日本聖公会 京都教区 奈良基督教会/礼拝堂は国の重要文化財となっています

 

奈良基督教会の機関誌です。


◇「シオンの丘」第172号 2017年4月16日発行

表紙 奈良基督教会創立130年を前に                司祭 ヨハネ 井田 泉

 

奈良基督教会は、1885(明治18)年2月25日、中島虎次郎、田中宇喜智(うきち)両伝道師が大阪のマキム宣教師によって派遣されてきたのが始まりと言われます。それは、やがて最初の信徒となる玉置格(いたる)氏と中山貞楠(さだくす)氏が相談し、「自由ノ真理ヲ求メント欲シ、基督教ノ真理如何ヲ探ランタメ」に伝道者の派遣を要請したのに応えたものでした。

その年の10月、玉置、中山両氏とそのご家族が、マキム師から洗礼を受けて奈良伝道の初穂となりました。翌年にはキリスト教の説教会に500名が集まったと言われます。

そして1887(明治20)年、花芝町3番地に最初の教会堂が建築され、6月20日に落成しました。6月22日、チャプマン司祭司式により献堂式が行なわれたそうです。当時すでに信徒は30名。当日の来会者は119名で、堂内に満ちたそうです。「式終わって後、来会者に菓子を1個ずつ与えた」という記録が、簡素を旨とした当時の様子を思わせます。

ジョン・マキム主教は後に大和伝道を回顧して次のように記しています。

「同町(奈良)にて最初に洗礼を受けしは土地一流の弁護士玉置、中山の両氏であった。……両人とも町の名望家にて同氏らに法律事務を依頼する者多かりしこととて、クリスチャンとなることは、世間より絶交せられ、また依頼者を失うことを意味した。受洗後両人はしばしば余と同行し大和全国を旅行し、あるいは家にて、あるいは寺堂境内にて、あるいは他の場所には信仰の証しをなした。」

「日本聖公会に於ける最初の自給教会は奈良基督教会であった[正式には1888年]。信徒は土地を提供して礼拝堂を建立した。外国の資金とてはただ余の持ち合わせし金七十円のみであった。」

翌1888(明治21)年、年初の「初週祈祷会」が組合教会平城教会と合同で開かれました。二日目(1月3日)には「わが教会で祈っているときに聖霊が降臨し、一同自分の罪を悟り、涙を流して泣かない者は一人もいなかった」と伝えられます。

わたしたちの教会の基礎はこのようにして据えられていきました。信徒の熱心があり、宣教師の労苦があり、そして聖霊の清めと祝福があったのです。

創立130年を迎える今、先人の労苦を思い、「成長させてくださる神」(コリント一 3:6)を深く信頼しつつ、わたしたちに託された神さまからの宣教の使命を共に心に刻んでこれからを歩みたいと願います。 

 

「シオンの丘」第171号   2016年発行

表紙「マルティン・ルター ─宗教改革500年の前の年に─」  司祭 ヨハネ井田 泉

「シオンの丘」第170号   2016年発行                                                                                                            

「シオンの丘」第169号   2016年9月6日発行 

 表紙「ヨナの三日三晩」司祭 井田 泉         

 「シオンの丘」第168号   2016年3月10日発行

   表紙「天使の合唱――礼拝堂の桐の欄間」司祭 井田 泉                                                                                                                                                                            

「シオンの丘」第167号     2014年9月14日発行  

表紙「祈り、祈り、祈り続けて 目を泣き腫らすこと」司祭 西原 廉太(立教大学副総長)

「シオンの丘」第166号     2014年4月20日復活日に発行  

    表紙「わたしは命の与え主、聖霊を信じます」司祭 井田 泉