素晴らしい出会いのために司祭 テモテ 内 田  望
                            
                                          
 誰かの出迎えをしたり、誰かに出迎えられたりした経験が皆さまにもあることでしょう。
最近は携帯電話がありますから、行き違いになる恐れは少なくなっていますが、
そういった手段が取れない場合、さらにお互いが初対面の場合、
一種独特の緊張感に包まれるものです。
 殊に空港での出迎えの場合、来客の乗った飛行機が到着するやいなや、
到着ロビーに人が集まります。出てくる人の顔、素振り、服装を想像しながら待ち続け、
やっとお目立ての人物に出会ったときのうれしい顔、顔、顔。
 
 逆の場合、もし出迎えてくれる人と行き違ったとしたら、
見知らぬ土地でどうしようか。言葉も通じない土地ではなおさら緊張感が高まります。
出口で私を待ってくれる人が声をかけてきてくれたときのうれしさも格別なものです。
こうして、空港の到着出口のロビーには出会いを喜びつつ笑い会う人々の姿が絶えません。
 
 今、私たちは「降臨節」を過ごしています。
それはある意味、空港の到着ロビーのようなものではないかと思います。
訪れる方と私たち、待つ側の緊張感、待たれる側もまた待っている人を探し求め、
そして出会ったときの喜び。
でも「降臨節」を過ごしている私自身を反省してみると、
毎年訪れる「降臨節」に慣れきってしまって、
少し手抜きになってしまっている私自身を発見することがあります。
「あー、いいよいいよ、また来年も来るからそんなに一生懸命になって探さなくても」
と高をくくっているのです。
 
 「降臨節」は、ある一定の日付とか時のような、
いわば勝手に来て勝手に去っていくようなものを待っているときではありません。
私たちを救うために来られる方を待っているのであります。
その方がどのような形で私たち一人ひとりに訪れるかはわかりません。
それこそ到着ロビーで目を凝らして来客を待つような心構えでいなければ、
見逃して行き違ってしまうことでしょう。
 
 今年のクリスマス、私たちを救うために来られる方を心を込めて待ち、
素晴らしい出会いを喜びたいと思います。

                 (川口基督教会11月教会報より)   司祭 テモテ 内田 望