第488号(2000年3月)


 クリスマスの聖劇といえば、日曜学校の子供たちが演じるものと思われています。最近、子供の数が減ったのでこの聖劇もできなくなったと嘆いているかたに、発想の転換をお勧めしたいと思います。
 二月二日の被献日。道央の婦人会の礼拝が小樽聖公会で捧げられ、その午後、同教会の婦人会有志による被献日の聖劇が演じられました。赤ちゃんイエスが、その両親ヨセフとマリアによって神殿に捧げられ、そこにいた老人シメオンと女預言者アンナが乳児を抱いて主を賛美するというあのお話し。
 小樽聖公会婦人劇団の役者さんたちは、趣向をこらした衣装に身を包み、颯爽と、或いは少し恥ずかしそうに登場します。誰が演じているかすぐわかるので、客席からはその都度笑いが洩れます。マリアもヨセフも神殿の祭司も(この祭司は黒のキャソックに十字架をさげてましたが)、シメオンも、それぞれとても上手に演じていて、会場は大いに盛り上がります。そして、ついに女預言者アンナの出番。M姉はお年を召していて、まさにアンナに適役。客席もドッと沸きました。しかし、M姉がアンナになりきって主を賛美するのを聞きながら、会場は静まり、会衆の多くは涙を流していました。「神よ、私のようなもののためにイエス様をお与えくださり感謝いたします」というアンナの祈りは、M姉の祈りと一つになっていたのです。
聖書の話しは、わたしの話。わたしが聖書の登場人物です。聖劇はわたしが演じるもの。そこから主イエス様の愛とあわれみに触れていけるのです。
      主教 ナタナエル 植松 誠




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