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高木 栄子/名古屋聖ステパノ教会信徒
2月22日から26日まで「韓国野宿者支援活動見学の旅」に参加した。参加者は、笹島キリスト教連絡会のメンバーと名古屋聖ステパノ教会の信徒計10名だった。
IMF(国際通貨基金)管理体制以前は50人から100人だったソウル市の野宿者の数が、以降は6,000人にもなり、 社会問題化し、宿泊、食物、仕事の提供が急務となった。また、厳寒期の韓国で戸外で寝るということは、即、死につながる訳で、国家が85%、地方自治体が15%の割合でお金を出し、既存の福祉館や建物を“希望の家”と“自由の家”として活用した。市内105ヶ所にあり、希望の家に約4,000名、自由の家に約1,500名が入っている。自立・自活の意志がはっきりしており、お酒を我慢できる人は希望の家に入る。それらを満たさない人や、精神的身体的疾病のある人、治療を必要とする人は自由の家に入る。その振り分けをする所が、タシソギ(もう1回起つという意味)支援センターだ。スタッフから現状説明を聞いたが、野宿している人を「障害者」という枠組みに入れ込まなければならない部分(仕事をする、自立をする能力にやや欠ける)もあるとの話は、そのまま受け止める訳にはいかないが、日本との違いを感じた。
希望の家の“オットキサラバン”と“ポヒョンの家”を訪問したが、午前中のため入所している人は仕事 (国家・行政の提供によるもの)に行っており会うことができず、スタッフの話を聞き、施設内を見学した。どちらも宿泊場所、食事を提供し、社会にもう一度出る、自立するためのサポートをしているという説明で、カウンセリングもきちんとしているという。入所者の間では争いもなく、今は苦しい状況だがもっと苦しい人もいるし、頑張っていこうという雰囲気があるそうだ。
その後、“ソウル自由の家”に行ったが、ただ何となくたむろしている人や、アルコールが入ってどなっている人、窓から手を振る人を目にして、あまりにも整然とした雰囲気の希望の家に戸惑っていた私は密かにホッとした。
ポンチョンドの“ナヌメチプ(分かち合いの家)”では、現在居住している野宿者の方と共に夕食の時をもてた。隣の人と言葉はうまく通じないのだが、和気あいあいとした一時を過ごした。分かち合いの家で過ごす中で、イースターに洗礼を受けることを決めたという彼のために祈りたい。
今回の旅では、十ヶ所以上の現場を訪問したが、どこの現場でもスタッフの人達が大変いきいきして、エネルギッシュだった。そして、若い人達が多く関わっていた。
名古屋笹島で日常的に炊き出しや夜回りに参加している私にとって、「自立して家族との交わりを回復することを願っている。分かち合うべきものをたくさんもっている教会が先頭となって地域社会のボランティア活動を展開していきたい」という力強い言葉や「貧しい人が希望や勇気を失わないように具体的活動をし、また、祈りを捧げている」という静かな言葉は、心に強く響いた。
政府は国民の税金で働いており、国民(政府の失策から生み出された野宿者)が困っているときはその務めを果たすべきで、対策のために国家がお金を出すことに対する国民感情は暖かいという話は、日本の政府、愛知県、名古屋市の姿勢とのあまりの違いにビックリするとともに、うらやましい限りだった。しかし、なかなか動かない行政だが、私たちが住居、食べ物、医療の保障や仕事の提供に関しての要望を、大きく強い声で挙げていけば、必ず動いていくと信じている。その意味において、笹島でも、また全国的にもネットワーク作りをしていくことが今後の課題であるとの確信が持てた旅だった。

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