『初めのころのことを、思い出してください』
牧師就任式・創立記念礼拝説教から

司祭 ペテロ 浜屋憲夫

 本日は、私の牧師就任式と、この教会の創立記念礼拝を兼ねた礼拝であります。この牧師就任式の日に創立記念礼拝を合わせて行うというのは、偶然にそうなったのですが、結果的に見ると、今この教会に牧師として任ぜられる私自身が、この教会のことを深く知るためになか意義深い礼拝になったと思っています。

 この一週間ずっと、大津聖マリア教会の宣教百年記念誌を読んでいました。この記念誌を読んで先ず最初に嬉しく思いましたことは、この教会の伝道、創立の時期に永田保次郎師とウイリアムズ主教さんが関わっておられることです。私はこの二人の方には私は特別な愛着があります。

 先ず、永田保治郎師については、私の最初の任地であった桑名の教会の創立に深く関わった方で、私はこの方のことをいろいろ調べたことがあり、とても親しみと尊敬を感じていた大先輩なのです。

 またウイリアムズ主教さんにも私は特別な思いがあります。勿論勉強した神学校がウイリアムズ主教さんの名前を頂いた神学校であったことは、そんな気持ちの一番基礎になっているものですが、私はそれに加えて、下鴨の教会にいた時に幸運にもアメリカのヴァージニア神学校に留学する機会を与えられました。このヴァージニア神学校は、他ならないウイリアムズ主教の出身の学校であります。初めて、ヴァージニア神学校について、チャペルで礼拝をした時に、「ああ、ここからウイ リアムズ主教さんが来られたのだ。」と感激して思ったことは忘れることの出来ない思い出です。そしてまた、私が立教にいた六年間、毎年毎年中学一年生にウイリアムズ主教さんのことを教えるのは私の楽しい、また情熱を傾けて行った大切な仕事でした。

 宣教百年記念誌を読み進む中で、殊に心打たれたのは、編集委員長を務められた田中隆さんが編集後記の中に書いておられる「百年の歴史を纏めていく内に段々気が滅入っていった。それ は、初期の方々の熱気に比べて、現在の我々の無力さを思い知らされるからだ」という言葉、そして、久保さんが書かれた宣教百年行事委員会で、「こぎ出そう湖国から」という標語が決められた時の思いが綴られた文章でした。その文章は、『今大津聖マリア教会の信徒全員が一致協力して、宣教二世紀に向かって力強く漕ぎ出す。』という言葉で締めくくられていました。

 その標語が選ばれ、この言葉が記されたのが、一九九一年でした。今年は、二〇〇四年です。この十年と少しの期間の間に残念なことに当教会は少なからぬ大切なメンバーを神様の元にお送りしています。誠に誠に残念なことで、この教会のメンバーが元気をなくして、気落ちしてたとしても当然の状況かもしれませんが、しかしこの「こぎ出そう湖国から」という標語が目指す射程は、先ほどの久保さんの言葉にもありましたように、宣教二世紀の百年という期間をその視野に入れたものであるはずです。百年の射程の中で、まだ五分の一もたっていないのです。この標語はまだまだ現役の標語なのだということを、今また新たに確認したいのです。

今日の週報の初めの聖句はいつものように福音書からとらずに、創立記念ということを考えて、ヘブル書から取りました。十章三二節です。

『あなたがたは、光に照らされた後、苦しい大きな戦いによく耐えた初めのころのことを、思い出してください。』

この教会の創立当時の状況、風景というものは、先ほどの田中隆さんが書かれていたように、このヘブル書の言葉のとおりだったのでしょう。そして、現在はこのヘブル書が書いているようなあからさまな迫害、妨害はありませんが、しかし、伝道上の困難は、もしかしたらこのような迫害時代よりも、もっと難しいものがある時代かもしれません。しかし、どのような時代に生かされていても、このヘブル書の著者が書いている言葉は真理です。苦しい大きな戦いによく耐えた初めのころのことを、思い出すことが私たちの将来に向けた戦いの力になるのです。

私達の教会が本当に素晴らしい始まりの時を持っていたことを感謝し、またそれが受け継がれ、百年を記念することが出来たことを当教会の牧師として誇りに思います。その感謝と誇りに支えられて、皆様と一緒に、湖国から漕ぎ出して行きたいのです。  アーメン


                 

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