月報「コイノニア」
2004年4月号 No.248


強盗にでも向かうように

司祭ヨハネ

 さて、イエスがまだ話しておられると、十二人の一人であるユダが進み寄ってきた。祭司長、律法学者、長老たちの遣わした群衆も、剣や棒を持って一緒に来た。イエスを裏切ろうとしていたユダは、「わたしが接吻するのが、その人だ。捕まえて、逃がさないように連れて行け」と、前もって合図を決めていた。ユダはやって来るとすぐに、イエスに近寄り、「先生」と言って接吻した。人々は、イエスに手をかけて捕らえた。居合わせた人々のうちのある者が、剣を抜いて大祭司の手下に打ってかかり、片方の耳を切り落とした。そこで、イエスは彼らに言われた。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持って捕らえに来たのか。私は毎日、神殿の境内で一緒にいて教えていたのに、あなたたちはわたしを捕らえなかった。しかし、これは聖書の言葉が実現するためである。」弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった。
           マルコによる福音書14・43―50

 イエスが捕らえられる場面の描写は四福音書で少しずつ違います。下図はジオットの「ユダの接吻」で、それらを合成して描いています。松明やともし火は第四福音書、ユダの接吻は共観福音書という具合です。大祭司の手下の耳を切り落としたのはペトロだとヨハネは明記し、他の福音書は「一緒にいた者の一人」とか「ある者」とします。
押し寄せて来た人々について、ジオットはルカの「群衆」と「祭司長、神殿守衛長、長老たち」と、ヨハネの「一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たち」によるようです。いずれにせよ大勢で物々しく武装してやってきました。
 マタイ、マルコ、ルカは 「まるで強盗にでも向かうように剣や棒を持って捕らえに来たのか」というイエスの言葉を伝えています。昼間は公然と神殿で教えておられたイエスのまわりに大勢の民衆がおり、それを恐れて手出ししなかった彼らは、夜、イエスと弟子たちだけになるのを見すまして襲ってきました。彼らは、イエスとその一党が武力で抵抗することを予想してきました。イエスという人物とその教えをそのようなものとして見ていました。
この時代、メシアを自称する人物が現れては民衆を扇動し、武装蜂起しては鎮圧されるといった事件が瀕発していました。権力者たちがイエスをそのような者の一人とみなしたとしても不思議はありません。民衆もまた、イエスに政治的解放者の姿を重ね合わせて期待をかけ、熱狂的にエルサレムに迎え入れました。
問題は、弟子たちまでイエスにそのような期待を持っていたことです。イエスが権力の座についたあかつきには、どんなポストが与えられるだろうかと考えていました。弟子たちの中には熱心党として知られる人々がいましたし、ユダもまた、イエスに決起をうながすためにイエスを売ったという説があります。皆がそれぞれ、自分の期待するイエス像を勝手にイエスに押しつけ、それに反するイエスを受け入れることが出来ませんでした。父なる神の御心に従ってイエスが甘んじて捕らえられたとき、弟子たちが皆イエスを見捨てて逃げ去ったのは当然の結末です。
私たちも、自分の期待するイエス像をイエスの中に見出そうとしてはいないでしょうか。「自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(マタイ16・24)という主イエスの要求は、このことにも関わっているのではないでしょうか。


祝!ご復活!

4月11日の復活日大礼拝では、聖歌隊とハンドベルクワイアのご奉仕のもと、荘厳かつ活気に満ちた礼拝が捧げられました。それに先立つ聖週は大斎節のしめくくり。主イエスがエルサレムに入城され、苦難を受け、十字架上でご自身を献げ、死んで葬られ、陰府に降り、三日目に復活されるまでの激動の日々を記念する一週間として聖マリア教会では特に大切にし、様々な礼拝が行われました。

4日(日) 10時45分
復活前主日(しゅろの主日)

 聖週の初日、主のエルサレム入城を記念して行われる礼拝です。父なる神の御心に従って十字架につけられるために、「柔和な王」の姿でろばに乗ってエルサレムに入られた主を、大勢の群衆が自分の服を道に敷き、なつめやしの枝を振って歓迎し、叫びます。「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、イスラエルの王に」。この日は全員が聖堂前室に集まり、手に手にしゅろの枝を持って聖歌七四番を歌いながら聖堂内を巡る入堂行列で礼拝が始まりました。
この日の福音書はルカによる長い受難物語です。中世の時代には、複数の聖職者が登場人物それぞれの役割を分担して受難物語を朗読し、それが後世の受難曲に発展したと言われます。それに倣って、福音史家(吉村由理)、イエス(司祭)、ペトロ(森田朋宏サーバー)、ピラト(大塚執事)、女中(津田祐理子)、罪人(新實康男)、百人隊長(林悦子)などの役割を分担して朗読を行いました。群衆は聖歌隊が担当しました。


5日(月)〜7日(水)
7時 聖餐式 19時 晩祷

8日(木)聖木曜日 7時
聖木曜日朝の礼拝

8日(木)聖木曜日 19時
洗足式・聖餐制定記念聖餐式・聖木曜日の黙想

 いわゆる最後の晩餐の夜、主は弟子たちの足を洗って互いに愛し合うべきことを教えられました。ヨハネ福音書によると、主は食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれ、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、手ぬぐいでふき始められました。ペトロは「わたしの足など洗わないでください」と言うと、主は「もしわたしがあなたを洗わないならば、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えられました。それにならって司祭が会衆の足を洗うのが洗足式です。今年は教会委員代表二人、会衆代表二人の四人の人々の足が洗われました。洗足式は五年目になりますが、年々少しずつ出席者が増え、今年は教会委員の姿も数名見られました。
引き続き、主イエスが最後の晩餐においてパンを裂いて弟子たちに与え、杯からぶどう酒を飲ませて、「わたしを記念してこのように行いなさい」と聖餐を制定されたことを記念する聖餐式が行われました。通常聖餐式は朝ですが、聖木曜日の聖餐制定記念聖餐式は夜行われます。
「一同は賛美の歌をうたってからオリーブ山へ出かけた」(マタイ26・30)とあるように、その後、ゲツセマネの場面に移ります。苦しみもだえてひとり祈られる主と、眠りこけてしまった弟子たちに思いをはせ、聖歌八六番を歌って黙想しました。
礼拝の後、祭壇の飾りをすべて取り外し(ストリッピング)、聖金曜日を迎える準備をします。

9日(金)聖金曜日 7時
聖金曜日朝の礼拝

9日(金)聖金曜日 19時
聖金曜日夕の礼拝
(十字架の主に対する崇敬と賛美)

 聖金曜日正午からの受苦日礼拝は、京都伝道区の習慣により主教座聖堂で合同で行われますので、教会での礼拝は朝と夜だけになります。

9日(金)聖金曜日 12時
京都伝道区合同受苦日礼拝(主教座聖堂にて)

 夜の礼拝では、主の御受難について黙想し、十字架の主に対する崇敬と賛美の礼拝が行われます。聖木曜日夜に聖別された保存聖体を拝領して沈黙のうちに終わります。

10日(土)聖土曜日 7時
聖土曜日朝の礼拝・嘆願・聖餐前式

10日(土)聖土曜日 23時
イースター・ヴィジル
復活のろうそくの祝福・洗礼の約束の更新・復活の聖餐式

 古来の復活徹夜祭(ヴィジル)です。主イエスが死から命へと移られた最も聖なる夜に目覚めて祈り、キリストの死への勝利にあずかる主の過越の夜の礼拝です。非常に豊かな内容を持つ礼拝で、文字通りの徹夜とまでは行きませんが、二三時から始めて夜半過ぎに復活日最初の聖餐式となります。@復活前夕の黙想。主は陰府に下り、アダムをはじめすべての死者を引き上げられます。A復活のろうそくの祝福。真っ暗な聖堂に復活のろうそくが入堂し、各自の持つろうそくに点火していきます。「キリストの光」「神に感謝」の唱和が繰り返される荘厳な礼拝です。B洗礼の約束の更新。C復活日聖餐式。年々出席者が増えつつあります。


11日(日)復活日 4時30分 (教会発)
早天礼拝(大文字山にて)

 「朝まだ暗いうちに」墓へと急いだマリアたちに思いを馳せながら、ジュニアチャーチを中心に行われる恒例の復活日早天礼拝です。今年は一一名の参加で少々こじんまりでしたが、前夜のヴィジルに出、教会でわずかの仮眠をとって参加した人もあります。なんとか残っている桜を観賞しながら、明るくなってくる山道をたどり、山上で礼拝を献げました。礼拝後楽しく朝ご飯をいただきました。

11日(日)復活日
7時 早朝聖餐式
8時 英語聖餐式

11日(日)復活日
10時45分 主要聖餐式

 もはやお馴染みの聖歌隊・ハンドベルクワイアの奉仕もあり、音楽いっぱいの荘厳な礼拝となりました。約一四〇名の出席で、念願の三桁礼拝が実現しました。これを普段の主日礼拝にもつなげて行きたいと願います。

11日(日)復活日 13時
イースター祝会

 礼拝堂で記念写真撮影の後、ホールで祝会。恒例となった持ち寄りのごちそうをいただき、青年会の司会のもと各部門の出し物で楽しいひとときを過ごしました。

12日(月)〜18日(日)
オクターブの聖餐式、晩祷


聖マリア幼稚園コーナー

 早々に満開に咲き誇った園庭の桜に、「今暫く・・・待っておくれ!。」と、願いつつ・・・2004年度入園式を迎えました。可愛い子ども達の姿を一目見ようと、桜も美しい姿で出迎えてくれました。4月9日には、一足先に、進級式をもって新年度をスタートをしました。12日の入園式には、進級児(昨年度の途中入園4名含む)、20名の年少児とその保護者の方々と共に、下田屋チャプレン先生によるお礼拝で式がはじめられました。真新しい上履きを履いた新入園児は、緊張した面持ちで小さな胸はドキドキ。はじめての聖歌・お祈りも、見よう見まねで、懸命に真似をしようとする子ども達。その姿を、にこやかな愛情の眼差しで見つめられる保護者の方々、とても暖かなお礼拝の時を過ごす事が出来ました。その後には下田屋チャプレン先生より、一人一人の胸にバッチ(各クラスの名札)を付けて頂きました。これで、みんな正真正銘「マリアの子ども」となり「光の子ども」として、歩むべくスタートを切りました。今年度、度、聖マリア幼稚園は年主題「心をすませて」、年主題聖句「心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。」(マタイ5-8)を持ち、教職員一同が、下田屋先生より聖研の機会を与えて頂き、改めて、「心」に向き合い、「心」を澄ませて、子ども達に添って行きたいと心より考えております。どうぞ、教会の信徒の皆様からも、「心」の声を頂戴し、より一層「マリアらしさ」を大切にして行きたいと思っています。
 今年度、園児数66名!花組20名、赤組21名、緑組25名と、賑やかな子ども達、教職員8名。下田屋一朗チャプレン、菅原さと子園長、各クラスの担任は緑組 生谷朋子・団聡子、赤組 藤田尚子、花組 浅間麻衣・北川美貴、事務 浦地愛です。また、新たな気持ちで、心弾ませ一歩一歩しっかりと踏みしめ歩んでゆきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。また今年度、私、浅間 麻衣が、主任という新たな歩み、学びの機会を与えられました。歴史ある聖マリア幼稚園の良きところを深く心に据えて、共にある教職員の先生方に支えられ、また、聖マリア幼稚園を、いつも暖かく見守って下さる教会の皆様よりも、お力添え頂きながら、精一杯努めたいと思いますので、重ねてお願い致します。(教諭 リベカ 浅間麻衣)


各部からのお知らせ

=婦人会=
5月13(木)〜14日(金)京都教区婦人会大会。京都宝ヶ池プリンスホテルにて。
23日(日)婦人会例会。

=日曜学校=
5月2日(日)連休の為お休み。
11日(火)教師会。

=ジュニアチャーチ=
5月は2日(日)16日(日)10時より朝の礼拝(礼拝堂)

=青年会=
4月25日(日)ギター講習会。(5月は未定)

=幼稚園=
4月25日(日)マリア会。
30日(金)春の遠足。植物園へ。5月6日(木)〜11日(火)家庭訪問。
6日プレプレスクール開始。10日(月)母の会総会。

=ボーイスカウト24団=
4月中旬各隊、緑化募金活動。
5月2日(日)〜5日(水)ウッドバッジ研修所に8名参加。
4月7日(金)団会議。8日(土)団委員会。
<ビーバー隊>
4月18日(日)親子ハイク。大文字山へ。5月9日(日)北星地区ビーバーランド。宝ヶ池にて。
<カブ隊>
4月25日(日)リーダー任命式。宝ヶ池にて。
<ボーイ隊>
5月11日(日)5団合同隊集会。宝ヶ池にて。

=ハンドベル=
朝の部毎週火曜日10時半〜、夜の部4月22日(木)17時半〜。


ニュースとお知らせ

=しゅろの十字架作り=
3日(土)午後、復活前主日のためにしゅろの十字架作りを行いました。

=レクイエム=
21日(水)4月の逝去者記念聖餐式で次の方々を記念しました。
1日―マリア山岡知代(1961)、
5日―立石静(1937)、
10日―中堀瑞枝(1945)、
16日―ベニヤミン津田雅之介(2001)、
21日―司祭W・J・カスバート(1929)、松田重雍(1978)、
24日―司祭アブラハム法用繁造(1975)、
29日―續木路南(1971)、ベタニヤのマリア宮西良子(1998)

=新しいチャイム=
礼拝開始のチャイム(アダムスAD-BK5109G#ゴールドサテン)が入り、4日復活前主日から使っています。

=聖布類の奉献と聖別式=
赤のチャリスベール一式が二組、婦人会と中井弘子さんがそれぞれ献げられました。また、緑と白の献金袋二個ずつと白の布地が婦人会から献げられ、それを用いて大倉敏子さんがさらに白の献金袋六個を制作してくださいました。18日の主日聖餐式の中で聖別式が行われました。

=お誕生おめでとうございます=
16日、菅原一樹さん・なぎささんご夫妻に二人目の男児が与えられました。

=就職おめでとうございます=
江口信さんは社会福祉法人白川学園に就職されました。

=戸川正憲さん・晃子さん転居=
住所・電話は教会までお問い合わせください。

=岩城昭夫さん・ももゑさんの新住所=
住所・電話・eメールは教会までお問い合わせください。


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