日本聖公会
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〔2008年7月8日更新〕
<所在地>

陪餐の祈りを捧げるエレミヤ・パウロ木村直樹司祭


(マタイによる福音書 第10章26節)
旧約聖書はイスラエル民族の歴史を記したものですが、その中には預言者が登場します。
聖書に登場する預言者は、未来を予知する人ではなく、神の言葉を預かって人々に告げる存在
です。主にイスラエルが危機的状況に置かれ時に活動しました。私の洗礼名は、贅沢にも旧約
のエレミヤと新約のパウロからとられていますが、それは洗礼を受けた当時、旧約では一番好き
な預言者だったからです。
預言者エレミヤは、紀元前600年前後にユダ王国で活動した預言者ですが、
神がエレミヤに託した言葉は
ユダ王国の滅亡とエルサレム神殿の崩壊でした。
彼の預言の内容は、神が立てたダビデ王朝の存続と、神の住まいとされる神殿に寄り頼む当時
の指導者に受け入れられるものではなく、彼らから偽預言者として迫害されました。しかし預言は
ラエるが誕生することも預言しました。
主イエスは12使徒を選び、彼らを派遣するに際して
隠されているもので知られずに済むものはない。
人びとを恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、
と言われ、
人を恐れるのではなく、神を恐れて生きる
ことを教えられました。弟子たちがこの言葉を実践できたわけではありません。ペトロは、主イエ
スの受難の前に、先生と一緒に死にますと言いながら、実際には、イエスのことを三度も知らな
いと言いました。
自らの挫折を通して、まことの信仰に生きる者となったのです。
私たちは、自分の意志で神を恐れる者になるのではなく、神の御業によってのみ、神を恐れ
る者に変えられます。そのためには自分たちの失敗も挫折も、神の計画の中では、意味があり、
大切なことなのです。神の救いの御業は、国の滅亡、神殿の崩壊、個人の失敗、挫折、それら
の中にも働いているからです。
私たち日本にとっての挫折と言えば、太平洋戦争における敗戦ということでしょう。今、沖縄
教区と日本聖公会正義と平和委員会の共催で、「沖縄の旅」(今年は6月20日〜23日)という
研修旅行が行われています。日本聖公会では、沖縄県慰霊の日(集団的戦闘の終った日=牛
島満中将自決の日)を含む一週間を「沖縄週間」と呼び、戦争の悲惨さを語り伝えるように求め
主の復活の出来事を通して
12使徒は、神を恐れる者へと変えられたのです。
ています。私も何回か、この「沖縄の旅」に参加しました。一番印象に残っているのは
読谷村にあるチビチリガマを訪ねたことです。
沖縄戦は言わば本土決戦の先取りですが、当然、住民を巻き込むものでした。読谷村の住民
かると、中国での戦闘を経験した従軍看護婦が、中国人がいかに惨い殺され方をしたか、また
南方での戦闘を経験した軍人が、サイパンではみんなが自決したことを語り結局このガマでは、
140名の避難者の内、86名が自決しました。
その半数が12歳以下の子供たちだったということです。一方、このガマからわずかに
600メートルしか離れていないシムクガマでは
ハワイ帰りの住民がいて、アメリカ人は「鬼畜」ではないと避難している人々を説得して、
避難していた約1000人が全員投降しました。
今は死語となっている「鬼畜米英」の言葉が、住民の米兵に対する恐れを呼び起こし、自決を
選ばせたのでした。
私たちは今、
チビリチガマとシムクガマの
どちらの選択が正しかったのかを知っています。
「隠されているもので知られずに済むものはない」との言葉は、今となっては明らかです。しかし
その当時は、隠されていたのです。国を恐れていたが故に。
エレミヤの預言通り、バビロンに捕囚民として連れ去られた人びとは、、
亡国の意味を学び、律法を整備し
預言者たちの言葉を編纂して
現在の旧約聖書の原型を作りました。
そして敗戦を経験した日本も、新しい憲法、平和憲法を作り、二度と戦争をしない国になることを、
国民と世界の人びとに誓いました。
亡国と挫折を新しい希望へと変えたのです。
この希望の道を、
私たちも歩んでゆきましょう。