日本聖公会中部教区・名古屋学生青年センター
〈第18回名古屋越冬活動〉を終えて
初出:1993/6発行『こえ』No.25
ささしま・野宿労働者と共に
表紙ページへ戻ります
宿泊・貸し会議室のご案内
センターの場所をご案内します

2〜3歳児のための幼児グループ
子どもたちにのびのびとした造形表現の場を!

おうちから通いで参加できるキャンプ
各プログラムがどんな願いのもとに、どのように生まれ、作られてきたか。

在日フィリピン人の子どもたちに教育の機会を!
死刑制度廃止を求める運動その他のご案内
関連サイトのご案内
あなたもセンターの会員になりませんか!?
名古屋学生青年センターはどんな団体か
名古屋学生青年センター40周年、日本聖公会学生運動30周年の記念誌をお読みいただけます
松本 普/名古屋炊き出しの会・「笹島人権センター」

炊き出し(食) 「野宿者」
(一日平均)
「船見寮」入所者(人) 入院(人) 植田寮
(更生)
受診/
相談のみ
移送
第18回(今回)
'92・12/25-'93・1/10
3017
(1日平均 177)
322
最多(392)
最小(272)
417
(定員400)
35 29 91 10
第17回
'91・12/25-'92・1/10
1832
(1日平均 108)
226
最多(265)
最小(191)
376
(定員330)
43 30 55 13
第16回
'90・12/25-'91・1/10
1433
(1日平均 84)
219
最多(262)
273
(定員300)
45 41 35
(相談のみ)
11

■ はじめに

 今年もまた、全国の皆様からの御支援・御協力・御加祷によって、名古屋「笹島」での越冬活動が闘い抜かれました。'92年12月25日から'93年1月10日までの年末年始の17日間、仕事もなく、帰って休憩する家もなく、厳冬の下で「野宿」を強いられた約900名もの労働者にとって、越冬とは文字通り〈生きていくための闘い〉であります。そして、越冬実行委員会も、その「闘い」に「連帯」し、「一人の死者も出さない!!」とのスローガンを掲げ「支援」していく17日間でありました。

■ 使い捨て・不況の中で激増する「野宿」労働者

 今回の越冬活動では、上記の統計でも明らかなように、飢えや寒さで病死・凍死の危険にさらされている労働者が、今までになく激増し最悪の事態であることが、各班(「炊き出し」「医療」「夜回り」等)より報告されました。バブルの崩壊、不況の真只中で迎える年末年始に備え、私たちは名古屋市に対し、「船見寮」(12/29から1/9までの名古屋市が開設する一時無料宿泊所)の定員を大巾に増やすことなどを要求しましたが、前年度をわずか70名増やしただけの定員400名でした。本来「年末年始に仕事もなく生活に困窮する人のため」との目的を明示している「年末年始対策」に、「定員」をおくこと自体が誤まりだと言わざるをえません。ましてや「入所の心得」に「1月9日には退寮します」「来年は自力でやっていきます」などと、労働者たちが置かれている厳しい現実には全く配慮せず、全員『指紋』を採られて入所するのです。いったい1月3日には入所者417人と定員を超えて「スシ詰め」となり、その時点でなお200人を超す労働者達が「野宿」を強いられているのだという現実を、行政はどう受けとめ、考えているのだろうか。

■ 寄せ場からの「国際連帯」を

 もうひとつ、今までになく顕著であったことは、外国人労働者との出会いでした。各班からの毎日のまとめの中で、「今日イラン人が、○○公園でバングラデシュ人が、××でペルー人の女性2名が、炊き出しの時、日系ブラジル人が、韓国人が、マレーシア人が、中国人が、フィリピン人が、…」との報告が相次いでなされました。早速、「日刊越冬」のウラ面で、ポルトガル語・英語のメッセージを書いたところ、翌日の正月もちつき・ノド目慢大会には、数ヵ国の外国人労働者が参加し、厳しい闘いの中で大いに楽しいひと時を分かち合うことができ有意義でした。この出会いにより、越冬活動を終えて年間活動に移っている現在、マレーシヤ・朝鮮・タイ・ブラジル国籍の労働者が、仲間として諸活動に参加するようになりました。

■ 何時になったら「労働者・人間」と見られますか

 報告を終えるにあたり、この越冬期(12月〜3月)で既に十数名の労働者が飢え・寒さ・病気のために亡くなったことを伝えなけれぱならないのはとても悲しいことです。アプレ(失業)、不況、飢え、病気、高齢、(そして何より行政の「無策・立遅れ」)によって、増大の一途にある「野宿」労働者そして「路上死」。片や、不況、倒産、離職、季節、「出稼ぎ」による日雇労働者層への流入。私たちの税金(国費)が、「国際貢献」・PKO軍隊派遣、天皇・皇室・皇族の「国事」と称して巨額に投じられていることに、そろそろ何かを気づいてもいいのではないでしょうか。

前の頁へ