説教-2012年

牧師の説教(要旨)を掲載しております。

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2012-05-13
復活節第6主日:応答としての愛
2012-05-06
復活節第5主日:旅立ちの前夜に
2012-04-29
復活節第4主日:受肉した羊飼い
2012-04-22
復活節第3主日:間をつめる神
2012-04-15
復活節第2主日:トマスによって開かれたもの
2012-04-08
復活日:ここにはないよ
2012-04-01
復活日前主日:欠点まるがかえで信ずる
2012-03-25
大斎節第5主日:手を放す神
2012-03-18
大斎節第4主日:この人たちに食べさせるには
2012-03-11
大斎節第3主日:新たな“居場所”としてのイエス
2012-03-04
大斎節第2主日:正しさへの“誘惑”
2012-02-26
大斎節第1主日:ノアの箱舟とイエス
2012-02-12
大斎節前主日:白-全てを受容する色
2012-02-12
顕現後第6主日:“生きながら生きる者”へ
2012-02-05
顕現後第5主日:2つの関心
2012-01-29
顕現後第4主日:あまえんぼう
2012-01-22
顕現後第3主日:通りがかり、見つけ、呼びかけるイエス
2012-01-15
顕現後第2主日:出鼻をくじくイエス
2012-01-08
顕現後第1主日:水の中からすぐに
2012-01-01
主イエス命名の日:名付けの力

復活節第6主日:応答としての愛

2012年5月13日(B復活6)ヨハ15:9-17

 私は若い頃のある時期まで「愛」という言葉があまり好きではありませんでした。例えばⅠコリ13:4-7(愛の賛歌)などは、この通りにできなくては愛と呼べないのなら自分には無理だ、としか思えなかったからです。しかし後年このような受け止め方をするのは、こうした箇所を律法的に読んでいたためではないかと気づきました。これらは律法というよりも神さまによってなされた現実ではなかったでしょうか。実際、この「愛」一つひとつに「イエス」という言葉を当てはめても成り立ちます。そして現にヨハ15:12では、あくまでも、「互いに愛し合いなさい」の前に「わたしが…愛した“ように”」がきています。ひとが誰かを愛する前に、イエスさまが人間を愛したのです。

 しかし、その一方でイエスさまの「愛」の大部分は誤解や拒否に遭っています。民衆の中であれだけ多くの病者を癒し、様々な奇跡をおこされたにも関わらず、結局裁判の時には、群集によって「十字架にかけろ!」と言われてしまうのです。また、身近にいた弟子たちもイエスさまについていくことを誓いますが、十字架の時には裏切ってしまいます。しかし、それでもなお、イエスさまは神さまのみ心に委ねて十字架への道を進まれました。それがイエスさまの「愛する」でした。聖書では神さまの愛をアガペー、無条件の愛、と表わします。が、それは決して、あらゆる面で超越的な神であるがゆえに無傷に、痛みなく、無感覚でなされたというわけではありません。無条件に愛そうとするからこそ必然的に痛みを伴います。痛み苦しみを伴いつつ、思い通りにゆかないことも引き受ける愛だったのです。

 そのような愛はこの世的にはまことに無力で、そのため十字架上の死によって一旦は無に帰したかに見えます。しかし、そのような愛はまた神さまにしかできない業であるがゆえに、ご復活というかたちで貫徹されたのでした。そのことに思い至るときに、自然に感謝の念が湧き起こります。そして、その流れのなかに、「互いに愛し合う」(15:12)の「愛」があるのではないでしょうか。それは、「ねばならない」、という律法ではありませんし、強迫観念に基づく愛ではなく、自己に根拠を置いた独りよがりの愛でもありません。神さまへの応答としての愛です。応答としての愛ならわたしたちにもできるかもしれない、神さまがわたしたちを愛してくださった、ということに応える愛であるということを、今日皆で分かちあいたいと思います。

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復活節第5主日:旅立ちの前夜に

2012年5月6日(B復活5)ヨハ14:15-21

 毎年幼稚園では、入園当初はおうちのひとから離れるのが嫌で泣いていた年少さんが、この時期にはむしろ自分から手を振っておうちのひとを見送るという光景が見られます。幼いながらも新たな状況を受け容れて自分の足で新しい一歩を踏み出しているのを見て胸が熱くなります。さて、教会の暦は今週から復活節の後半に入り、いわば弟子たちがそろそろ師のもとから離れて独り立ちする段階に入ったといえます。今日の福音書は、新たな出発を弟子たちがなす、その前夜という時を示しています。その時にあたってイエスさまは「別の弁護者」を遣わすと語っています。そして、「みなしご」がこの語に対応しているのですが、「みなしご」は「友のない者」、「弁護者」は「そばに呼ばれた者」を意味しています。

 今や弟子たちは「友のない者」、よるべない状況に置かれようとしています。それは全ての人にある潜在的な危機でもあります。しかし、そんな危機的状況に対して「そばに呼ばれた者」つまり目には見えない神さまの働きが遣わされます。教会はそれを古くから「聖霊」と呼んできました。そのような聖霊が私たちと共にいてくださるという約束が与えられているのです。その約束そのものが神さまの愛です。ここで興味深いのは、愛することと「掟」を守ることとが一つのこととされていることです。わたしたちは愛するならば従い、掟を守るのです。そしてこの掟とは、互いに愛し合うということでした。

 ここで聖書的な意味での独り立ち、自立を考えてみたいと思います。近代社会の語る自立は、個が吹きさらしの場に押し出されるままにします。しかし聖書の言う自立は約束に基づいています。幼稚園の子どもたちも、確かに園では親の手から離れて自分の足で立ち歩んでいきます。しかし、このひとたちがそうできるのは、先生方が共にいてくれるという「約束」を体験的にではあれ確信しているからです。私たちには「別の弁護者」、人生の荒れ野を行くときにも、共にいて、執りなしてくださる方が遣わされるという約束が与えられています。そのような霊を与えられているということはまた私たちが、そして教会が、この世で友のない者の友となるというつとめに招かれている、ということもできます。イエスさまご復活の喜びの時から、私たちが新たな旅に出る前夜という時を、私たちはいま迎えています。その時にあたって、私たちが受け取った約束を確認し合いながら、共に神さまに感謝と賛美をおささげしたいと思います。

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復活節第4主日:受肉した羊飼い

2012年4月29日(B復活4)ヨハ10:11-16

 最近テレビのCMに『巨人の星』のキャラクターが出てきて驚きました。『巨人の星』といえば、主人公の父・星一徹には、怒るとすぐにちゃぶ台をひっくり返すイメージがあります。ところが、原作ではこの場面は一回しか出てこないそうです。登場回数はとても稀なのに何度も出てくると思っているイメージといえば、本日の福音書の「羊飼い」も―とりわけ旧約聖書でそうなのですが―その一つです。この背景には詩編第23編があります。最近この箇所についてある新鮮な洞察が与えられました。ここに受肉というモチーフがあるというのです。主が羊飼いとなる、というところがそれにあたります。さて今日の福音書でイエスさまは、「わたしは良い羊飼いである」(11節)と語っておられます。この「良い」には、道徳的な「善」の他に「欠けたところがない」という意味があります。だとすれば、「私は本来的な羊飼いそのものである」という意味になります。そして詩23編を巡る洞察と併せると、ヨハネ福音書冒頭で語られた「言は肉となった」がここにも響いていると思われます。単にシンボルや譬えではなく、具体的な人であり人間を牧する羊飼いに神さまはなられたのです。

 さて、こうした「全き羊飼い」に対して、「自分の羊を持たない雇い人」が対比されています(10:12)。後者は「羊のことを心にかけ」ません(10:13)。逆に言えば前者にとって羊は最重要問題ということです。ここで私はヨハ3:16を思い起こします。つまりイエスさまが「良い羊飼い」「全き羊飼い」になられたのは、羊つまりご自分の民のことが最重要問題だったからです。世を愛されたがゆえに―その度合いは、独り子をお与えになるほどに!―ご自分の民が滅びることを望まず、新しい命を得させるために、主は私たちの羊飼いになってくださいました。そして、その羊飼いが、欠けのない、全き、完全である、と言いうるのは、主が十字架上の苦しみと死を経て復活なさったから、ということを心に留めたいと思います。欠けのあるわたしたち、不完全なわたしたちであるがゆえに、イエスさまは十字架に架けられました。しかし、ご復活によって、欠けることのない羊飼いとなってくださいました。欠けのない羊飼いに牧される私たちであるがゆえに、わたしたちには欠けるところはありません。その意味で恵みはわたしたちに十分である、ということを今日皆で確認し、分かちあい、ご一緒に神さまに感謝と賛美をおささげしたいと思います。

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復活節第3主日:間をつめる神

2012年4月22日(B復活3)Ⅰヨハ1・1-2・2、ルカ24・36b-48

 “遠”から“近”へ迫り来る動きがⅠヨハ1:1にはあるようです。人間を生かす神の言=愛は、初めに在り、徐々に私たちのもとへと近づき迫るのです。この消息が本日の福音にも当てはまります。「初めからあったもの」は、ルカ24:44に。「わたしたちが聞いたもの」は、怖れから閉じこもる弟子たちが最初に聞いた「あなたがたに平和があるように」(36節)に。「目で見たもの」は、彼らが次にイエスさまを見たことに。しかし、にわかに弟子たちは信じられず、そこでイエスさまは手と足とをお見せになるのです。

 これは「よく見て、手で触れたもの」にあたります。更にイエスさまはそれを、焼魚を食べることで証明してみせました。こうして「命の言」(Ⅰヨハ1:1)は、私たちのところへ迫り来るのです。全く針路を失い絶望のうちに心を閉ざしていた弟子たちへと神さまは、“間を詰めて”来て下さるのです。特にルカに特徴的ですが、主の復活顕現の物語は食事の場面と一緒に語られています。聖餐式との繋がりは言うまでもありません。間を詰める神さまの動きは聖餐の基本的な前後関係に反映しています。なぜなら聖餐は救いの歴史を辿り、十字架と復活でクライマックスを迎えるからです。「み言葉の部」で語られた救済が、「聖餐の部」で、パンとぶどう酒という形をとるのです。それは、見て、触れて、食べることができるのです。

 私たちもまた弟子たちと同じく、悟るに遅く人生の針路を見失いがちです。しかし、イエスさまにおいて命の言は私たちへと間を詰め迫って来られました。それは、手の届かないところにあるのではありません。見て、触れて、舌で味わうことすらできるほどに近しいものなのです。いや、パンとぶどう酒を通して、そのみ身体を食すよう招いてすら下さっているのです。そのとき私たちの命は新しくされます。新たにされた私たちがとる新たな針路が、悔い改めであり、それは派遣という形で表されます。そのとき、古えより民に語られてきた言葉は、私たちの身体を通しても現実化するのです。

 こうしてわたしたちは、キリストの体を与えられるだけでなくキリストの体(教会)となるのです。私たちへと間を詰めてくださった神さまの言、命の言、愛と憐れみは、私たちと接触して終わりではありませんでした。最後は、わたしたち自身がキリストの体とされることへと至ります。しかし本当はこれが最後ではなく、むしろ、そこからがわたしたちのスタートなのです。そのことを今日皆さんと共に分かち合いたいと思います。

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復活節第2主日:トマスによって開かれたもの

2012年4月15日(B復活2)ヨハ20:19-31

 例えば、何人かで会話をしている日常の一コマにこんなケースがないでしょうか。話しをしているうちに自分の中に、ある素朴な疑問が浮かんできます。しかし、それはどうにも基本的すぎて今さら聞けません。そんな時、ひとりの人が同じ疑問をストレートに質問するのです。案の定、周りに馬鹿にされながら答えを説明されています。案外同じような疑問を持っている人は何人もいて、そのひとたちは内心ほっとしながら、その不器用なひとの“恩恵”にあずかるのです。

 ちょうどトマスは、そういった存在なのではないでしょうか。彼は他の箇所からも伺われるように頑なまでにストレートに、イエスさまの傷跡を見て、触れなければ信じないと言います。が、それによってむしろ他の11人の弟子たちでは達し得なかった洞察に至っていると思うのです。その洞察とは、トマスはいったい本当のところ何を見たのかという問いへの答えです。確かに、復活されたイエスさまを見た(29節)のです。

 それではまだ表面的にすぎるように思われます。では何か。もっと言えばトマスは、イエスさまの傷跡を見たのです。しかし、これもまた現象面に過ぎません。トマスにとって傷跡を見ることとは、いったい何を見ることなのでしょうか。つまり、私たちにとってイエスさまの傷跡を見るとは、いったい何を見ることになるのか、ということが、より根本的な事柄ではないかと思うのです。イエスさまの傷跡―それは、私たちの人生の局面においては何でしょうか。私たちの、あの時のあの苦しみ、あの時受けた傷、あの時のあの過ち、ではないでしょうか。

 最初にあらわれた11人も確かに手とわき腹とを見た、とあります。そこではまだ、傷跡の真の姿は露わになっていないように思われます。傷跡の真の姿はトマスという存在によって私たちの前に開かれたといえるのではないでしょうか。だからこそトマスは「わたしの主、わたしの神よ」と告白するに至ったのです。こうして、イエスさまの傷跡の、真の姿は、トマスによって開かれました。そこで開かれたものは、私たちの本当の姿です。それは、苦しみ、傷つき、罪を犯し、神さまに背く私たちが、他でもないイエスさまの十字架上で受けたその苦しみと傷とによって、癒され、赦され、神さまに受け容れられ、救われた、という姿です。それゆえに私たちもトマスと共に、「わたしたちの主、わたしたちの神よ」と告白し、感謝と賛美をささげたいと思います。

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復活日:ここにはないよ

2012年4月8日(B復活日)マコ16:1-8

 お墓の傍らで天使が言った、(イエスさまは)「ここにはおられない」に、イエスさまの死と復活とが要約されているのではないでしょうか。人間(ここでは女性たち)が目指したところには本当に目指すものはないよ、と言われているかのようです。

 考えてみると、イエスさまが十字架に至る過程全体もこれに似ています。イエスさまが目指しているもの(神の国到来とそれに伴う民の神への立ち返り)と群衆のそれ(イエスさまへの世俗的王待望)とは大きなズレがあったからです。そして、そのズレがやがて限界にまで達したとき、もはや十字架でしか、イエスさまが伝えたかったことを伝えることができなくなっていました。

 イエスさまの十字架と復活に出会うというのは、私たちが獲得しようとするところ、向かうところで、「ここにはないよ」に直面すること、と言えるのではないでしょうか。あるいはまた、私たちが努力し築き上げてきた誇るべきものがガラガラと音を立てて崩れ落ちる時に、そこでこそ私たちはイエスさまの十字架に出会っているのかもしれません。東日本大震災では、戦後の日本が築き上げてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちたともいえます。もしかしたらこれも、日本社会全体がイエスさまの十字架に直面する契機、と言えるかもしれません。いずれにせよ、そうして私たちはある意味で死ぬ、といえます。しかし、死んだところで、初めて復活の持つ深い意味に気づかされるのではないでしょうか。その死は、決して決定的な終わりではありません。むしろ何かがそこから新たに始まる、それが復活のメッセージです。私たちがこの意味で死を迎えるとき、それは神さまの愛に気づかされるとき、と言えます。

 「愛には死の匂いがつきまとっている」(塩谷直也牧師)。その死は、キリストの死であるがゆえに、復活へとつながっています。イエスさまが当時人々に伝えたかったのは、神さまの憐れみと愛に立ち返ることでした。しかし、人々はそれに気づくことができませんでした。そこで、十字架上の死という、あまりにも悲惨であまりにも際立った方法でしか、神さまの人間への憐れみと愛とを示すほかありませんでした。その十字架とご復活のからだに、私たちは聖餐式を通して、恵みとして与っています。そのことを今日みなさんと共に分かち合って、今年のイースターを一緒にお祝いしたいと思います。

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復活日前主日:欠点まるがかえで信ずる

2012年4月1日(B復活前)マコ15・1-39

 復活前主日となりました。十字架との関係で私たちの生を見つめ直す期節の大詰めにあたります。その時にあって、あいだみつをさんの書を道案内に黙想をしてみたいと思います。

 自己顕示/ 「この花はおれが 咲かせたんだ」 土の中の 肥料は そんな 自己顕示 をしない おれのような

 さしずめイエスさまなら、「この民はおれが 救うのだ」 十字架の イエスは そんな 自己顕示 をしない おれのような ―というところでしょうか。ピラトの尋問にもイエスさまは “黙して語らず”でした。

 あのときの あの苦しみも あのときの あの悲しみも みんな肥料になったんだなあ じぶんが自分に なるための

 人生の労苦の意味について語られています。これをイエスさまと「私」の関係から読み替えてみるとどうなるでしょうか。十字架のときの あの苦しみも イエスさまの あの悲しみも みんな肥料になったんだなあ わたしが私に なるための ―私たちの苦しみも悲しみも、主が先だって負ってくださっているのです。

 欠点まるがかえで信ずる

 これは子に対する親の、あるいは、友人や愛する人への私たちの姿勢が主題となっています。しかし、さらに味わうと、人間への神さまのまなざしとは、まさにこれではないかと思えてくるのです。私たちの落ち度、罪にも関わらず、私たちをまるごと信じてくださる神さま。「信じる」を「受け容れる」「愛する」と言い換えてもいいかもしれません。神さまは、欠点まるがかえで私たちを受け容れてくださった、愛してくださった。それゆえに、私たちが神さまを信じる、ということが成り立ちます。また、私たち自身が欠点を抱えたまま信仰している、ということも表しているかのようです。信仰者=完全無欠ではありません。神さまとの関係で罪深さを知るがゆえに私たちは信じるのです。この「私」も欠点だらけなら歴史的教会も教区も欠点だらけです。欠点を抱えたまま、いや、欠点をみとめるがゆえに信仰しているのが私たちなのではないでしょうか。そんな私たちを、欠点まるがかえで信じ、受け容れ、愛する、ということを神さまは、その独り子の十字架という方法でなしてくださいました。「欠点まるがかえで信ずる」という、十字架で示された、この神さまのみ旨と憐れみと愛とを、これから始まる受難週、みなさまと共に、心の奥深いところでじっくり受けとめていきたいと思います。

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大斎節第5主日:手を放す神

2012年3月25日(B大斎5)エレ31:31-34、ヘブ5:5-10、ヨハ12:20-33

 本日の福音書の25節を、ルカ10:27-28「自分を愛するように隣人を愛しなさい」と併せて考えると、いったい「自分を愛する」のがいいのか、だめなのか、混乱します。しかし原語では、前者は自己に固執する愛を、後者は与える愛を意味します。前者が手を放さない愛だとすれば、後者は手を放す愛と言えます。だとすれば25節は、自分の命から手を放さない者は…と言い換えられます。

 では命とは何でしょうか。まずは生物としての命です。先の大震災では他の人びとのために命を落とした警官や役場の方がおられました。とうてい自分には真似できそうもありません。そこまででなくとも人生でよすがとしているものをそうそう手放すことはできません。巡礼でやってきた異邦人がイエスさまに面会を求めたのも、当時の周辺世界の宗教的価値観がいずれも自己の幸福追求については肯定的だったために、イエスさまの使信がとても意外に思えたからでしょう。

 しかしながら、私自身、(イエスさまが求めるような)「そんな生き方はできそうもありません!」と泣き叫びたくなります。と同時にまた一つの問いがよぎります。この使信はいったい人間の可能性の問題として語られているのだろうかという問いです。それを解く手がかりは本日の旧約、「新しい契約」です。すでにここにイエスさまが遠く指し示されています。つまりキリストが来られる終わりの時、もはや教えは必要ない。その時には教会すら要りませんし、牧師の説教も、そもそも聖書も要らないのです。

 今日私たちが注目したいのは、むしろその前提部分です。エレ31:33は、祭司や律法学者たちにとっては、書かれた律法を捨てるということです。これは律法をよすがに生きてきたイスラエルにとっては命を捨てるに等しいことでした。驚くべきことは、神さまご自身がご自分の命から手を放す、と宣言されているのです。それは何のためだったのでしょうか。その答えは、イエスさまの「あなたがたのため」(ヨハ12:30)に示されています。遠い昔に宣言されたご自身の命の放棄を、神さまはその独り子を手放すことによって実現して下さいました。手を放すことのできない私たちのために、神さまは最も大切なものを手放して下さったのです。それで十分ではないでしょうか。そのことへの感謝と賛美をしつつ、そうした神さまの“手放し”の具体的な諸相を、私たちは、来週の復活前主日、受苦日、復活日にかけて見聞きしていくことになるのです。

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大斎節第4主日:この人たちに食べさせるには

2012年3月18日(B大斎4)ヨハネ6:4-15

 晩年に私の母は私たちの子ども時代を振り返って「あんたら男の子たちに、『お腹空いたー』と言われるのが怖かったわ」と言っていました。5人兄弟(姉妹)で食べ盛りの子どもたちの食事準備だけでもその大変さは相当なものだったでしょう。「親の心子知らず」とは良く言ったもので、そんな思いも知らぬまま成人しましたが、今は母のその言葉に何ともいえない親心が凝縮されているように思います。

 一方、イエスさまは「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」(5節)と語りました。その明確な目的は6節に出てきますが、あえてイエスさまの人的側面からみれば、ここに「親心」が垣間見えるようにも思えます。もっと言えば「親の心子知らず」同様、イエスさまの思いと人々の願いとの間にはズレがあるのです。15節にあるように人々はイエスさまを世俗的な王に担ぎ上げようとしていたのでした。

 とはいえ、なぜパンの問題が王の問題と関係するのでしょうか。それは古代の王と市民との関係に注目すれば明らかです。例えば古代のローマ皇帝は、市民にとって気前のいい親分というほうが実態に近かったのです。「パンと見せ物」と言うように皇帝は市民が自分を支持する代わりに食べ物と娯楽を市民に提供したのです。つまり世俗の王を求めることはパンを求めること、パンを求めることは世俗の王を求めることでした。しかし今回の福音書の出来事を通してイエスさまが人々に示したかったのは、ご自分が永遠の命のパンとなることでした。しかし、そんなイエスさまの思いは人々の知る由もないことでした。まさに「親の心子知らず」です。

 ところで「親のスネをかじる」とも言います。「すね」は、それが無くなると人が立っていられなくなるところです。一方、神さまは、私たちを愛するあまり、その独り子をも私たちにお与えになりました。これは、神さまがその「すね」を私たちに「かじらせて」下さったことではないでしょうか。それが無くなれば神さまが立っていられなくなるような「すね」を、私たちに与えてくださったのではなかったでしょうか。「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」。ここには私たちへの、親のようなまなざしがあります。そこには、本当の生命のパンはどこから来るだろうか、という私たちへの問いかけがあります。そのまなざしと問いかけとをじっくり受け止めていくことをもって、私たちはイースターの準備としたいと思います。

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大斎節第3主日:新たな“居場所”としてのイエス

2012年3月11日(B大斎3)ヨハネ2:13-22

 中学時代ある先生が、ことあるごとに「このままじゃ日本は滅びるよ!」と言っていたのを最近やけに思い出します。先生が言いたかったのはきっと外からの災難というより内部崩壊のことだったのでしょう。東日本大震災も、ある意味外部崩壊以上に、震災を機に露見した内部崩壊の方が深刻かもしれません。このような国全体の内部崩壊の危機を公然と語ったのがイエスさまでした。イエスさまは来るべき破局を神殿の崩壊として警告しました。それが国家への反逆とされ十字架刑へと繋がりました。この警告がどうして宮清めとなるのでしょうか。それは当時のエルサレム神殿が、宗教的・政治的中心であるに加え今風に言えば一大商工業施設だったのですが、まさにそこで国の指導者たちによる不当行為が横行していたからです。つまり、イスラエルの内部崩壊を惹き起こす腐食がここに集中していたのです。

 こうして宮清めの必然性が明らかとなります。本来神殿はいわば神さまと出会う場所、言い換えれば神の民の究極的な“居場所”でした。ところがそうした場所が、あろうことか富や権力や搾取の場となってしまっていたのです。そこで宮清めによって、神と民との新たな居場所の宣言がなされたのです。神の民の新たな居場所、それはイエスさまの体でした。ここには二つのポイントがあります。一つは、神殿の破壊に関する逆説です。つまりイエスさまは神殿の破壊について語りました。が、破壊されたのはむしろイエスさまでした。そして、その破壊は三日目の復活につながっています。神の民の新たな居場所、それは復活の命にあずかる場所です。もう一つは、その体が後にパンとぶどう酒であらわされるような体だったことです。そこではイエスさまの自己奉献にならって私たちの体が献げられます。それはまた主の食卓という場であり神の国の先取りです。かつての神殿が弱肉強食の場とすれば、神の国はあらゆる人が共に平和のうちに食卓を囲み分け与え合うところです。イエスさまは、宮清めという事件を通して私たちに、神の民の古い居場所はもはや崩壊し、新たな居場所が生まれることを宣言されました。それは、イエスさまの体、という居場所でした。そこでは、新たな命が与えられ、主の食卓であらわされるような神の国への招きが与えられます。そうしたキリストの体に私たちの教会は基礎付けられているのです。そのことをおぼえて、共に、主に感謝と賛美をささげたいと思います。

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大斎節第2主日:正しさへの“誘惑”

2012年3月4日(B大斎2)マルコ8・31-38

 中学時代の運動部でのこと。練習のあと水筒で喉を潤していると部活の友人が(水筒を忘れてきたので)「お茶ちょうだい」と言いました。皆そうでしたが私も水筒を忘れたときには水道の水を飲んでいたので「いやだ」と答えました。すると彼は「クリスチャンのくせに!」と言ってどこかへ行ってしまいました。子ども心にクリスチャンというのは一般的にやはり慈善や博愛のイメージが強いことを知りました。こうした自己犠牲をそのまま生きようとしてもできず、苦しむということはないでしょうか。そんなときには、もう一度振り返ってみたいと思うのです。そこに十字架―神さまからの「赦し」―が抜け落ちてないだろうか…。

 正しくあろうとして却って的外れになってしまうという姿は今日のペトロの姿でもありました。イエスさまの受難予告は、当時として正しくも政治的・民族的な王=メシアを求める彼にとってあまりにも心外なことでした。しかし、そこにこそある誘惑を見抜いたのがイエスさまでした。その「正しさ」には神さまとの関係―十字架が抜けている、と喝破したのがイエスさまでした。誘惑というのは、悪への誘惑だけではなく正しさへの誘惑というのもあって、むしろそちらのほうが、たちが悪いかもしれません。しかし、それを打ち破るのが十字架なのです。善でありたいとの願いが、いつのまにか全て自力でできるかのような錯覚に陥ったり、「ねばならぬ」を沢山産み出して私たちをがんじがらめにするということがありうるのです。しかし、そんながんじがらめの人間状況のなかで、イエスさまの語り口は新たな自由に満ちていました。前半の受難予告を見ると、(人々から)排斥され、殺され、復活せ「ねばならない」ではなく「することになっている」とあります。後半は「従いなさい」という命令形です。イエスさまの命令形は、それがキリストであるがゆえに約束です。ですから両者ともに未来に成就する約束の響きを持っているのです。

 イエスさまの予告、それは獲得目標を立て自力で達成するのとは異なります。また、イエスさまの命令形、それは上述のように神さまと人間との約束です。私たちは、神さまとの約束と成就という関係のなかで生きています。その関係のなかで私たちは自由にさせられています。そうした約束と成就という関係のなかに私たちが生かされているということはまた、聖餐において、集中的に、また焦点として、私たちに示されています。

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大斎節第1主日:ノアの箱舟とイエス

2012年2月26日(B大斎1)創9:8-17、ペトⅠ3:18-22、マルコ1:9-13

 本日の使徒書にあるように洗礼の原イメージは、ノアの箱舟の洪水物語です。こうして新約と旧約とが聖書日課において連結しています。一方、箱舟物語の幾つかの点が福音書に共鳴しているように思えます。箱舟が「大地から離れて」は「水のなかから上がると」(マコ1:10)に、つまり浸って上がる動きがそれです。呪縛(洪水物語では“地”が象徴)からの離陸、人間の弱さや限界という低みからの浮上を思わせます。さらに天から聞こえた声(1:11)に、あの虹で表された契約が更新されたのを見ます。それは、もう「滅ぼすことはない」に連続性をもち、それを越えて神さまの思いが「愛」として宣言されているのです。また「地」が象徴する人間を捕縛する力であるサタンとの、のっぴきならない関係を生きる人間状況が表されています。そのなかでイエスさまが見たのは、ご自分と天使と野獣との共存です(13節の「が」は原典では順接です)。そこにはイザヤ11:6-7にあるような「平和の王」というモチーフがあります。つまりこの世では相容れないものが共存するという驚くべきヴィジョンがこの背後には隠されているのです。それはまた主の食卓という神の国のヴィジョンの先取りでもあります。だとすれば、荒野でイエスさまが見たのは、主の食卓が指し示す神の国の実現に仕えていくのだという展望だったのではないでしょうか。またここにいうサタンの誘惑とは人間を呪縛する力であり、当時の状況から考えれば、権力を握る王への誘惑だったでしょう。

 箱舟が大地から離れたのは呪縛からの離脱を、そして箱舟自体は清いものとケガれたもの(荒野では野獣)が共在する神の国を遠く指さしています。その動きは、イエスさま受洗の動きにつながり、水から上がってとすぐになされた神さまの宣言は、あの虹の契約の更新です。それは“滅ぼさない”においては連続性を持ち、「わたしの愛する子」において新しさを持ちます。そして荒野の誘惑ですでに神の国のヴィジョンが暗示されています。それは誘惑に抗して、何に仕え従うのかという課題です。

 人間を捕捉する力が働く世界の中で「平和の王」そして、野獣と共に、に先取りされている、主の食卓という神の国のイメージ、そこに従い、仕えるのが私たちの使命なのだ、ということを共に確認したいと思います。さらにそれは、あの神さまの宣言、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなうもの」という宣言に支えられているのです。

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大斎節前主日:白-全てを受容する色

2012年2月19日(B大斎前)マルコ9・2-9

 10数年前のこと。ある研修で二十歳くらいの青年とペアになりました。お互いの描いた絵を見せ合うワークショップでしたが、彼の描線はとても素直で伸びやかでした。それが自分のいびつな線とあまりに違って、彼の絵がとても眩しく見えました。そういう感じは、イエスさまの真っ白な輝きに対して起こるある感情にも似ているかもしれません。どこまで同じかは分かりませんが、ペトロもまたこの出来事をストレートに受け取ることができませんでした。こちらの方は、文字通りの眩しさがあったわけですが、それ以上に「恐ろしさ」がありました。

 それにしてもイエスさまのこの真っ白さは眩しすぎます。白は、汚れていない、清らかさ、聖なる、崇高なイメージがあります。そのイメージと自分の姿とがあまりにも対照的すぎて、恥ずかしくて、正視できないのです。けれども、一方で私はあるとき、「白」について、従来のイメージとは違う理解に出会いました。それによれば、人間が色を認識するのは、その色が、ある物体に反射するからだ。例えばリンゴなら、赤という色を反射して、その他の色を吸収するから赤と認識する。そして白色を白と認識するのは、一切の色がその物に吸収されるからだ。つまり白とは、すべてを吸収する、そこから、すべてを受け容れることを象徴する―。

 だとすれば、イエスさまの姿が真っ白に変わる、それは、イエスさまがすべてを受け容れるキリストだという宣言ではないかと思うのです。この方は、ご自分の苛酷な運命、十字架上の苦しみを受け容れ、そして、弟子たちの愚かさ(ペトロの「仮小屋を三つ建てましょう」等)、私たちの弱ささえも含めて受け容れる。そのような方であることがここで宣言されているのではないでしょうか。だとすれば、特祷の「…あなたはその独り子の受難の前に、聖なる山の上でみ子の栄光を現されました」にある、「み子の栄光」も、全てを受容する「白」があらわしているような「栄光」ではないでしょうか。その「清さ」は、汚れやシミを排除するところに成立するのではなく、十字架と復活の出来事がそうであるように、私たちの罪や弱さ、愚かさすべてが受容されるがゆえの「栄光」ではないでしょうか。大斎節が今週からはじまります。言うまでもなくそれは、主のご復活を祝う準備の期節です。その大斎節のはじまりに先立ち、イエスさまの姿が真っ白になることによって現された神さまの宣言を、感謝と賛美をもってともに受け取りたいと思います。

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顕現後第6主日:“生きながら生きる者”へ

2012年2月12日(B顕現6)マルコ1・40-45

 イエスさまの時代、「重い皮膚病を患っている人」たちは、神さまの救いの外にあるとされていました。当時の指導者ラビ(教師)たちもこうした人たちは、体は生きていても死んでいる者であり、彼らを救うことは死んだ人をよみがえらせるのと同じくらい難しい、と考えていたのです。ここにも見られるように人間の死には、生物としての死の他に社会的な死もあるのです。私自身も小5になると突然いじめられる側に転落しクラスのみんなから無視されるようになりました。クラス関係のなかでは「死んだ者」のようになっていたわけです。

 さて、そんな彼にイエスさまは手を伸ばして触れるのですが、イエスさまをしてそうさせたのは、すぐ前にある、「深く憐れんだ」ことでした。私はこの動きにルカ15章に見られる、失われたものを探し出す神さまの姿を重ねざるを得ません。一方、この皮膚病を患っている人のふるまいはどうだったでしょうか。彼は「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」(40節)と語ります。この「御心ならば」に、この人の信仰―失われた私をイエスさまは見つけてくれた、死んでいる私を生きる者としてくれた、だからすべてを委ねます―が込められています。

 イエスさまとの出会いというのは、私が探してイエスさまを見つけるというよりも、私がイエスさまによってその憐れみ(はらわたの痛み、怒り)により見つけられるという体験なのです。その時私たちは「生きながら死せる者」ではなく「生きながら生きる者」にさせられるのではないでしょうか。さらに、神さまがそのような方であることを知るがゆえに、「御心のままに」という信仰が私たちのうちに生まれるのです。主の食卓への招きはそのことを最もよくあらわしています。たとえ、この世の食卓からはじかれるようなことがあっても、いや、この世の食卓からはじかれるようなことがあればなおさら、主は私たちを食卓へと招き、導き入れます。そうして、私たちは生きて生きる者となるのです。しかも、そうされた人は、それを他の人に伝えないではいられません。この重い皮膚病を患った人がそうでした。イエスさまから口止めされても黙ってはいられず、大いに言い広め始めたのでした。それほどに、その喜びは大きかったのです。私たちもまた、生きながら生きる者とされた喜びを噛みしめ、そこから、主の食卓のメッセージをこの世に伝える力が生まれることを、共に確認したいと思います。

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顕現後第5主日:2つの関心

2012年2月5日(B顕現5)マコ1:29-39

 今日の福音書を見ると、話しの展開がとても慌しく、イエスさまは疲れることを知らないのだろうかとすら感じられます。ある聖書学者は、とある医者と患者との対話を紹介します。そして患者の話しを全て聞くのは「忍耐力」ではなく「関心があるからだ」というその医者を例にひき、イエスさまは疲れ知らずというより、助けを求める全ての人に特別な関心があったからだ、といいます。一方私は、この神さまの側からの関心とは別に、もう一つの関心にも目を向けてみたいと思います。それは人間側の、イエスさまへの関心です。ところが、この2つの関心にはどうもズレがあるようなのです。37~38節のイエスさまとペトロとのやりとりにそれが垣間見えます。この福音書を見た当時の人々もそうだったらしく、ルカは「しかし」を補って文章の流れをスムーズにしているほどです。しかし、このズレにこそ大切なテーマが隠されているのです。それは人々の、イエスさまの本質に対する無理解という課題です。 人々つまり群集のイエスさまへの関心は、後に「十字架につけろ」と叫ぶことを考え合わせると、多分に利己的な関心だったと言えます。にも関わらず、それに対するイエスさまの人々への特別な関心は、一言でいえば「愛」でした。

 一方私たちの現実はどうでしょうか。やはり苦しい時の神頼みのような場合が多いのではないでしょうか。しかし、もう一度思い起こしたいのは、この愛は、イエスさまの示された特別な関心でもあったことです。疲れをもいとわない、というか、疲れなど問題にならないような特別な思いです。旧約聖書では時に神さまは「熱情の神」と言い表されます。この「熱情」には「ねたみ」という意味すらあります。聖書の神は、愛する者が背けば、狂おしいまでに妬み、応答を求める神なのです。そのような、熱い神さまの思い=関心が私たちに向けられているのです。私たちを燃やし尽くすような、そんな神さまのまなざしが私たちに注がれています。そして、この特別な関心つまり熱情が、癒しや悪霊を追い出すといった奇跡を通して人間に示されたのでした。さらには、この熱情が極みに達したところに、イエスさまの十字架と復活とがあります。その神さまの特別な関心に、私たちが応えていくところに、私たちの歩む道があります。その応答の焦点として、聖餐が私たちにそなえられている、ということを今日みなさんと共に心にとめて、ご一緒に感謝と賛美をささげたいと思います。

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顕現後第4主日:あまえんぼう

2012年1月29日(B顕現4)マコ1:21-28

 今週末には節分を迎えます。この時期になると私が園児の頃、幼稚園であった豆まきのことを思い出します。その幼稚園ではオニのお面の他に背中に貼る自分のオニの名を書いた紙を背中に貼ることになっていました。しかしその製作の当日私は風邪で休んでしまい、私のだけ先生が名付けたオニの名でした。それは「あまえんぼうおに」というもので、他の子たちの「あわてんぼうおに」「わすれんぼうおに」等に比べるとカッコ悪く思え(ちょっと悪いくらいがカッコ良いのです)とても恥ずかしかったのを憶えています。では、神さまはどうでしょうか。「あまえんぼう」はお嫌いになるでしょうか。

 ところで今日福音書に登場する「汚れた霊に取りつかれた男」はイエスさまに「かまわないでくれ」と叫んでいます。原語からすると「何の関係があるのか」となります。そもそも、ケガレとは、神さまとの隔たりを表しますし、悪や罪というものも、聖書的には神さまとの関係から逸れることを指します。だとすれば「汚れた霊」とは、神さまとの関係でいえば先ほどの「あまえんぼう」とは対極にあると言えます。

 先ほどの思い出話しでは「あまえんぼう」はカッコわるいことでした。しかし、神さまと人間との関係においては全く事態が異なります。カッコわるいこと、結構、弱っちいのバンザイ、あまえんぼう、よろしい、よろしい、そんな神さまの声が聞こえてきそうです。そういえばイエスさまご自身も神さまに頼り切った方でした。十字架の出来事は、この世的にはカッコわるくて“弱っちい”の極みでした。本日の詩編も、次の世代が神さまに信頼するようにとの願い(詩78:7)が表出されています。また使徒書でパウロは、「万物はこの神から出、わたしたちはこの神へと帰って行くのです」(Ⅰコリ8:6)と語っています。こうして私たちの生と死とは、神さまへと「あまえて」いくことへと方向づけられているのです。ある意味で私たちの至高の状態とは神さまのみもとにいだかれている状態と言えます。自分の死、自分の終わりの時を考えるとき、実際はきっと死への恐れと不安に苛まれて、とても悟りきることはできないと思います。しかし、最後の最後、その一瞬にでも、神さまへ甘えきり、その腕(かいな)に抱かれるのを望んで委ねることができたら、と思うのです。イエスさまの十字架上の死と復活とは、このような神さまに対して「あまえんぼう」である道を、私たちのために通してくださった、と言えるのかもしれません。

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顕現後第3主日:通りがかり、見つけ、呼びかけるイエス

2012年1月22日(B顕現3)マルコ1・14-20

 おそらく、この箇所で多くの人が気になるのは、最初に弟子となった4人が、親や手にしていた職を捨て(イエスさまに従った)た、というところではないでしょうか。こうした放棄は弟子になる不可欠な条件なのでしょうか。 ところで、2章の徴税人レビを含めた弟子の召出しには共通する五つの要素が見られます。まず、イエスさまの動きとして、①通りがかりに、②見つける、③呼びかける、次に弟子になる人の動きとして、④ある行動を起こして、⑤従う、という五つです。では、このうち召出しにとって本質的なのはどれでしょうか。

 これを解くカギは、福音書冒頭の「時は満ち、神の国は近づいた」にあると思います。これは世と人間生活への神さまの介入をあらわしています。そして、この介入の具体的行為がイエスさまの、②見つける、③呼びかける、でした。だとすれば召命にとって本質的なのは、②見つけられ、③呼びかけられる、ことなのではないでしょうか。だからこそ彼らは、すぐに網や親を捨てて従ったのでした。見つけられ、呼びかけられてしまったことが決定的で、その他はどうでもよいこととなった、だから彼らは網を捨て、親たちを残したのです。人間的な決断として仕事や親を捨てることが弟子の条件ではないのです。最も重要なことは、イエスさまに見つけられ、呼びかけられてしまった、ということなのです。しかも、それは、イエスさまが「通りがかった」時に起きています。そこに私は、神さまのはかりしれない自由を感じます。予め調査をして自分に都合の良い人や何か資格を備えた人を選んで、その人に近づく、というのではありませんでした。その証拠に、召し出された後の弟子たちも、時にやはりイエスさまの意に反することをしてしまいます。

イエスさまは、通りがかりに、見つけて、呼びかけました。これは、いつでも、どこでも、何らの資格なしに、神さまは自由に私たちを召し出される、ということです。

 時は満ち、神の国は近づいた―このようなタイミングのなかに私たちの生活全体は置かれています。そういう前提がなければ、私たちの聖餐は、ただ呪術的な儀式に変わってしまいます。主の食卓は、とくに見るべきもののない私たちを神さまが招いておられる恵みのしるしです。それがあれば他のものはどうでもいい、というほどのはかりしれない恵みに満ちた呼びかけに、主に発見された私たちは共に、応えていきたいと思います。

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顕現後第2主日:出鼻をくじくイエス

2012年1月15日(B顕現2)ヨハ1・43-51

 あるとき、2歳ほどの子が言う「来て、来て」に応じて行ってみると、その子が遊んでいた台に積み木が上手に積まれていました。是非とも伝えたい、でも説明はできなくて、とにかく見てもらおうと呼んだのでしょう。これは幼児に限ったことではなく、大人でもある意味同じかもしれません。教区キャンプなどに青年たちを誘うときなどまさにそうでした。こういう場合、説明や説得は馴染まなくて、とにかくいいから来てみて、という他ないわけです。フィリポもやはり「来て、見なさい」とナタナエルに言っています。フィリポとしては、こう言うほかなかったのでしょう。そしてナタナエルは、本当にあの聖書で預言された救い主なのかを確かめるためイエスさまとの問答を想定していたかもしれません。ところが、です。問答どころかナタナエルは会うなりイエスさまから当時の敬虔なユダヤ人ならだれでも知っていた誉め言葉(47節)を言われてしまうのです。つまりここで彼は、いわば出鼻をくじかれてしまったわけです。彼の構えはいっぺんに吹き飛びました。ナタナエルにとっては、自分がイエスという男を受け容れるかどうかが問題だったのです。しかし、イエスさまに出会った瞬間それはほとんど意味のないものとなりました。というのも、すでにイエスさまは彼を知っており、彼がイエスさまを受容するより先に、イエスさまは彼を受け容れていたからです。

 イエスさまとの出会いというのは、「私にとってのイエスとは?」という問いがほとんど意味を持たない瞬間、と言えるのではないでしょうか。イエスさまは、まるでこう言っておられるかのようです。「あなたが私を受け容れるかどうか、それはあんまり問題じゃないよ。だって、私はすでにあなたを受け容れているのだから…」。そして、それが頂点に達したのが十字架でした。私たちが受け容れるよりも先に、罪も破れもある私たちを、いやもっといえば、罪も破れもあるからこそ私たちを引きうけてくださったのでした。主の食卓に招かれているということは、このことをよくあらわしています。イエスさまとの出会いは「私にとっての…」と問う私たちの出鼻をくじきます。それは、この問いを吹き飛ばし、私たちの心がいつの間にか築いている城壁の門を開け放ちます。聖餐式は、このようなキリストとの出会いの場として、教会が大事にし続けてきた方法の一つです。そのことを私たちは今ここでともに確認し、ご一緒に感謝と賛美とを続けてまいりましょう。

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顕現後第1主日:水の中からすぐに

2012年1月8日(B顕現1)マコ1・7-11

 福音書のなかで、ふとある言葉に目が止まりました。イエスさまが洗礼を受けられて「水の中からあがるとすぐ」(10節)の「すぐ」です。これを取っても文章上何の差し障りもないのに、なぜわざわざ「すぐ」が付けられているのでしょうか。一つ考えられるのは、マルコの教会が終末到来について差し迫った時間感覚の中に生きていたことです。そして、この「すぐに」から連想するのは、弟子たちの召し出しの場面です。イエスさまの呼びかけに対して最初の二人は「すぐに網を捨てて従」(1・18)い、イエスさまが次の二人を呼ぶときも「すぐに、彼らをお呼びになった」(1・20)のでした。イエスさまに呼びかけられたというとき、それに躊躇するいとまなどなくて、ただちに従う、あるいはまた、時が来たときにはすぐにイエスさまはお呼びになる、というマルコの福音理解がそこにはあるのです。そう思ったとき、これに近そうな諺を思い出しました。「善は急げ」です。が、よく考えてみると福音の場合はこれとは逆かもしれません。福音の場合は、「私が」これからある行為を選択しようというのではなくて、「よいこと」のほうが先に動くからです。「よいこと」に先に直面してしまうから直ちに従わざるを得ない。イエスさまが私たちより先に「よいこと」に動くのです。

 さて、イエスさまは水から上がると、天が裂け“霊”が鳩のように御自分に降ってくるのをご覧になりました。「水から上る」動きそのものが「救い」を象徴しています。また、天が裂けて“霊”が鳩のように降ってきたとは、地上で起こることとは決定的に、質的に異なる事態が到来したことを表しているのではないでしょうか。私はここで、恩師のある口癖を思い起こしています。「あなた方はすでに救われたのに、なぜ未だ救われていないかのような顔をしているのか」です。あわせて預言者ハバククの「たとえ、遅くなっても、待っておれ。それは必ず来る、遅れることはない」(ハバ2:3)をも思い出しています。もちろん個々の出来事に、私たちの感覚と合致しなくて焦ることもあります。しかし、「よいこと」、福音は、すぐに、動きました。そのことをイエスさま洗礼の記事は伝えています。それはまた、私たちを「すぐに」見つけ呼んでくださるイエスさまからの、「すぐに」おいで、という招きなのです。この招きに「すぐに」応えるべく私たちが主日に集まっていることを心に留めて、今日もご一緒に神さまに感謝と賛美をささげたいと思います。

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主イエス命名の日:名付けの力

2012年1月1日(B命名日)ルカ2・15-21

 本日は「主イエス命名の日」です。「名付け」というと私は「ゴッドファーザー」という言葉が、なぜかサングラスをかけたギャングの親分の姿と共に浮かんできます。実際この語の第一の意味は名付け親を意味します。ここで注目したいのは、名付けというのが一つの力の行使―支配と言ってもいいような―を意味するということです。

 さて、聖書の中で、この「名付け」を神さま以外で最初にしたのは誰でしょうか。まずは最初の人アダムが思い出されます(創2・19)。それは創造行為にも近く、名前がついて初めて“存在する”ということが十分なものになります。またモーセの名付けの物語も見逃すことができません。エジプトの王女によって水の中から「引き上げ(マーシャー)」られたため彼はモーセと名付けられました。聖書では水のなかから引き上げるという動作は神さまの救いを暗示します。そこで「モーセ」とは“救われた者”という意味になります。一方イエスさまの場合はどうでしょうか。「イエス」とはヘブライ名「ヨシュア」のギリシャ語名です。そしてこれは「ヤハウェは救いである」を意味します。

 モーセとイエスさまの名前を比べてみましょう。モーセが「救われた者」だとすれば、イエスという名は、神そのものが救いであることを宣言していることになります。また、モーセが人間(王女)によって名付けられたものだとすれば、イエスという名は神さまによって名付けられました。こうして、イエスさまの名付けから、その力の行使と支配の主体があくまでも神さまであることが分かります。またイエスさまの命名では、名付けそのものが、神さまが私たちの救いであることを宣言するものでありました。毎年暮れになりますと「漢検」の募集でその年を一文字の漢字であらわす企画があります。昨年末は「絆」が選ばれました。これも一つの名付けでしょう。しかし、私たちは年の暮れではなく、年のはじめに一つの名付けを心に刻みます。それは「イエス」、「ヤハウェは救いである」という名です。キリスト教会では、年のはじめに、一年をあらわす名を聞くことになるのです。そして、これから始まるその一年の名とは、イエス=「ヤハウェは救いである」という名に他なりません。

「ヤハウェは救いである」という名が実感できるような一年であることを祈りながら、その救いの業を記念して、感謝と賛美をささげ、新たな年をスタートさせたいと思います。

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