日本聖公会
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<礼拝・集会案内>
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〔2009年6月3日更新〕
<所在地>



『真ん中に立つイエス』と題して、説教をする
ゼルバベル広田勝一北関東教区主教
陪餐の祈りを捧げる広田主教と木村司祭
本日は、復活節第3主日です。復活の喜びが続きます。復活といえば、過日4月1日
に長年当教区の伝道師として働かれた浅見テルさんが帰天されました。98歳の生涯で
した。42歳にして伝道師を志願され、定年後も教区内で嘱託勤務をされました。ご本人
は俳句が好きで、25年前に
主は実に甦りけり春の暁
と復活の思いを深めています。
私たちの信仰も教会も、このキリストの復活に全てがかかっています。
復活なくして、今日の教会は存在しません。教会は、主イエスに結びついているいわば
家族であります。
私たちの真ん中にはイエスがおられます。
今日の福音書に記されているように、イエスは疑う弟子たちの真ん中に立ちます。私
たちはこうした真ん中に立つイエスにつながりながら、一つの体を形成しております。
イエスは十字架にかかる前、弟子たちと最後の食事をします。
「これはわたしの体である」
とパンを弟子たちに示しました。また、ぶどう酒をとって
「これはわたしの血である」
ことを指し示しました。イエスは十字架にかかり、三日目に復活されました。十字架は、
わたしたちのためにあります。しかもイエスは、人間の力ではどうにもならない、死と
いうものを打ち破って復活し、わたしたちに、新しい命を与えてくださったのです。今、
このことを想起しています。
今日は、三名の方が堅信式を受けます。そして、堅信を受けた方は教会のメンバー
の構成員となり、教会の働きに関わると共に、何よりも先ほどのイエスがお示しになった
聖餐に招かれ、パンとぶどう酒をいただきます。パンは目に見えます。その見えるパンを
通して、
見えない主イエスの命を心の中ににいただくのです。
まさに私たちの心の中に、イエスの命が生きてくるのであります。これがまさにコイノニア
本日使徒書として読まれたTヨハネの手紙1章には、私たちの交わり(コイノニア)とは、
イエス・キリストとの交わり(コイノニア)であります。まさに私たちは
神と御子イエス・キリストとの交わり(コイノニア)
に生きる存在であります。また7節で、互いに交わり(コイノニア)を持ちと、あります。コイ
です。
ノニアは、こうした横の兄弟姉妹との交わりと共に縦の線としての、神と御子との交わりが
あります。もう少し内実的に見ますと、コイノニアは、キリストの苦しみ与って、愛と奉仕の
過日4月4日齋藤主教逝去一周年の折り、主教記念特集号として『コイノーニヤ』が発
行されました。これは戦後、教会の青年たちが中心となって編集されたものです。コイノー
ニアというタイトルは齋藤主教によって名付けられ訳ですが、慣用的にはコイノニアと呼ば
パウロはUコリントの手紙の最後で
『主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わり(コイノニア)が
あなたがた一同と共にあるように』
と結びます。これは今日の教会の祝祷の原型であります。まさに
恵み(カリス)
愛(アガベー)
交わり(コイノニア)
の強調です。
さて、今日の福音書には、復活したイエスが、人々の真っ只中に立たれたとあります。
私たちの今日の礼拝の中心は、この真ん中に立たれている主イエスです。この主イエス
は私たちの目には見えませんが、皆さんにシャロームがありますようにと優しく語りかけ
ます。その主イエスは、礼拝の時だけでなく
孤独の時も
悲しみ苦しみの時も
自暴自棄になる時も
『俺はおまえと共にいるぞ』と声をかけてくださいます。
このいつも、私たちと共におられる主イエスを賛美していきたいのです。具体的には
この聖餐式を通して、パンとぶどう酒を通して、今も生きたイエスが私たちとともにいてく
ださる、そうしたコイノニアを確信しましょう。まさに
『主を喜び祝うことこそ、あなたがたの力の源である』(ネヘミヤ)
のです。
この出来事が、二週間前、私たちがお祝いしたイースターです。こうした主の十字架
と復活を覚えて、私たち教会は、日曜日に共に集り、主を礼拝するようになり、その中で、
イエスが食事の折りに示してくださった、主の晩餐を行うようになりました。
今日は、これから洗礼・堅信式がありますが、父なる神、子なる神、聖霊なる神を信
じ、主イエスの証人として、社会、世界に出て行けるように、み力を求めて祈ります。今や
目には見えない神の働きを求めて祈ります。つまり私たちの心が、目に見えない神の恵
みで満ち溢れ、その喜びを人々にも分かち合うことができるように、手をおいて神の力に
満たされて生きるように祈る式が堅信式であります。
れています。このコイノニアは、新約聖書の用例19回のうち13回がパウロの書簡に用い
られています。
業に参加する(コイノニア)と共に、キリストの体と血に与ること(コイノニア)の意味を持って
います。このコイノニアによって、私たちは新しい命を与えられます。
「私はぶどうの木、あなたがたはそのえだである」とありますが、その枝から多くの実を
結ぶのです。

