「弁護者」が共にいてくださる恵み
執事 ヤコブ岩田光正
今日は聖霊降臨日です。聖霊の到来の場面は、使徒言行録の初めに劇的に、またとてもビジュアルな表現で描かれています。「風」、「音」、「炎」は、神の臨在を表すしるしであり、「突然」とありますが、それは神の力が弟子たちを激的に包み込んでいくことを強調しています。天から神の力が彼らを「他の国々の言葉」で話す別人に変えます。因みに、他の国々の「言葉」と炎のような「舌」とは原文では同じ言葉です。炎のような舌として聖霊が弟子たちの上に降ることで、彼らは他の国々の言葉を語る舌を与えられました。
これは創世記の中での「バベルの塔」以来、混乱させられた人間の言葉の再統合であり、新しい共同体の成立を意味します。
聖霊に満たされた弟子たちが語る言葉は、分裂を招いたかつての言葉としてではなく、すべての人を結び合わせる新しい言葉でした。そして、聖霊による新たな共同体は、「天下のあらゆる国」に通じる共同体として、世界に広がっていくことになります。この新しい共同体こそが教会です。ですから、聖霊降臨日はよく教会のお誕生日と呼ばれています。
さて、この聖霊のことをヨハネ福音書でイエス様は、「弁護者」と呼んでいます。「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。」(ヨハネ14:16)
「弁護者」とはもともと「支援のために呼び寄せられた者」という意味を持つ語だそうです。「別の弁護者を遣わす」と言うからにはもうひとり別に「弁護者」がいることになります。ヨハネは手紙の中で、「わたしの子たちよ、これらのことを書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。たとえ罪を犯しても、御父のもとに弁護者、正しい方、イエス・キリストがおられます」(ヨハネの手紙1、2:1)と書いています。だとすればもう一人の「弁護者」とは父のもとに帰ったイエス様自身のことです。イエス様は昇天された後も罪深い人間の「弁護者」となって、父のもとで執り成しておられるのです、そしてイエスの名によって天から遣わされた「別の弁護者」が聖霊です。「弁護者」である聖霊は、「すべてのことを教え、イエスが話したことをことごとく思い起こさせ」ます。
ところで、イエス様の言葉やその行われたことはただ回想の中だけで語られるのではなく、今もなお信じる者が生きる「教会」の中で証しされるべきものです。「弁護者」が遣わされたのは、父と子との親密な交わりが信じる者の生きる「教会」に実現し、信じる者がその交わりに加えられるためです。その意味で聖霊の降臨は、父と子の愛の交わりの訪れと言えます。だからイエス様は「父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む」(23節)と約束します。この意味で弟子たちはイエス様が地上に生きた時も、天に戻ってからもイエス様とともに「今」を生きる者と言えます。「弁護者」の到来から二千年…私たちは今日世界大になった「教会」の交わりの中に加えられています。私たちもイエス様と共に「今」を生きる弟子です。そして炎のような「舌」と新しい「言葉」を持って今の「世」に派遣されているのです。