今月の説教要旨
2005年3月
(牧師) 司祭 マタイ 西川 征士

2005年3月6日(降誕後第四主日)

『命のパン』


 大斎節第四主日は昔から「リフレッシュメント・サンデー(元気回復の日曜日)」と言われてきました。大斎節謹慎生活の緊張を一時解除し、大斎節後半へ元気回復するための一日です。要は「一服」の日で、外国の教会では、この日は「節制」から離れて、教会や家庭でパンケーキを焼いてたらふく食べる習慣があります。

 人間は緊張の連続ばかりの中では生きて行けません。ストレスが溜まると病気にさえなってしまいます。適当な休養を取ることは今日極めて大切なことになっていると言わねばなりません。

 本日の特祷で、「み子は、すべての人のまことの命のパンとなるために、天からこの世に降られました。」とあります。実際、イエス様は自ら「わたしが命のパンである。」(ヨハネによる福音書6章35節)と言われました。また、荒野の誘惑の記事の中でも、「人はパンだけで生きるものではない。」(マタイによる福音書4章4節)とも言っておられます。

 パンは日常わたくしたちにとって欠くことのできない食物のことです。そして、世界中には、このパン(食物)のために生きている人がなんと多いことでしょう。一方、貧しい国々の人々でも、僅かなパンを分け合って、つつましい生活をしている人々もたくさんおられます。

 わたくしたち人間は、肉体的な存在ですから、その肉体を満たすパン(食物)を必要としていることは当然です。しかし、人間にはもう一方で、霊的な存在ですから、それを満たすパン(食物)が必要なのです。すなわち、人は肉体で生きているのですから、肉のパンが必要であると同時に、人は心でも生きているのですから、心のパン(食物)も必要としているということです。

 人の健康は身体の健康と心の健康とバランスが取れていないといけません。幸いにも、いまの日本は身体の健康を保つためのパン(食物)には恵まれ、その上に、いろいろなサプリメント(補助栄養食)や種々の栄養ドリンク剤まで溢れています。しかし、心の健康を満たすパン(食物)は一体どれだけあるでしょうか。

 確かにわたくしたちの心をいやしてくれるものもたくさんあります。山や川や海の美しい景色、疲れが抜けるような気持ちよい温泉、心が洗われるような美しい詩や絵画や音楽、可愛い子供たちの笑顔、等々。○○様みたいな、いやし系の顔もいいと言って大騒ぎすることもあるくらいです。

 それでも近ごろの物騒な事件などによって、その被害で受けた心の傷をいやすための心のケアを必要としている子供たちや、複雑な社会と人間関係の中で受けた心の傷をいやす医者やケースワーカーを必要としている大人もどれほど多いことでしょう。それらの人々は心のパン(食物)に飢えている人々です。

 わたくしたちとて魂に飢え渇く者ばかりです。でも、わたくしたちには「わたしが命のパンである。」と言葉をかけてくださるイエス様がおられます。わたくしたちには、このイエス様を信じる信仰があります。イエス様は「まことの命のパン」となってくださいました。それは神様の愛によるものですが、恵みに溢れた養いを受け、十字架・復活によって、わたくしたちのすべての傷が取り除かれ、心の健康への道もちゃんと備えてくださっています。

 その「道」というのは、わたくしたちが毎主日陪(あず)かっている聖餐式です。聖餐式で頂くパンは、イエス様の体、「まことの命のパン」であります。このパンは、わたくしたちが背負うどんな傷や苦しみも背負い返してくれるものです。

 こうして、わたくしたちはこの聖餐式によって「み前でこの聖なる賜物にあずかるとき、わたしたちを聖霊によって新たにし」(祈祷書176ページ)て頂き、さらに、「わたしたちの信仰が真理のうちに強められ」(祈祷書179ページ)ます。この聖餐式の恵みにあずかることによって、わたくしたちの身体の健康も心の健康も養われるのです

 今後の教会生活の中で、また、後半の大斎節の中で、聖餐式のたびごとに、「新たに」され、「強め」られ、リフレッシュ(元気回復)されて行きたいと思います