『イエス様の思いやりの心―――弟子達を育てる』
聖霊降臨後第五主日説教から

司祭 ペテロ 浜屋憲夫

  イエス様と弟子達はいつも一緒に歩いて伝道しておられたようですが、時にこのように弟子達だけでいろいろなところを回らせることをイエス様はなさったことを福音書は伝えています。本日朗読された箇所もその中の一つです。物語は、前半と後半に分かれます。前半はイエス様が弟子達を使わされるにあたってのイエス様の思いと、イエス様が弟子達に与えられた伝道の心得のようなことが語られます。後半は、その派遣された弟子達が戻ってきた時にイエス様が語られた言葉です。 

    イエス様が弟子達に語りかけられた『行きなさい。わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに小羊を送り込むようなものだ。』という言葉が先ず印象的ですね。イエス様は弟子達の未熟さを良く良く知っておられる。しかし、弟子達を派遣される。ほとんど親が可愛い我が子を旅に出す時 のような思いで送り出されます。そして、弟子達にこまごまといろんな伝道の心得を教えられます。手取り足取り教えられます。

  その時弟子達に語られたことの中で弟子達の勤めは『平和をもたらすものであること』と先ず教えられたことが本当に大切なことであります。大変な高尚な知識とか、人生を勝ち抜く秘術、勝利の力とかを伝えるのでない。弟子達は平和を伝える使者である。平和を運ぶ器であるということであります。これは本当に大切なことです。だからこそ、子羊と呼ばれるのですね。聖パウロが私には金銀は無いと言ったのが想い出されます。

  そしてもう一つの大切なことは、弟子達が伝道をしても受け入れられず拒否された時にどうしたらいいのか教えておられることです。これは相当強い言葉で教えておられるのですが、この強い言葉は弟子達が伝道に失敗した時の落胆を見越しての慰めの言葉だと思います。「あなたがたを拒む者は、わたしを拒むのである。わたしを拒む者は、わたしを遣わされた方を拒むのである。」。「あなた方が悪いのではない、私の言葉を受け入れない彼らが悪いのだ」と弟子達が自分を責めないように思いやって下さっての言葉だと思います。

  物語の後半では、そのようにして派遣された弟子達が喜んで興奮して戻って来た時のことが書かれています。伝道はうまくいったのです。しかし、イエスさまはこのほんのちょっとの経験で有頂天になっている弟子達にたいして少しクギをさしてこう言われます。『しかし、悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。』少しの成功で有頂天になるのではない、あなた方が本当に喜び、感謝すべきは自分たちの小さな成功ではなくて、あなた方自身が救われていることだと諭されるのであります。それがすべての原点だ、すべてがそこから始まる、それを忘れてはいけない。

  弟子達は、まだまだ、まだまだ未熟なのであります。しかし、その未熟な弟子達を過酷な現実の真っ直中にあっても耐える事の出来る伝道者に育てようとイエス様は思いやりをもって育てようとして下さいます。子羊が狼の群の中に送り出されると本当に疲れ、傷つくのです。そんなときただ励ましだけが与えられてもやっていけないのです。慰めが必要です。慰め無しではやれません。

  弟子達の、そして私達のそんな弱さ、未熟さを私達自身より、先取りしてご存知であり、私達自身が望むよりも先に私達のために慰めを用意して下さっているイエス様を覚えたいと思います。

 

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