日本聖公会 京都教区 奈良基督教会/礼拝堂は国の重要文化財となっています

奈良基督教会の機関誌です。

◇「シオンの丘」第174号 2018年3月15日発行

表紙「主よ、お話しください。僕(しもべ)は聞いております。」      牧師 司祭 ヨハネ井田 泉

 

昨年2017年度、わたしたちの教会は創立130周年を記念し、教会の歴史を振り返って神さまと先人に感謝し、またこれからの教会の歩みに向けて思いを新たにしつつ、主の導きを祈りました。130周年記念として心に刻んだ次の聖句を、これからも大切にしたいと願います。

「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」コリントの信徒への手紙一13:13

 

さて今年の聖句として与えられたのは、この言葉です。

「主よ、お話しください。僕(しもべ)は聞いております。」サムエル記上3:9

少年サムエルは、主に呼びかけられたものの祭司エリに呼ばれたものと思って駆けつけました。しかしエリは「呼んでいない」と言います。3度同じことが繰り返された後、祭司エリに教えられて、4度目に呼びかける声に対してサムエルはこのように答えました。その時からサムエルは神の言葉をはっきりと聞く者となったのです。

「主はサムエルに言われた。『見よ、わたしは、イスラエルに一つのことを行う。それを聞く者は皆、両耳が鳴るだろう。』」3:11

 

今から3000年と少し前の時代。困難な、また悪しき現実がありました。人々には希望がなく拠り所がなく、嘆きと混乱がありました。けれども神さまはサムエルをとおして、悪しき現実を正そうとされ、人々に道を示して希望を与え、自ら人々の拠り所となろうとされました。そのために主はサムエルに語りかけられたのです。

今も困難な時代、平和が脅かされている悪い時代です。それだからこそ、わたしたちも主の言葉を聞きましょう。

「主よ、お話しください。僕は聞いております。」

主の言葉は、あるときは聞く者の「両耳が鳴る」ような厳しい言葉かもしれません。しかしあるときは、「蜜よりも甘い」(詩編119:103)ものでもあるでしょう。

主の言葉を聞くことから、何かが、必要なことが始まります。神さまは、聞こうとする者に語りかけ、働きかけてくださいます。そうして、わたしたちはみ言葉に導かれ、生かされる幸いを経験し、昔の詩人の歌をわたしたち自身の歌とするのです。

「あなたの御言葉は、わたしの道の光、わたしの歩みを照らす灯。」詩編119:105

 

◇「シオンの丘」第173号 2017年9月10日発行

表紙 『三国志』と『知恵の書』                司祭 ヨハネ 井田 泉

 

何を隠そう、私は『三国志』ファンである。中国の後漢末期(紀元200年前後)、黄巾の乱から始まり、曹操の魏、劉備の蜀、孫権の呉の三国が鼎立する。渦巻く知謀、衝突、その中に現れる人間の誠実と汚さ……。何種類かの小説を読み、古紙回収で道に積み上げてあった横山光輝のコミックの束を持ち帰り買い足して全60巻を読み、果てはパソコンゲームにのめり込むということもあった。

しかしその後長患いをし、また回復とともに多忙になってすっかり遠ざかっていた。ところが最近、ある方からDVD数十枚の提供を受け、関心が再燃してしまった。悪役曹操の不思議な魅力。孫権配下の名将・周瑜の異能とその故の弱さ、魯粛の人徳……新しい発見があって大変面白い。とともにどうしても、今の自分、人、組織、社会のあり方などを考えさせられる。難題に直面したときの判断・決断のむつかしさ、その結果の重さ。単なる処世術ではない深い知恵が必要であることを思わされる。

 

そうした時期、ちょうど主日の日課に『知恵の書』(旧約聖書続編)が朗読された。『知恵の書』はこう始まる。

「国を治める者たちよ、義を愛せよ、善良な心で主を思い、素直な心で主を求めよ。」1:1

これは今の日本の為政者、政治家に聞かせたい。不正、ごまかし、欲望、そして戦争するための国づくり……。どこに義があるのか。どこに善良な心があるのか。

興味深いのは「知恵」自らが主体となって行動することである。

「知恵は自分にふさわしい人を求めて巡り歩き、道でその人たちに優しく姿を現し、深い思いやりの心で彼らと出会う。」6:16

思えば、最初の教会の指導者不足を補うために新たに7名が選ばれたとき、その規準は「”霊”と知恵に満ちた評判の良い人」(使徒言行録6:3)であった。

「わたしは祈った。すると悟りが与えられ、願うと、知恵の霊が訪れた。」知恵の書7:7

私たちも判断・決断に迷うことの多い中で、”霊”と知恵を、知恵の霊を求めよう。み心に従って歩むことができるように。

 


「シオンの丘」第172号 2017年4月16日発行

表紙 奈良基督教会創立130年を前に                司祭 ヨハネ 井田 泉

 

奈良基督教会は、1885(明治18)年2月25日、中島虎次郎、田中宇喜智(うきち)両伝道師が大阪のマキム宣教師によって派遣されてきたのが始まりと言われます。それは、やがて最初の信徒となる玉置格(いたる)氏と中山貞楠(さだくす)氏が相談し、「自由ノ真理ヲ求メント欲シ、基督教ノ真理如何ヲ探ランタメ」に伝道者の派遣を要請したのに応えたものでした。

その年の10月、玉置、中山両氏とそのご家族が、マキム師から洗礼を受けて奈良伝道の初穂となりました。翌年にはキリスト教の説教会に500名が集まったと言われます。

そして1887(明治20)年、花芝町3番地に最初の教会堂が建築され、6月20日に落成しました。6月22日、チャプマン司祭司式により献堂式が行なわれたそうです。当時すでに信徒は30名。当日の来会者は119名で、堂内に満ちたそうです。「式終わって後、来会者に菓子を1個ずつ与えた」という記録が、簡素を旨とした当時の様子を思わせます。

ジョン・マキム主教は後に大和伝道を回顧して次のように記しています。

「同町(奈良)にて最初に洗礼を受けしは土地一流の弁護士玉置、中山の両氏であった。……両人とも町の名望家にて同氏らに法律事務を依頼する者多かりしこととて、クリスチャンとなることは、世間より絶交せられ、また依頼者を失うことを意味した。受洗後両人はしばしば余と同行し大和全国を旅行し、あるいは家にて、あるいは寺堂境内にて、あるいは他の場所には信仰の証しをなした。」

「日本聖公会に於ける最初の自給教会は奈良基督教会であった[正式には1888年]。信徒は土地を提供して礼拝堂を建立した。外国の資金とてはただ余の持ち合わせし金七十円のみであった。」

翌1888(明治21)年、年初の「初週祈祷会」が組合教会平城教会と合同で開かれました。二日目(1月3日)には「わが教会で祈っているときに聖霊が降臨し、一同自分の罪を悟り、涙を流して泣かない者は一人もいなかった」と伝えられます。

わたしたちの教会の基礎はこのようにして据えられていきました。信徒の熱心があり、宣教師の労苦があり、そして聖霊の清めと祝福があったのです。

創立130年を迎える今、先人の労苦を思い、「成長させてくださる神」(コリント一 3:6)を深く信頼しつつ、わたしたちに託された神さまからの宣教の使命を共に心に刻んでこれからを歩みたいと願います。 

 

「シオンの丘」第171号   2016年発行

表紙「マルティン・ルター ─宗教改革500年の前の年に─」  司祭 ヨハネ井田 泉

 「シオンの丘」第170号   2016年発行                                                                                               

「シオンの丘」第169号   2016年9月6日発行 

 表紙「ヨナの三日三晩」司祭 井田 泉         

 「シオンの丘」第168号   2016年3月10日発行

   表紙「天使の合唱――礼拝堂の桐の欄間」司祭 井田 泉                                                                                                                                                                            

「シオンの丘」第167号     2014年9月14日発行  

表紙「祈り、祈り、祈り続けて 目を泣き腫らすこと」司祭 西原 廉太(立教大学副総長)

「シオンの丘」第166号     2014年4月20日復活日に発行  

    表紙「わたしは命の与え主、聖霊を信じます」司祭 井田 泉