2003年7月20日  聖霊降臨後第6主日 (B年)

 

司祭 セオドラ 池本則子

敵意という隔ての壁を取り壊したキリストの平和

 「実に、キリストはわたしたちの平和であります」(エフェソ2:14)
 イエス様は平和の神であり、わたしたちに平和を実現してくださいました。イエス様はどのようにしてわたしたちに平和を実現してくださったのでしょうか。それは十字架を通してでした。十字架の死を通して、「二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄された」(同2:14〜15)のです。「平和」とは神と人との関係であり、人と人との関係です。イエス様による十字架を通して、わたしたちは神と和解させていただき、また敵対関係にあった両者を一つの体として新しい人に造り上げられたのです(同2:15)。イエス様の十字架は、神様と人間とを和解させ、人間同士の敵意を滅ぼされたのです。
 「二つのもの」「敵意という隔ての壁」、それは、ユダヤ人と異邦人という二つのグループであり、選民であると自負していたユダヤ人を異邦人から守るために隔ての壁を築いていた律法でした。しかし、イエス様はユダヤ人たちを守り導いてくださっている神様というのは、そのように敵意という隔ての壁を許している神ではないことをどうしても示す必要がありました。この壁を取り除き、敵対する二つのものを新しく一つに造り上げなければ、愛の業によって天地を創造され、人類への愛のためにその独り子をこの世に遣わされた神様と人間の関係も遠く離れたままで終ってしまいます。
 そこで、平和そのものであり、平和をわたしたちに与え実現することのできるイエス様が、御自分の肉において、十字架の死を通して、神と人が、人と人が一つになるように働かれたのです。敵意という隔ての壁を作っていた律法を廃棄されたことにより、ユダヤ人だけが神の民であるという古い関係から、異邦人も神の民であるという新しい創造がもたらされたのでした。それによって以前は遠く離れていた神様が、今やすべての人に近い神様となったのです(同2:13)。神と人とが和解し、人と人との敵意という隔ての壁が取り壊され、平和な関係になったのです。
 しかし、今の世界はどうでしょうか。せっかくイエス様の十字架の死によって敵意という隔ての壁が取り壊されたのに、今の世界は敵意に満ち溢れています。しかも、キリスト教国である米英が敵意という隔ての壁をますます作ろうとしているのではないでしょうか。日本政府もそれを支持していますが、たとえ自衛のためであったとしても、人を武器によって攻撃しなければならないような関係は敵の関係であり、そこから平和は得られません。わたしたちは十字架の死によって与えられたイエス様の平和を追い求めたいと思います。イエス様は平和を実現するために、今も働いておられるのです。

 

過去のメッセージ