[ストラディバリ?って」 

                           司祭 テモテ宮嶋 眞

 


芸術の秋となりました。私事で恐縮ですが、小さい頃からヴァイオリンを習ってきました。幼稚園の年長のときに、ピアノかヴァイオリンを習うようにとのプログラムがあって、手ほどきを受けました。途中何度か弓をおいた時期もありましたが、何とか続けてきました。小さい時には嫌々練習していたときもあったのですが、今となっては自分の楽しみの中では特別なものとなっています。本当に続けていてよかったと思えます。費用と時間をかけて習わせてくれた親に感謝です。ピアノのように一台買えば済むのではなく、子どもの体型に合わせて、10分の1、8分の1、4分の1、2分の1そして、大人用と何台も買い換えていかなければならないのですから大変だったと思います。しかも、大人用ときたら、家一軒買えるくらいのものまであるのですから。私の楽器は、それでも当時の親の3ヶ月分の給料くらいはかかったのではないかと思うのです。

 ヴァイリンの名器製作者といえば、ストラデイバリですが、彼の生年は1644年といわれます。通常1700年〜16年頃(55歳〜70歳)までが彼の黄金期といわれます。さらにその後の70歳から88歳までが円熟期といわれます。しかし驚くべきことに、彼の最後の作品と言われる3台のヴァイオリンには1937年というラベルが貼られているのです。実に93歳でなおもヴァイオリンを作り続けていたことになります。当時の人間の平均寿命は40歳前後だったと思われますから、とてつもない人のようだったようです。しかもこの晩年の作品は近年、大変素晴らしいものとの再評価がされています。さらに驚くべきことは、80歳を過ぎた頃に、彼は当時のもう一人の名ヴァイオリン製作家であったグアルネリの作品にヒントを得、ヴァイオリンのモデルチェンジをし、それによって、さらに大きく、深みのある音の出るヴァイオリンを作り上げたといわれています。80歳を過ぎてなおも、日々の製作の過程を見直し、新たなものを目指して作り上げていった巨匠の存在は、限りない音楽の世界の深みを感じさせるものです。

 私を音楽の世界の深さのその一番端っこに連ならせてくれたことを、今、感謝すると共に、幼い私に、キリスト教の世界を開いてくれた親の存在をまた、それ以上に感謝するものです。願わくは、ストラデイバリのように、日々の歩みの中で、喜びを持って研鑚し、年齢を重ねても、なおも新たなものへのチャレンジを忘れないようにしなければならないと思います。伝えてきたものを、しっかりと受けとめつつ、新たな生き様への招きをしっかり聞き取って進みたいと思います。