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<礼拝・集会案内>

〒330−0854  埼玉県さいたま市大宮区桜木町 2−172
 TEL:048−641−2923   FAX:048−641−2979
   JR大宮駅西口より徒歩3分(ダイエー駐車場横)

〔2008年7月8日更新〕

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大宮聖愛教会

陪餐の祈りを捧げるエレミヤ・パウロ木村直樹司祭

2008年6月22日(日曜日)
聖霊降臨後第6主日
木村司祭 【説教】 要旨
人びとを恐れてはならない

(マタイによる福音書 第10章26節)

旧約聖書はイスラエル民族の歴史を記したものですが、その中には預言者が登場します。

聖書に登場する預言者は、未来を予知する人ではなく、神の言葉を預かって人々に告げる存在

です。主にイスラエルが危機的状況に置かれ時に活動しました。私の洗礼名は、贅沢にも旧約

のエレミヤと新約のパウロからとられていますが、それは洗礼を受けた当時、旧約では一番好き

な預言者だったからです。

預言者エレミヤは、紀元前600年前後にユダ王国で活動した預言者ですが、

神がエレミヤに託した言葉は

ユダ王国の滅亡とエルサレム神殿の崩壊でした。

彼の預言の内容は、神が立てたダビデ王朝の存続と、神の住まいとされる神殿に寄り頼む当時

の指導者に受け入れられるものではなく、彼らから偽預言者として迫害されました。しかし預言は

成就するのです。エレミヤはただ亡国を預言しただけではありません。亡国を通して、新しいイス

ラエるが誕生することも預言しました。

主イエスは12使徒を選び、彼らを派遣するに際して

隠されているもので知られずに済むものはない。

人びとを恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、

と言われ、

人を恐れるのではなく、神を恐れて生きる

ことを教えられました。弟子たちがこの言葉を実践できたわけではありません。ペトロは、主イエ

スの受難の前に、先生と一緒に死にますと言いながら、実際には、イエスのことを三度も知らな

いと言いました。

自らの挫折を通して、まことの信仰に生きる者となったのです。

私たちは、自分の意志で神を恐れる者になるのではなく、神の御業によってのみ、神を恐れ

る者に変えられます。そのためには自分たちの失敗も挫折も、神の計画の中では、意味があり、

大切なことなのです。神の救いの御業は、国の滅亡、神殿の崩壊、個人の失敗、挫折、それら

の中にも働いているからです。

私たち日本にとっての挫折と言えば、太平洋戦争における敗戦ということでしょう。今、沖縄

教区と日本聖公会正義と平和委員会の共催で、「沖縄の旅」(今年は6月20日〜23日)という

研修旅行が行われています。日本聖公会では、沖縄県慰霊の日(集団的戦闘の終った日=牛

島満中将自決の日)を含む一週間を「沖縄週間」と呼び、戦争の悲惨さを語り伝えるように求め

主の復活の出来事を通して

12使徒は、神を恐れる者へと変えられたのです。

ています。私も何回か、この「沖縄の旅」に参加しました。一番印象に残っているのは

読谷村にあるチビチリガマを訪ねたことです。

沖縄戦は言わば本土決戦の先取りですが、当然、住民を巻き込むものでした。読谷村の住民

は戦闘を避けて、ガマと呼ばれる天然の壕に非難しました。しかし米兵が近くまで来たことが分

かると、中国での戦闘を経験した従軍看護婦が、中国人がいかに惨い殺され方をしたか、また

南方での戦闘を経験した軍人が、サイパンではみんなが自決したことを語り結局このガマでは、

140名の避難者の内、86名が自決しました。

その半数が12歳以下の子供たちだったということです。一方、このガマからわずかに

600メートルしか離れていないシムクガマでは

ハワイ帰りの住民がいて、アメリカ人は「鬼畜」ではないと避難している人々を説得して、

避難していた約1000人が全員投降しました。

今は死語となっている「鬼畜米英」の言葉が、住民の米兵に対する恐れを呼び起こし、自決を

選ばせたのでした。

私たちは今、

チビリチガマとシムクガマの

どちらの選択が正しかったのかを知っています。

「隠されているもので知られずに済むものはない」との言葉は、今となっては明らかです。しかし

その当時は、隠されていたのです。国を恐れていたが故に。

エレミヤの預言通り、バビロンに捕囚民として連れ去られた人びとは、、

亡国の意味を学び、律法を整備し

預言者たちの言葉を編纂して

現在の旧約聖書の原型を作りました。

そして敗戦を経験した日本も、新しい憲法、平和憲法を作り、二度と戦争をしない国になることを、

国民と世界の人びとに誓いました。

亡国と挫折を新しい希望へと変えたのです。

この希望の道を、

私たちも歩んでゆきましょう。