『献げられている者として・・・・』2005年被献日礼拝説教から

司祭ペテロ浜屋憲夫

森紀旦主教の著書、「主日のみ言葉」は、聖公会の教会暦や日課、そして特祷について学ぶのに本当に良い本です。この説教のために、この本によって『被献日』のことをだいぶ勉強致しました。

先ず、この祝日に朗読される福音書は、イエスの誕生後40日目に行われた母マリアの清めのことと、おさな子イエスの奉献・聖別のこととの二つのテーマが入っていることが指摘されています。

現在私たちが使用している祈祷書は、『被献日』という名前のとおり、この二つのテーマの内、イエス様が奉げられたことの方に力点がおかれていますが、どうも二の祝日は、以前には長い間、『被潔日(ひけつひ)』としてマリアの清めのテーマの方に重点が置かれてお祝いされてきた歴史があるそうです。この祝日が何となく女性の祝日という感じを受けるのはそのせいかもしれないなと森主教さんの本を読んで思ったりしました。

古くからお祝いされている祝日のようです。クリスマスが一般的にお祝いされるようになったのは、四世紀ごろのようですが、それより以前からこの祝日はお祝いされていたようです。

六世紀中ごろ、東ローマ皇帝のユスティニアヌス一世が、疫病が終息したことの感謝として、この祝日を帝国の首都コンスタンティノポリスで守るように命じ、それから東方の教会に広まり少しして、西方の教会でも祝われるようになったということのようです。

西方の教会に広まってから、火をともしたキヤンドルをもって行列をし礼拝を献げるようになって、この祝日はキャンドルマスとも呼ばれるようになったとのことです。これは福音書の中でシメオンが歌う賛歌、「シメオンの頌」の中で歌われている言葉「異邦人を照らす光、み民イスラエルの栄光」の中の「光」という言葉の影響もあるかもしれないと想像されています。

こんな解説を読みましたら、そんなローソクをつけて祝う『被献日礼拝』をしてみたくなりました。実際最近の傾向として世界の多くの教会でこのローソクをつけて祝う『被献日礼拝』が回復されているとのことです。確か東京教区でもそのような礼拝をしたことを聞いたことがあります。

この日の特祷は、イエスさまが神殿において献げられたことを語り、わたしたちも主にあってみ前に献げられ、この世において主の栄光を現すことができますようにと祈ります。

この祝日に私たちが心を新たにして聞かなければならないメヅセージは、『イエス様が捧げられた者として生きられたように、あなた自身も捧げられた者としての生き方をしなさい』ということのようです。

「献げられたものとして生きる」、「自分が献げられたものとして生きる」、「献げられた者」、「献げられる、献げられる・・・・・」。このテーマを心に置きながら、また舌の上にのせてぶつぶつとつぶやいているといろいろイメージがふくらんできました。そのうちに、ハッと思ったのは、「献げられた者」がいるのなら、「献げた者」がいるのだということでした。それから、私の思いは、イエス様を献げた方、マリア様の方に向かっていきました。イエス様を献げたマリア様の気持ちはどんなものだったのだろうという方に私の思いはどんどん集中していったのです

マリア様は、身ごもった時からその子の尋常でない運命を天使から知らされます。当然恐れる心が起きましたが、「御心のとおりになりますように」と答えました。そして、その子を出産して神殿に献げるとき、老シメオンから言われた言葉は、「あなたは、剣で心を刺し貫かれるような経験をする」という言葉でした。あの天使の言葉を胸に秘めながら、お腹の子どもがどんどん大きくなっていくことを経験して出産にまで至ったマリアが、今無事に終えた出産を紳殿で感謝した時に、「あなたは、剣で、心を刺し貫かれるような経験をする」という言葉を聞かされました。若いマリアはどんな気持ちだったことでしょう。そして、そのあとどんな気持ちでこの言葉を胸に秘めながらイエスを育てたのでしょう。

大人になった息子イエスは、マリアの手を離れ、どんどん遠い世界に行きました。そして、ついにその息子が自分より先に、召されてしまいました。息子の十字架上の死を目の当たりにしなければならないという過酷な経験こそ、マリア様の「息子を献げた者」としての頂点の経験でした。

ミケランジェロの彫刻に「ピエタ、悲しみの聖母」という彫刻があります。ミケランジェロは、生涯に4つのピエタを作ったそうです。バチカンのサン・ピェトロにあるのは、一番最初に造ったものです。本当に美しい彫刻ですが、その名のとおりマリアの悲しみが切々と伝わってくるのは、一番最後の、未完成に終わったピェタです。この作品はミケラ

ンジェロの生涯最後の彫刻作品でもあったようです。ミケランジエロはこの作品を作ったとき、視力を失っていたといいます。なんともいい様の無いマリアの悲しみがこの作品から伝わってきます。

イエスさまの生涯は本当に苦難の、受難の生涯でありましたが、その背後に母マリアの愛、捧げる愛があつたことを思うのはやはり大切なことだと思います。どんな思いで育て、どんな思い出、息子の活動を見て、そしてどんな思いで十字架を見て、どんな思いで十字架から下ろされた息子の身体を抱いたのでしょう。

大学生の時私は、仏教学を勉強していたのですが、ある禅宗のお坊さんの修行の話を読んだことがありました。出家したお坊さんは一心不乱に修行に邁進して気が付くと三十年たっていました。修行は実を結び、そのお坊さんは大変偉い地位についていました。そのお坊さんに田舎のお母さんが危篤だとの知らせが入り、お坊さんは三十年ぶりで田舎に帰り、お母さんに会いました。病の床の中で息子の顔を見たお母さんが言ったのは、「この三十年の間一通の便りも出さなかったけど、お前のことを思わなかった日は一日も無かった。」という言葉でした。お坊さんは、いままで自分の修行のことばかり考えていて、お母さんのことは殆ど考えていなかったことにその時気づかされたのでした。

「献げた者の心」はそういうものであると思います。愛するものをそばにおき、慈しみ、手しおにかける愛もありますが、愛するものを手放す愛、手放してこそという愛もあるような気がするのです。そして、そんな愛の中でイエスさまも自分自身を献げていかれたのだということを思います。

イエス様を献げたマリア様のことを考えていたら、聖パウロのことも思い出しました。聖パウロは異邦人の使徒として生涯を異邦人伝道に捧げた生き方をしましたが、ロマ書のなかで、神の救いが異邦人に移された経緯を語りながら、しかし、同胞イスラエル人の「救い」をやはり語るのですね。それも熱っぽく語ります。私はそこに只愛国者パウロだけでなく、書かれてはありませんが、パウロが自分の家族自分の両親のことを思っていると思いますパウロは、ペテロと違って結婚をしませんでしたから、家族は自分の両親と兄弟だけなのですね。イスラエルの救いを語るパウロの思いの中には、両親への思いがきっとあったと想像致します。

パウロは、回心以後は本当に自分自身を全く献げ尽くす生き方をしましたが、やはりその背後にパウロを献げた両親の献げる愛、自分たちと違う信仰に移っていた息子のために祈る愛、献げる愛がきっとあったと想像するのです。

そして、イエスさまや、聖パウロのような偉大な人たちだけでなく、どんな人でも、その人のために献げられた愛を受けていることを思わなければならないと思います。自分がその人を忘れていても、その人は決してその人を忘れず愛し、祈っていてくれているそんな人がいることを、そんな愛を自分が受けていることを、この被献日に思い出したいと思うのです。アーメン

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