藤井清さんが、年の瀬の三〇日に入院先の病院で天に召されました。九二歳でした。藤井さんは札幌キリスト教会の信徒ですが、教区的にもいろいろな要職を務めてくださいました。また日本聖公会としても、藤井さんは祈祷書改正の委員として現在の祈祷書を産み出す大事業に関わり、その後の聖書日課表も何年にもわたって担当してくださいました。祈祷書はその意味で、藤井さんの愛児のようでした。
藤井さんは、ここ数年、かなり体力が弱られましたが、主日礼拝は勿論のこと、週日の聖餐式にも必ず出てこられました。その最後は一〇月二八日の使徒聖シモン・使徒聖ユダ日でした。その日、札幌キリスト教会での聖餐式は司式の私を含めてたった三人でしたが、藤井さんは知り尽くしているはずの祈祷書をなかなか開けることができず、また慣れ親しんだ聖歌集も頁を開けることができませんでした。「○○頁」、「聖歌○○番」と何度も言いながら私は涙が止まりませんでした。
最近、何度も転び、膝や腕に、時には顔にまで擦り傷をおうこともあり、教会の多くの人に、もう無理をしないようにと言われていた藤井さんでした。また体力気力の衰えはご本人もよくわかっておられました。
しかし、まさに満身創痍となっても、必死に教会の礼拝に出てくるお姿は、藤井さんが何を最も大切にして生きたかを、私たちに強烈に物語っているように思います。藤井さん、主の御国でまたお会いしましょう。