第489号(2000年4月)




イースターメッセージ 「大きな謎を越えて」

                          主教 ナタナエル 植松 誠


 小学生向けの偉人伝の中に、「イエス・キリスト」があるのを見つけ、手に取って読んでみました。思ったとおり、その最後は、イエスは十字架で殺され、「イエスの死後、弟子たちは彼の教えを広く世界に広めていきました」ということで終わっています。イエスを「偉人」として見ているならば、それが限界で、それ以外の言い方はできないでしょう。

 しかし、もしそうならば、大きな謎が残ります。なぜ、あの弟子たちが、それも弱く、自分勝手で、イエスの十字架の際には師を見捨てて逃げてしまった卑怯な弟子たちが、使徒言行録に見られるような、勇敢で、自信に満ち、殉教をもいとわない宣教者に変わったかという謎です。使徒言行録や使徒たちの手紙を読み、また二〇〇〇年の教会の歴史を見た時に、「イエスは十字架で死に、その後、弟子たちがその教えを広めた」と言うことでは、あれほどまでの弟子たちの変貌ぶりは到底理解できません。

 イエス様が十字架につけられて殺された後の話を、福音書は詳細に語っています。確かに、死は、それまでのイエス様の教えや奇跡など、神様がイエスと共に働いておられると思われたこと全てを否定してしまいました。「イエス様は、素晴らしいお方だったけれども、結局は死で終わってしまった」といのが弟子たちの思いであったのです。弟子たちは、自分たちもイエスと同じ目にあうのではないかと、秘密の場所に集まって固く扉を閉ざして恐怖に震えています。女弟子たちは、イエスの死体に塗るための香油を持って墓に急ぎます。そこには、何の希望も慰めもありません。

 しかし、この謎に対して、聖書ははっきりと答えます。弟子たちは、復活の主イエスに出会ったのだと。福音書の復活物語では、「イエスは死んだ後も、私たちの心の中に生きている」とか「イエスの精神は不滅だ」などというのでは断じてなく、実際弟子たちの目の前に現れ、彼らと語らい、食事を共にされる、生きたイエスを明白に証言しています。

 あの弟子たちの変貌は、主イエスの復活の証人となったということ以外には考えられません。使徒パウロは、「最も大切なこととしてわたしがあなた方に伝えたのは、…キリストが…三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れ、…最後に月足らずで生まれたようなわたしにも現れたのです。」(1コリント15・3以下)と、迫害者であった自分がご復活の主に出会ったことを語っています。また、復活などあり得ないという人に対して、パウロは、「キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなた方の信仰も無駄です。…しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。」(1コリント15・14、20)と、彼の信仰の拠り所が、正にキリストの復活にあることを証言しています。

 あの弱虫で自分本位でしか生きられなかった弟子たちの大変身の謎は、彼らが復活のキリストに遭遇したこと、そして、それによって全く新たな視点と価値観を与えられて生まれ変わったのだということによって解決します。

 しかし、この謎が解けたところで、わたしたちは復活の信仰を持つことができるでしょうか。わたしの青年期、キリスト教に対して大いに反発し、「復活などということがあるはずがない」と理屈をこねていたことを思い出します。そのような時、聖書を何度も読んだり、また椎名麟三や遠藤周作の本を読み、結局、キリストの復活という客観的な事実しか、その謎を解く鍵はないと判断せざるを得ないところまできたのですが、だから即、復活信仰を持てたかというと、決してそうではありませんでした。あの理論家の椎名麟三が、ある日、復活の物語を読んでいる時に、突然、理屈ではなく、心で、キリストの復活を、理解するのではなく、信じるようになったように、わたしにとっても、時間はかかりましたが、その中で、主イエスに自分自身がお会いし信じるという信仰心が醸成されてきたのだと思います。

 復活を理論的に理解するのは信仰とは言えません。何が弟子たちに起こったかを考えることは、助けになりますが、それでは不十分です。大切なのは、自分自身が復活の主と出会うことです。「見えないのに信じる人は、幸いである」とイエス様が仰る通り、そのように求める人には、復活を信じる恵みを主がお与えくださいます。

ご復活の祝福が皆様の上に豊かにありますように。




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