今月の説教要旨
2001年9月
(牧師) 司祭 マタイ 西川 征士
2001年9月2日(聖霊降臨後第13主日)

『教会生活への実践のモチーフ』

 今朝の使徒書(ヘブライ人への手紙13章1節〜7節)から学びます。

 この個所でクリスチャン生活の5つの基本的態度(心得)を教えているようです。

  1. 「兄弟としていつも愛し合いなさい。」(1節、兄弟愛)
  2. 「旅人をもてなすことを忘れてはいけません。」(2節、親切)
  3. 「牢に捕らわれている人たち・・・・虐待されている人たちのことを思いやりなさい。」(3節、同情、思いやり)
  4. 「夫婦の関係は汚してはなりません。」(4節、純潔)
  5. 「金銭に執着しない生活をし、今持っているもので満足しなさい。」(5節、満足)

 現実にはこの5つのうち1つたりとも満足に実践されていないのではないでしょうか。だから、教会やクリスチャンがこれらの徳目を実践出来るように押し出してくれる基盤となるものが無ければなりません。それは 1.真の指導者、神御自身が私たちを助け、私たちと共に居てくださるという信仰 2.弱い私達をいつも支えてくださるイエスの愛。この2つが永遠不変であることへの信仰です。(5節、8節参照のこと)。5つの徳目の実践へと私たちを押し出してくれるこの2つの信仰は教会生活実践への<モチーフ>と呼べるものです。

 人間の生き方には、それなりの芯のようなもの、信念のようなものが必要です。何も無しで漠然と指針も持たずに生きる時にはどうなるのかは答えを待つまでもありません。

 芸術や文学等にも<モチーフ>というものがあります。音楽で<モチーフ>とは、例えばベートーベンの『運命』の最初の旋律(ジャジャジャジャーン)は全曲中何回も出て来ますが、その部分は全曲を構成する基本的なもので、そういうものを<モチーフ>(動機)と言うようです。小説などの文学においても同じです。又女性方のパッチワークもそうです。一つの小さな模様の切れっ端を幾つも作って、それをつないでひとつの大きな作品に仕上げます。そのベースになる1つの模様の切れっ端を<モチーフ>と呼ぶそうです。とにかく、人生や日常生活を考える時、何か<モチーフ>のようなものがあるか無いかで、その中身が全く違ってくるように思います。

 そういう訳で、クリスチャンの生き方にも、そのクリスチャン生活全体を貫き、全体を構成し、全体を方向づけてしまう<モチーフ>があるのであって、それが、神とキリストへの信仰であります。

 “全ては神によって造られたもの”という人間観、自然観、世界観によって人間は神に頼り、神を知り、神と共に交わりをして生きざるを得ない存在であるという理解と共に神への信仰が生じます。神への信仰は、神の愛とキリストの恵みに触れることです。そしてそれが<モチーフ>となって、そのクリスチャンの人生全体を構成してくれます。神とキリストに愛されているから、神とキリストを知っているから、神とキリストに「感謝」しつつ生きる生き方が生まれるのです。

 毎日の生活の中で1つ1つの神とキリストの恵みに触れ、それによって「感動」し、「感謝」し、それを<モチーフ>としてひとつ一つつなぎ合わせながら1日1日を過ごし、そうすることによって、私達の人生全体を1つの作品としてゆくのだ、ということを深く心に留めたい次第です。そして、先の5つの徳目も、この信仰の<モチーフ>によって始めて実践し得るものであることを学び取りましょう。

 「イエス・キリストは、きのうも今日もまた永遠に変わることのない方です。」(8節)