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「少年時代のイエス様」というタイトルを掲げましたが、果たして、イエス様の少年時代がどのようなものであったのかは、聖書からはほとんど知ることができません。まだ、無名であった時の少年イエス様がどのようなお方だったのかは私たちの想像に任されているのかもしれません。古今のイエス伝を書いた作家の作品にもそれぞれ魅かれる部分はありますが、今日はラーゲル・レーブのキリスト伝説集から、そのいくつかの想像を取り上げたいと思います。 「少年時代のイエス様」というタイトルを掲げましたが、果たして、イエス様の少年時代がどのようなものであったのかは、聖書からはほとんど知ることができません。まだ、無名であった時の少年イエス様がどのようなお方だったのかは私たちの想像に任されているのかもしれません。古今のイエス伝を書いた作家の作品にもそれぞれ魅かれる部分はありますが、今日はラーゲル・レーブのキリスト伝説集から、そのいくつかの想像を取り上げたいと思います。 原作では、ハチやユリなどがイエス様の恩に報いるためにイエス様を助けるとされていますが、わたしには救い主となるイエス様がやさしく様々なものを助けると同時に、様々なものから助けられる、イエス様をお助けしようとする働きを残らず受け入れてくださるイエス様像が見えてきて、とてもうれしく感じるのです。 もう一つ「ナザレの里」という小品。 登場人物はイエス様とユダ。 少年時代の二人は一緒に遊ぶ仲間でした。しかし、二人の差は歴然としていて、イエス様が作る粘土細工はそのまま美しい小鳥になってしまうのでした。 イエス様の語るお話には、多くの大人が、興味をもって耳を傾けました。嫉妬したユダは、イエス様の作った粘土の小鳥を壊そうとします。驚いたイエス様が鳥を守ろうと願うと、それは本物の鳥になって飛んでいくのでした。 ユダは、呆然として、次の瞬間には、イエス様の前で泣き崩れます。「ユダは、イエス様のことを本当に好きだったし、尊敬していたし、同時に憎んでもいました」と書かれています。母マリヤは、そんなユダに「お前が張り合おうとしても無駄なこと、この方は粘土の鳥に命を吹き込むようなお方なのだから」と言い聞かせるのですが、、、後年、イエス様を十字架へと引き渡したユダとイエス様の関係を見事に暗示するような作品です。聖書には描かれていませんが、様々な深い出会いの物語があったのでしょう。 |
