主教室より 2005年5月
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日本聖公会 北海道教区


北海の光 主教室より <2005年5月号>
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 「受験合格」のお札はこの教会には無いんですか。北海道大学の門の前にある札幌キリスト教会には、このように言ってくる受験生があります。「交通安全」のお守りをくださいと言われたこともありました。

 家内安全、無病息災、商売繁盛、確かにこのようなお札を売れば、人も来るし儲かるだろうと思います。教会がそうしないのは、このようなことのみが幸せだとは教会は考えていないからです。

 聖婚式での誓約には「今から後、幸いなときも災いのときも、豊かなときも貧しいときも、健康なときも病気のときも、あなたを愛し、…あなたとともに生涯を送ります」とあります。一般常識で考えれば、災いや貧乏や病気は決して幸せではありません。結婚する二人にとっても、「自分は幸せになる。この人は私を幸せにしてくれる」という思いの中に、災い、貧乏、病気は無いし、たとえあっても、ロマンチックにしか捉えることができないでしょう。

 しかし、この誓約は、私たちにとって、幸せとはそのようなものではなく、まさにこの世から見れば不幸としか思えないところに幸せがあるのだと教えています。教会の信仰は、いろいろなお札やお守りのようなご利益を約束しません。それどころか、人生の苦しみや悩み、悲しみ、困難さえも、それがキリストに出会う道となり、必ずや祝福に変えられるのだと教えるのです。十字架への道こそが復活に到る正当なコースになるのです。 

主教 ナタナエル 植松 誠