五月二三〜二五日、東京で開催された日本聖公会第五六(定期)総会で、私は首座主教に選出されました。総会終了後、ただちに首座主教就任式が行われました。自分の式服は用意してなかったので、会場の聖バルナバ教会のものをお借りし、就任式の中で管区所蔵の首座主教用マイター(主教冠)、コープ(ガウン)を着け、主教杖を手に持ちました。その時、自分では気付かなかったのですが、コープの背中部分の飾り(オーフリー)が横にずれていたとのこと。後で見てみると、なんとオーフリーをとめるボタンが一つずつずれていたのです。就任式での私の後ろ姿の写真を何枚か見ましたが、コープがずれているように見えます。このようにして、私の首座主教就任は、ボタンのかけ違いで始まりました。
「ボタンのかけ違い」は私たちの人生のあらゆるところに起こります。ちゃんと事前にチェックしておくべきだったとか、どうしてあの時、気付かなかったのか、誰かが言ってくれなかったのかなどと私たちは自分や他人を責めますが、それは後の祭りです。ボタンをかけ直すことはできません。でも、大切なことは、ボタンのかけ違いから起こったことをどのように前向きにとらえいくかということ。私たちの人生の全てにおいて主が共にいらっしゃると信じるなら、ボタンのかけ違いで始まったことにも、主の御業が表されると信じるのです。過去に戻ってやり直すのではなく、今を大事に生きる、それが信仰です。