| 今月の説教要旨 2005年1月 |
| 2005年1月2日(降誕後第二主日) |
『全てのものの初めなる神と良き家族生活』
(テキスト=日本聖公会祈祷書 降誕後第二主日特祷)新しい年の初めの主日に当たり、みなさまのご家族・ご家庭の上に主の豊かな祝福があるようにお祈りいたします。
「一年の計は元旦にあり。」と昔から言われるように、どのような心構えで一年をスタートするかを考えるのは大切なことです。そして、何事にも「初め」が肝心です。
「初め」といえば、聖書から次のような言葉がすぐ頭に浮かんできます。
「初めに、神は天地を創造された。」(創世記 1章1節)
「神の子イエス・キリストの福音の初め。」(マルコによる福音書 1章1節)
「初めに言(ことば)があった。」(ヨハネによる福音書 1章1節)
「わたしは……初めであり、終わりである。」(ヨハネの黙示録 21章6節)神は全てのものの「初め」であり、神はわたくしたちにとって「初め」であるお方であることを示しています。そして、地上では、イエス・キリスト様が、その「初め」となってくださったことをも同時に示されています。
したがって、「全てのものの初め」である主を信じるわたくしたちにとっても、全てを始めて行くのも、神様と共に、イエス様と共に始めて行かなければならないことを教えられていると思います。ミレーの『晩鐘』の絵が心に浮かんできますが、一日の「始め」も「終わり」にも祈りをみんながするようになったら、どんなにすばらしいかと思います。
わたくしたちは週の「初め」の主日礼拝を守りますが、これをなかなかしっかり守れない状況もあるわけですから、毎朝、毎晩祈るのは極めて容易ではありません。
祈祷書には「朝の祈り」「昼の祈り」「夕の祈り」「就寝前の祈り」が短く書かれていますし、もっと短いものとして、聖公会手帳に「家族の朝の祈り」「家族の夕の祈り」が書かれていますから、ご利用なさればと思います。祈りというものは、元旦に神社や寺に初詣に行って、商売繁盛、無病息災、家内安全等の御利益を年に一度祈ればよいと言うようなものではありません。
高地主教様が、今年の教区のわたくしたちの計画として「針の穴計画」というものを打ち出されました。大きな課題がいくつも教会・教区にある中で、どんな小さな事でも良いからコツコツ始めて行こう、という主旨のようです。
そういう意味からも、どんな小さな祈りでも良いから、コツコツと毎日の生活の中に習慣づけて行くように、みんなで努力して行ってはどうかと考えています。それは、やはり、全てのものの「初め」を一人一人の心と身体に刻まれた人間に成長するための原点であるからです。
さらに、わたくしたちの世界や社会がさまざまな問題を引き起こし、拡大しつつ崩壊の途をたどっていることは誰しも疑いを抱かないところであります。わくしはその崩壊の「初め」は、人間の絆の破れが、その底辺にあるからだと考えています。そして、人間の絆を作って行く最小単位集団は家庭・家族という世界ですから、これが崩壊している現状では、世界の平和も成り立つはずがないのです。
今日の特祷で、イエス様もナザレで良い「家庭生活」を送られたことが述べられており、わたくしたちも「愛と服従で結ばれた聖なる家族」として生活できるようにと祈っています。
先日のクリスマスにも三人の信徒子弟が洗礼を受けられ、二つの「聖家族」の絆が固められ、嬉しいことでした。この教会は昔から家族伝道を伝統として歩んできたように思います。人間の幸せの基本は「良き家族」の中にあると思います。わたくしたちの多くは「全てのものの初め」である神様とイエス様を親から引き継ぎ、それをまた子どもに伝えて、良き家庭・良き家族として成長してきました。
そういうことから、信仰に根づいた良き家庭・良き家族――それがわたくしたちの幸せの「初め」であり、平和の「初め」と言えるのではないでしょうか。
「主を恐れることは知識のはじめである。」(箴言 1章7節)という聖句は子どもの頃からわたくしの耳に強く残っています。