第522号(2003年1月)


 昨年の暮れ、東京大学情報基盤センターで、円周率を少数以下、一兆二四一一億桁まで計算したというニュースを聞きました。円周率に関してはわたしも特技があり、小数点以下三〇桁までは暗記しているのです。得意になってその数字を朗々と言ってみせるわたしに、家内は冷ややかな声で、「そんなこと覚える時間があるのだったら、詩編の一節でも覚えたら」と。わたしは何も言い返すことができませんでした。
  確かに3.141592…と暗記してはいるのですが、今までそれが役に立つどころか、使ったことさえ一度もありません。東大のセンターにとっては大事なことでしょうが、ほとんどの人にとってはなんの意味も価値もない数字でしかありません。 新しい年が始まりました。新たに教会委員や婦人会役員などが決まり、活動が始まったことでしょう。また教役者の方々も昨年の反省にたって、新たな心構えで新年を迎えられたと思います。今年開かれる種々の会議や集会で、一人ひとりが自分にとって大事だと思うことを話すのは結構です。ただし、それが他の人にとっても大事であるとは限らないということを肝に銘じておかなくてはなりません。教会の家族の話し合いで(信徒同志の会話も同じく)、最も大切なものは正論や自分が正しいという自己主張ではなく、あくまで他への思い遣りと優しい言葉です。白熱した議論の中でも、十分他に聴くことと他を理解するよう努めることです。自分は正論を言っていると思っているところで、案外わたしたちは人を無視し傷つけているものです。
   
         主教 ナタナエル 植松 誠


教区ホームページへ