| 今月の説教要旨 2004年1月 |
| 2004年1月4日(降誕後第2主日) |
『新年に祈ること=家族の平和』
(テキスト=『マタイによる福音書2章13節〜15節、19節〜23節』)主の恵みのうちに今年も新年を迎えました。正月になると、世間の人々は猫も杓子も神社に初詣。祈ることは、家内安全、商売繁盛。(教会の初詣はちょっと寂しいですね?)
しかし、年頭に家内安全=家庭の平和を祈ることは大切です。家庭の平和は世界平和の原点だとわたくしは思います。家庭の平和は社会の平和、世界平和へとつながっているものだからです。今、家庭も社会も世界も大いに乱れています。
本日の特祷では、家庭生活、殊に聖なる家族ということがテーマとして取り上げられています。時宜に適ったものと言えるでしょう。
円満な家庭生活を考えてゆく根拠は、「恵みに満ちたみ子は、ナザレにおいてこの世の家庭生活を共にされた」(特祷参照)ということにあります。主の模範に従って、聖なる家族生活を造り上げて行くことが大切であることが示されているのだと思います。キリスト様によって結ばれた信仰による平和な家庭生活はわたくしたちにとって大切な課題です。
本日の福音書に書かれていることは、およそ次のようなことです。
東方の博士(学者)たちが、幼な子イエスに出会って賛美して帰っていった後、ヨセフとマリアは、み使いのお告げにより、エジプトに逃れて行きました。それは、ユダヤの王ヘロデが、「王なるキリスト」が生まれたことに不安を抱き、幼児虐殺を企てていたからです。その難を逃れるためでした。
ついに、ヘロデ王の幼児大虐殺が起こり、その後ヘロデ王が死んだので、再びみ告げによって、マリア、ヨセフ、幼な子イエスはユダヤに帰りますが、ヘロデ王の息子アケラオが即位していて、まだ危険であったので、またまたみ告げでガリラヤのナザレに行き、そこで家庭生活を始められました。
幼児期のイエス様のことは聖書にはほとんど何も書かれていませんが、ナザレでイエス様は「幼な子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。」(ルカによる福音書2章40節)とあるように、平和な家庭生活を送られたことが示されています。ついでですが、本日のもう一つの福音書(ルカによる福音書2章41節〜52節)でも十二歳のイエス様の記事の最後に、「イエスはナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。」(51節)、「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。」(52節)とも書かれています。いわゆる「聖家族」の姿であります。
ある教会で、家族問題を抱えた信徒家族がありました。一番とばっちりを受けたのは、おばあさんでした。悩み抜いたあげく、わたくしに改宗を告白、依頼されました。「こんな家庭になるのは、自分だけ信仰が違うからでしょう。家族はみんな同じ信仰でないといけないのでしょう。」と言って、受洗を志願されたのです。その家庭では夫婦、女児二人とも、教会信者でしたが、おばあさんは熱心な天神さん信仰家だったのです。毎日神社詣り、川の土手で、お光りさんを欠かさず上げるような信者であったのが、よく改宗を決心されたと感心しました。そして、洗礼準備の後、受洗されました。
すると不思議にも、その頃から、家庭問題は和らぎ、おばあさんもほんとうに喜ばれ、熱心に礼拝に出席し、教会の前を通りかかるたびに、教会に向かってていねいに手を合わせてお辞儀をして行かれるほどでした。わたくし自身も、このことで苦労した甲斐もあって、ほんとうに嬉しく思いました。素晴らしい経験をさせていただきました。
主に在る平和な家族、平和な家庭。これほど素晴らしいものはありません。
「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイによる福音書5章9節)とイエス様は教えられました。
年の始めにあたり、皆さんの家族・家庭に主の平和が豊かにあるように心からお祈り致します。そして平和を実現する神の子として新しい一年を励んで行きましょう。