| 私が、名古屋に来て間もない頃、聖公会の大学生によるセミナーが、三重県菰野町にある菰野聖十字の家で行なわれたことがある。菰野聖十字の家は、介護の必要なお年寄りと重度の障害を持つ人々が住む福祉施設であるが、この聖十字の家を会場に、ボランティアワークの研修をすることが、このセミナーの目的であった。
大学生たちは、言葉や動作が不自由なお年寄りや障害者との出会いと交わりを通して、お互いの意志疎通をはかることの難しさや、自分中心の関わり方に対する反省など、多くの気づきを与えられている。彼らは、毎日の食事の介助やリハビリの手伝いをしながら、相手の立場に立つことの困難さに気づいたり、いかに自分たちが、配慮されている存在なのかということを学んだりするのである。
参加した大学生にとって、こうした体験が貴重な学びになったことは間違いのないことである。しかし、驚いたことは、多くの参加者にとって、こうした出会いや体験は初めてのことだったということである。
実際、核家族化が進んだ今日の家庭では、お年寄りと一緒に生活すること自体が少なくなっていることは確かである。また、重い障害を持つ人は、多くの場合、養護学校に行っているので、普通の学校で出会う機会は非常に少ないように思う。従って、こうした施設に行かなければ、介護の必要なお年寄りや重い障害を持つ人々に出会うこともないし、彼らと交わることもできないというのが、今日の私たちの現状ではないだろうか。
街で、身体の不自由な人に出会っても、声をかけたり、お手伝いをしたりする人が、なかなかいないということが、当時からマスコミなどでも話題になっていたが、その理由のひとつには、関わりの経験がないということがあったような気がしたものである。そこで、私たちが考えたことは、こうした経験や出会いは、何も大学生になってから始めるよりも、もっと早い時期から必要なのではないかということであった。
お年寄りや身体の不自由な人々と、お互いに支え合いながら、共に生きる社会を築くことが大切であるならば、子どもの頃から、そうした人々と接する機会が必要であると考えたのである。また、生き方や価値観が固まってしまった大学生や成人になってからでは、むしろ遅いのではないかとさえ思ったことである。
こうした思いから、1982年、学生青年センターでは、日本聖公会中部教区愛岐伝道区と菰野聖十字の家の協力を得て、中高生に呼び掛けてボランティアキャンプを計画したのである。
その第1回目のキャンプの際、大学生と同じように、中高生にも、感じたことや学んだことを振り返りとして書いてもらった。驚いたことに、文章表現は多少稚拙ではあったにしても、その内容は、大学生が気づき、学んだことと同じようなものであった。もちろん、中高生と大学生を較べると、ワークの内容にも差があったし、その分、施設側や入所者の方々にも様々な迷惑をかけたことだろうと思うが、しかしそのことは、たとえ未熟ではあったとしても、人問に対する感受性の鋭さは、年令や能力では計れないということを、私たちに確信させたのである。
以来、このボランティアキャンプは、途中、数年間のブランクはあったけれども、また、参加者の数も、必ずしも多いとは言えないけれど、学生青年センターにとっては、大切なプログラムのひとつとして行なわれてきた。うれしいことは、参加者の中から、社会福祉の道に進み、すでにそうした働きを始めている人々が生まれてきていることである。
学生青年センターでは、このキャンプを発展的に考え、最近、地域に根ざした新しいプログラムを模索し始めている。こうした取り組みが、もっと身近なところで、日常的に行なわれるようなアイティアと機会が生まれ、少しずつでも、お年寄りや身体の不自由な人々と出会いと交わりが促進されるようになるならば、これまでの経験も生きてくるように思う。
人が行き交う場をめざして・目次
|