| 今月の説教要旨 2006年12月3日 |
| 2006年12月3日(降臨節第1主日) |
『救いへの架け橋・キリストの来臨』
テキスト=ルカによる福音書 21:25〜31
「あなたがたの解放の時が近いからだ。」(28節)
「神の国が近づいていると悟りなさい。」(31節)
希望に満ちた新しい時、新しい世界の到来を、主イエス様は人々に告げられました。エルサレム滅亡の危険を肌に感じながら、ローマの迫害の恐怖にさらされ、貧しさと苦しみのただ中にあった初代教会の人々は、この主の言葉にどんなに力強い励ましを与えられたことでしょう。
イエス様の死後でも、残された主のみ言葉によって、苦難の時が過ぎ去り、神の国が到来することを固く信じたのでした。
先週、立派な信徒、田中 望さんを主のみもとに送り出しました。人と人をつなぎ、人と神を結ぶ働きを一杯なさいました。人というものは誰であっても、多かれ少なかれ、そういう働きとか役割をして死んで行くんだなあと思います。亡くなった父や母、兄弟や子供がおられたら考えてみてください。生きている時も、死んでからも、人は、人と人、人と神との間の「架け橋」になってくれていると思いませんか。
いじめによる自殺の問題は深刻になるばかりです。何故こんなことになるのでしょうか。相談相手がいないからだと言われています。私もそう思います。でも、相談相手がいるのに、それに気づかないことの方が大きいと思います。人の間にも、神様との間にも「架け橋」は必ずあると信じています。
人は孤独です。人は本来それぞれ個人であり、孤立した存在です。人間はみな、この前提に立っていることを忘れてはなりません。神はアダムをお造りになりました。孤独でした。「助ける者」が必要だということで、女(エバ)が造られたのでした。だから、人はみな、「助ける者」を必要としている存在であります。そして、誰のまわりにも、「助ける者」がいるということでもあります。
先週月曜日のNHKテレビ番組「プレミアム10」で、ポール・サイモンの『明日に架ける橋』という曲について学びました。
「困難からの旅立ち」「新しい旅立ちへの架け橋」が、そのメッセージだそうです。ベトナム戦争、公民権運動(黒人解放運動)、アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)という、暗い、苦しい時代背景の中で、この曲が生まれ、爆発的人気で広く歌われたのだそうです。アレサ・フランクリンという黒人女性のゴスペル・シンガーによっても歌い継がれ、讃美歌にまでなっているとのことです。
「あなたが疲れ果てて、倒れそうな時
あなたの目に涙が一杯の時
わたしがその涙を全部拭い去ろう
時がいかに激しく揺れ動いても
そして友が見つからない時も
わたしはあなたのそばにいる
荒れ狂う水の流れに架かる橋のように
わたしを横たえよう」(1節のみ)(拙訳)「わたし」とは誰のことか分かりませんが、新しい世界への旅立ちのために「架け橋」になってくれる存在がいるということでしょう。自殺を考えるような苦しい目に遇っている人、自分に自信の無い人に、この詩をプレゼントしたい気持ちです。
この歌詞は大変聖書的です。
「神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。」(コリントの信徒への手紙二 1:4)
神様は昔、新天新地に人を渡らせるために「箱舟」をお与えになったように、苦しみの中にある人々を「神の国」に導くために、イエス・キリスト様という「架け橋」を送り、十字架・復活を通して、誰でも「架け橋」を渡って喜びの世界へ行けるようにしてくださいました。
降臨節は、救いへの「架け橋」・キリストの来臨を待望し、お迎えする時であります。教会も私たちも、少しでも「架け橋」になって行けるように祈りましょう。