『死は誕生』
11月は、1日に「諸聖徒日」、2日に「諸魂日」という大切な祝日が置かれており、
死者の月と呼ばれ、神さまのみもとに召された人々を想って過ごします。
そして、自分の死についても考えを深めたいものです。
あなたは死についてどのように考えていますか?
別れ、孤独、無、すべての終わりといった暗いイメージを持ってはいませんか。
今の世を生きる多くの人々は、死に対して
自分とはほとんど無関係のように』毎日を過ごしています。
「生涯の日を正しく数えるように教えてください。」(詩編90:12)
この詩編の作者のように日々の生活の中でいつも死を迎え入れていたら、
もっともっと豊かに人生を過ごすことができると思います。
私たち人間には体と魂がありますが、死を想うことによって、霊の世界を知らされます。
私たちの生は、死によって完成され、永遠の世界に再び誕生するのです。
胎児を考えてみましょう。
胎児にとって母体の中がすべてであり、外部のことをまったく知りません。
しかし、ひとたび生まれたならば、そこに果てしない青空が広がり、
さわやかな風と水があふれ、多くの愛する人との出会いがあり、
生きる喜びに満ちていることが分かります。
これらは生まれ出る前からすれば、想像を絶する世界であるはずです。
同じように、今、この世界で私たちが見たり聞いたりしていることは、
永遠の世界から見れば、いまだ胎児の世界に過ぎません。
胎児の間に十分に母胎から愛と栄養を受けて誕生してくるように、
永遠の世界に誕生するために今日の一日が尊くなってくるのです。
死が誕生でないならば、人間にとって、今日の一日は意味がありません。
私たちが再び誕生する永遠の世界では、
神さま、そして、先祖、先だった愛する人々、友人にも会うことができるのです。
『生まれたときから、死はいつも友だち。
楽しかったときが過ぎ去る、これもひとつの死。
大切な人との離別、これもひとつの死。
死はなぜいつもそばに?
それは永遠の世界に誕生するためにあるから』
永遠の世界への誕生に向け、今日の一日を大切にし、豊かな人生を送れますように。
(川口基督教会 10月教会報より) 司祭 テモテ 内田 望