第487号(2000年2月)
この春、北海道教区では大規模な教役者の人事異動が行われます。既に皆様の教会にその公示が送られていますが、教区内の24教会の内、18教会が関係します。
「ご栄転おめでとうございます」などという挨拶が教会の中に無いようにと切に願っています。栄転とか出世、あるいは左遷という言葉はこの世の異動の際、よく使われます。他より少しでも上になることがいいという価値観から出る言葉です。そして、それを使うときに、無意識の内にも、二つを比べて、どちらが上かという判断をしているのです。
しかし、その価値観は、教会に当てはまるでしょうか。聖職者たちは、自分自身を神様からの召しに応えて献身した人たちです。その生きる基本には、主のお命じになるところに、喜んで参りますという従順があります。それなしには聖職はつとまりません。遣わされるところがどのような地であろうと、そこが、その聖職者の全身全霊を打ち込んで福音宣教のために働く最前線となるのです。
教会の大小、都市・地方という場所に関係なく、それぞれの教会には多くの問題と困難があり、また多くの喜びとお恵みもあります。一つひとつが、主の御心に従って生きようとしている教会です。そこにお仕えする聖職者たちには、決して栄転も出世も、ましてや左遷もありません。どこも主が共にいて働いてくださるところなのですから。
現在の牧師さんがどの教会へ赴任されようとも、ただひたすら、「主のご栄光が現されますように」と祈りましょう。
主教 ナタナエル 植松 誠