日本聖公会中部教区・名古屋学生青年センター
「パートナーシップ」はじめの1歩
初出:1996/5発行『こえ』No.31
ささしま・野宿労働者と共に
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関屋 光泰/笹島診療所スタッフ

 第21回名古屋越冬活動は、『「野宿」労働者への差別、襲撃を許すな!日雇労働者の生活権を勝ちどり、仲間の命は仲間で守ろう!』というスローガンをかかげ、1995年年末から1996年年始にかけて、名古屋駅前の西柳公園を中心として、野宿を強いられている人々が生きて冬を越すための、まさしく越冬の取り組みが展開された。

 私たち笹島診療所は、公園に医療テントを設営し、無料診療・相談、名古屋市民生局臨時相談所への付きそい、病院・施設の訪問活動を実施した。

 そして、今回の越冬医療活動のなかで、特筆すべきは、多くの活動初参加のボランティアたちの大活躍のこと、昼間に実施した診療・相談活動のこと、また移動診療・相談『出張診療』の試みのことである。

越冬医療活動が目指したもの

 今回の越冬医療活動は、活動全体を通して『当事者のパートナー』として問題に取り組むことを目指していた。なぜなら、野宿を強いられている当事者こそ、問題解決への道のりの主人公なのだから。医療テントに、相談にやって来る人々は、今はあきらめているかもしれないが、問題を解決する力と、厳しい現状を変えていく原動力を内面に持っているのである。だから、私たちは、一方的に治療や問題解決のための方法を 『与える』援助ではなく、相談に来た人々といっしょに考え、共に問題に取り組む『パートナー』でありたい、と願った。その第1歩は、ゆっくりと本人の話を傾聴し、いっしょに考えることから『パートナーシップ』は、はじまるのだろう。

多様な参加者が支えた医療テント

 今回の越冬医療テントは、医療従事者、福祉団体や NGO関係者、学生、高校生、主婦等の幅広い参加・協力がなければ成り立たなかった。笹島診療所のメンバーは毎日2〜3人ずつしか参加できないという状況の中、多くの新しいボランティアが加わり、ほぼ毎日参加していた数名の高校生も医療テントの運営を支えてくれた。

 多くの新しいボランティアの参加は、他団体からの協力と、前回と比べて積極的な広報活動に参加者が応じてくれたからであろう。

昼間の診療・相談活動

 前回までは夜間のみの診療・相談だったが、今回は、昼間(午前8時30分から12時まで)の診療・相談活動となった。前回までのようなあわただしい相談ではなく、ゆっくりと当事者の話を聴き、共に考えるための転換だった。

 今振り返ってみると、昼間の医療テント内では、生活保障等の課題についても、当事者と共に考えることができた場面もあった。この転換は、対症療法的な診療・相談活動を乗り越えるきっかけとなった、意義あるものだったのではないだろうか。

移動診療・相談

 さらに今回は医療テントで来訪者を待つだけではなく、医師と数名のメンバーが、栄、久屋大通、若宮大通、白川公園、名古屋駅西を巡回し、『出張診療』ということで診察・相談等を行った。

 12月29日の自由日誌を一部紹介したい。『(栄の)テレビ塔付近で、ふらつきながら歩いている人をみかけ、声をかけたが、1月からずっと病んでおり、病院にかからず(お金が無いとだめだと思っていたのか)、診療所の活動も知らず、病の痛みに1人で耐えてこられたという。(中略)テントにスタッフが居て待っているだけでなく、外に出ていくことの必要性を実感として受けとめざるをえなかった。』

おわりに

 笹島診療所の新たな方向性、挑戦ははじまったばかりである。これは野宿を強いられている当事者と共に、奪われた健康、生活、人権を取り戻すたたかいである。私たちは共にあきらめや無力感を乗り越え現状を変革するうねりを創っていきたい。私もスタッフとして、1人でも多くの人々の理解協力、参加を得ていくことを使命として、2年目を走り続けたい。みなさんも、ぜひ“ささしま”に来てみませんか?きっと、はじめの1歩がはじまりますよ。

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