日本聖公会中部教区・名古屋学生青年センター
生きるためのたたかいを!
仲間の生命は仲間で守ろう。
初出:1993/12発行『こえ』No.26
ささしま・野宿労働者と共に
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竹谷 基

 夜風の身に染むころ、またぞろ、「越冬」が人の口端にのぼるようになった。

 しかし、ここ数年来、「越冬」と聞くと、わたしは思わず、「しんどいなあ」とっぶやくようになった。なぜだろうか。それはもう、第一には、正月をのんびり寝て過ごしたいからだ。しかし、そんなことを言えば、不謹慎だ、怠け者だと叱責を受けるのがおちだから、ぐっと胸に押し隠している。第二には、日雇労働者の置かれた厳しい状況を如何ともできないところからくる徒労感からであり、第三には、第一とからんで、その厳しさゆえに、支援者に要求される課題の多さと緊張感からだと思う。

 確かに、18年の「越冬」の闘いは、日雇労働者の「行旅病死者」数を軽減し、名古屋市の越年対策(無料宿泊所の開設、等)を引き出し、年間諸活動の実施、日雇労働組合の結成、労働者会館の取得等を成果としてきた。しかし、それにもかかわらず、日雇労働者の状況は昨今の不況により構造的にますます悪化し、野宿労働者の激増、病死者の増加を招いている一方、行政は抜本的施策を何らとろうとしない。そのはざまで、支援者側は、根本的打開策への展望を開けないことへの焦燥感をつのらせながら、増え続ける日常的対応に追われている。その中での「越冬」は、やらなければと思いながら、やっぱり「しんどい」となってしまう。死の淵に立たされている日雇労働者に、そして「越冬」に前記のように怠けたい私のようなものにとって、どのように問われるだろうか。

 私は、炊き出し・越冬に関わるまでは、日雇野宿労働者を見てはいたが、見ていなかったのである。目から排除し見ないようにしていた。しかし、それ以降は、彼らを無視しては生きて行けない、それこそ、クリスマスも正月も凍てつく街角に毛布一枚で寝ている人々のことを思うと楽しめなくなってしまったのである。「越冬」の現場に出掛け、医療班、夜まわり、炊き出しの手伝いをするのは、日雇労働者に出会い、彼らの状況を見、日本社会の構造的矛盾を知るためである。そして、彼らを見ず、排除した上であぐらをかく私の生活は何だろうと問い、また、教会で祝うクリスマスって何なんだろうと問い直すきっかけをつかむためなのである。

 どうか、みなさまも自分を見つめ直すために「越冬」に足をお運びください。

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