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小野 政美/第20回名古屋越冬実行委員会・笹島診療所
越冬活動の19年間で最悪の、93年12月9名、94年1月7名、2月4名と、計20名もの労働者が路上で死亡し、ここ1年間で37名もの労働者が野宿の果てに死亡。高度経済成長を最底辺で支え、道路を、橋を、ビルを、地下鉄を造ってきた労働者が使い捨てられ、野宿を強いられ、路上や公園で亡くなっていく酷薄な現実は何を意味するのでしょうか。引き続く不況の中で、寄せ場・笹島での求人は、ほぼゼロ。野宿を強いられる労働者も増え続け、600名近くにまで増えたまま、週2回の炊き出し・医療相談にも、2ヵ所で400名、この冬、700名近い労働者が野宿を強いられ、多くの犠牲者が予想されます。
炊き出し、医療相談、夜まわり等の活動も、根本的解決にはなりません。この厳しい現実の責任を回避し、何の対策もせず、要求・交渉にも応じない愛知県、名古屋市の責任を、ここに、厳しく追及しなければならないと思います。
夏以来、釜ケ崎では、高齢者向けの仕事、山谷では、越冬用複数宿泊所、横浜・寿では、無料宿泊所、川崎市でも、7月より、横浜市と同じ1日672円のパン券発行と前進しています。名古屋でも、7月19日には、労働者が主体となり「仕事を、特に高齢者向けの仕事を!野宿でも生活保護を!一時金を!無料宿泊所を!パン券を!福祉は差別をするな!」など労働者の切実な要求を掲げて、120名もの参加で、画期的な集会・デモをおこない、愛知県と名古屋市に要求書を直接手渡し、要求回答と交渉を要求、県・市は、回答拒否・交渉拒否。その後、炊き出しの場等で、労働者はぎりぎりの要求のまとめと話し合いを続け、その中で、多くの野宿を強いられた労働者の団結が深まってきています。野宿を強いられた労働者の、日々、死と隣合わせの厳しい現実を目の前におこなわれる、厳寒の冬を生き延びるための越冬活動は、仕事と生活と医療の権利を奪われた労働者との出会いの場でもあり、私たちが、この現実を前に、戦後の高度経済成長と自分自身の生き方を問いなおす場でもあると思います。
わたしたちが、毎日歩いている道路も、車を走らせる高速道路も、ビルも、学校も公共施設も、そのほとんどが日雇労働者によって作られたものです。好況時にはこき使い、不況になると、一番先に使い捨てにし、野宿を強いられる労働者を偏見と差別の眼で見おろす、日本の社会の現実を、あなたの足元を、どうか、いま一度、しっかり、見つめ、考えていただきたいと思います。
みなさんの、ひとにぎりのお米が、1枚の毛布が、温かいカンパが、優しい行動への一歩が、今日も、死と紙一重のぎりぎりの状況の中で、野宿を強いられている労働者の、生きる支えとなるのです。昨年以上に厳しい状況が予想される今、あなたが、あなたの属する教会が、この現実を見つめ、どんなに小さくても、越冬活動にご協力くださいますようこころからお願い申し上げます。

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