわけではなく、かえって、差別や虐待を正当化し、悪をはびこらせ、その社会的責任は一層重くなります。差別の実態を知らないで、無関心で、他人事と思っているうちに、いつの間にか自分自身も権力者に邪魔者にされ、人権が侵害されることになるのです。

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