| 今月の説教要旨 2003年7月 |
| 2003年7月6日(聖霊降臨後第4主日) |
『主へのつまずきと真の信仰』
(テキスト=『マルコによる福音書』6章1節〜6節)本日の福音書にある「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」(4節)というイエス様の言葉は、わたくしたちにとっては、ちょっと謎めいた難解な言葉です。故郷ナザレでは、イエス様は町の人々や、親戚、家族から神の子として受け容れられず、その不信仰の故に、積極的な宣教をうち切られたことが示されています。
故郷の人々は、イエス様の神的言葉、いやしの働きに接したとき、驚きとともに、素直に受け止められなかったようです。大工であり、マリアの息子、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟であるということが、なぜイエス様を神的なお方として受け容れることができないほどの理由だったのでしょうか。幼いときからあまりにも良く知りすぎた仲であったからなのか。否、地元出身者だからむしろ歓迎されても良いはずではないか、とも思います
彼らは「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。」(2節)と言っていますが、彼らの<こだわり>は、イエス様の神的権威、神的な言葉についてであります。
それは次のようなケースと同じです。例えば、イエス様が、悪霊につかれた人をいやされた問題(マルコによる福音書3章20節〜30節)で、ファリサイ人らは、「何の権威によってしているのか」と非難しましたが、その「権威」のことです。また、そのときイエス様は逆に彼らに「バプテスマのヨハネは天からのものであったか、人からのものであったか。」と質問されたように、「天からのもの」にこだわっています。要するに、イエス様とそのお働きを「天からのもの」として受け容れることができなかったわけです。
また、イエス様が、生まれつきの盲人をいやされたとき、ファリサイ人らは、そのいやされた人を捕らえて尋問、いやがらせをしましたが(ヨハネによる福音書9章1節〜34節)、その人は「あの方がどこから来られたか、あなたがたがご存知ないとは、実に不思議です。あの方は、わたしの目を開けてくださったのに。」(30節)と言っています。明らかにこの盲人は、いやしてくださったお方、イエス様が、「天からおいでになったお方」であることを知っていました。ファリサイ人らはイエス様を、このようなお方として受け容れることができなかったのでした。
家の人たちについてはどうでしょうか。イエス様がある人の家に居るとき、母、兄弟たちがイエス様を取り押さえに来ました(マルコによる福音書3章21節)。イエス様が「気が変になっている」と思ったようです。家の人たちも、神的イエスを信じられなかったのです。
ナザレの人たちはみんな、そのような不信仰な人たちばかりであったかというと、そうでもない。フィリポを弟子に召した後、イエス様は彼をナタナエルのところに遣わしました。フィリポが「主に出会った」(ヨハネによる福音書1章45節)と伝達するが、ナタナエルは「ナザレから何か良いものが出るだろうか。」と言いました。ここまではただの不信仰なナザレの人々と同じですが、フィリポの「来て見なさい。」という説得に素直に応じ、イエス様に出会い、イエス様がメシア(救い主)であることを告白しました。イエス様は彼のことを「まことのイスラエル人だ」とおほめになりました。
このように故郷の人々が特にイエス様を受け容れなかったということを、この記事が伝えているのではなく、イスラエルがイエスを受け容れなかったということの一つの象徴的な出来事として書かれているのだと思います。「言は自分のところへ来たが、民は受け容れなかった。」(ヨハネによる福音書1章11節)という一例に過ぎないか、または、その象徴的表現ではないかと思います。
ナザレの人々の<つまずき>は多くのイスラエル人の<つまずき>です。イエス様の弟子ですら、ユダがつまずき、主を売り渡し、ペトロも三度主を否定してつまずきました。すなわち、多くの人々にとって、イエスとその働き、十字架という「神からのもの」につまずき、しかし逆に多くの人々はイエス様を信じ救われました。主を信じない者にとって、イエスは「つまずきの石」(ローマの信徒への手紙9章32節)であったが、主を信じた者にとってはイエスは、「神の子、救い主」でありました。
「わたしにつまずかない者は幸いである。」(マタイによる福音書11章6節)と主ご自身が語られたように、主を信じるか、信じないか、どちらかしかないのです。
「神からのもの」を素直に受け容れる信仰が、主の与えられる喜びにあずかれるか否かの鍵であります。