2007/11/12 浜寺朝祷会3周年
 
聖書:マタイ福音書25:31-40
 
 『恵みを受ける』
 
 速いもので、この浜寺の地で朝祷会が開かれるようになってから、3年が経ちました。はじめ、大阪や吹田の朝祷会の皆さんが足繁く浜寺の地を訪問され、食事を共にし平和を祈る超教派の朝祷会の意義を訴えられ、とにかく場所が必要だ、テモテ教会を会場にしてほしいと熱っぽく訴えられました。まだこの教会に赴任して日も浅かった私は、この浜寺でのクリスチャンとの交わりがほしいということで、その熱弁に一も二もなく説得され、お引き受けすることになった次第です。ただ、プール学院のチャプレンと教会の牧師を兼任しておりましたので、朝祷会のチャプレンのお役を十分に果たすことができず、申し訳なく思っております。今年の4月からはプール学院大学の非常勤チャプレンに移りましたので、少しは余裕ができて、朝祷会にも顔を出すことができるようになりました。
 さて、教会の仕事(宣教や伝道、牧会のお仕事を含みますが、結構、会議や事務作業も多いのです)をしておりますと、どんどんと仕事が増えて参ります。これは信徒の方も同じではないかと思うのですが、教会の役員になりますと、責任と仕事とが次々と追いかけて参ります。そんなとき私たちは、つい不平を言いたくなります。「自分だけがどうしてこんなに忙しいのだろう?」そして、負担感や疲労感が蓄積してくることもあるのではないかと思います。仕事がうまくいっているときはまだ満足感があるのですが、仕事がうまくいかないときは不平がたまります。旧約の預言者エレミヤは、徒労に終わった預言活動の果てに、「ああ、わたしは災いだ。わが母よ、どうしてわたしを産んだのか。国中でわたしは争いの絶えぬ男/いさかいの絶えぬ男とされている。」と不平を言い、神に抗議します。自分が預言者として用いられていることの恵みに気づいていないからです。そこで彼は、主のご用から逃亡しようとしますが、神様のみ手から逃れることはできないと悟ります。「主の名を口にすまい/もうその名によって語るまい、と思っても/主の言葉は、わたしの心の中/骨の中に閉じ込められて/火のように燃え上がります。押さえつけておこうとして/わたしは疲れ果てました。わたしの負けです。」そして、彼は神の命じるままに預言活動を行い、「遠くから、主はわたしに現れた。わたしは、とこしえの愛をもってあなたを愛し/変わることなく慈しみを注ぐ。」という神の声を聞くのです。
 神様の手から逃れたい、つらい思いはしたくない、というのは私たち人間の、きわめて人間的な思いです。しかし、それには、イエスの母マリアの模範があります。受胎告知をされたマリアはこう言うのです。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そして、イエスさまご自身の模範があります。有名なゲッセマネの祈りです。「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」それは、神の召命に対する全面的な服従の祈りです。神に対する全面的な信頼です。
 私たちに疲労感や焦り、負担感が増すのには、もう一つ大きな原因があるのではないかと思います。それは、私たちが人々のために何かをしてあげているという大いなる勘違いではないでしょうか。私たちが先に救われ、恵みを受けているから、その恵みをまだイエスさまを知らない人々に分かち合わなければならないというのでしょうか。ある外国のクリスチャン(それもとても純粋で、すばらしいクリスチャン)から、「日本の人は可哀想。間違った信仰に惑わされ、イエスさまのことを知らないから」と言われたことがあります。とても複雑な気持ちがしました。確かに日本人のクリスチャン人口は少ない。しかし、大多数の日本人は気の毒な人間なのでしょうか。私たちは、気の毒な人を救うために、イエスさまのことを伝えなければならないのでしょうか。もしそうなら、拒絶されたときには裏切られた気持ちになり、確かにがっかりするかもしれません。
 ロシアのトルストイの民話に、『愛のあるところに神あり』という短編があります。絵本になっている『靴屋のマルチン』といった方がわかりやすいかも知れません。マルチン・アフデューイチという靴屋の話です。この靴屋は町のみんなの靴の修理をしていましたので、靴を見ただけでそれが誰なのかをすぐに言い当てることができたのでした。ある日彼はうとうとしているうちに、「マルチン、マルチン。明日往来を見ていなさい。私が行くからね。」という声を聞きました。イエスさまの声に違いありません。翌朝マルチンは、夜明け前に起き出して、暖炉の火をたいて窓際で待ち続けました。しかし、最初に出会ったのは雪かきをしている疲れ切った老人でした。マルチンは気の毒になって、その老人を招き入れ、お茶をごちそうしました。何の見返りも期待しない、自然な行動でした。次に出会ったのは、みすぼらしい身なりの女性で、赤ちゃんを抱いていました。朝からなんにも食べていないようでした。マルチンはこの女性も招き入れ、パンとシチューをごちそうしました。三人目はリンゴ売りのおばあさんでした。ところがこのおばあさんがリンゴを入れたかごをおろすと、破れ帽子をかぶった一人の男の子が現れてリンゴをつかむと逃げだそうとしたのです。おばあさんはその子を捕まえると、泥棒だというので殴り始めました。マルチンは間に割ってはいると、「許しておやりよ。この子は二度としないから。」そう言って、人を許すことの大切さをおばあさんに説得し、男の子もおばあさんに謝って、仲良く帰って行ったのでした。その日の終わり、マルチンは片付けものをしながら、福音書を開き、「あれはやっぱり夢だったんだ。」と独り言を言うのです。そのとき、彼の耳元に声が聞こえます。「マルチン、マルチン、お前には私が分からないのかね。」振り返ってみるとそこには人影らしいものが立っています。あの老人でした。その人影が消えると今度は赤ん坊を抱いた女性が立っています。そして、最後に、物売りのおばあさんと少年が立っていました。そのとき、マルチンは夢は決して自分を裏切らなかった。本当にキリストさまは来てくださったのだ、と悟ったのです。そんなお話です。そのとき、マルチンが開いていた福音書の箇所が、今日読んでいただいたマタイ福音書の25章31節以下でした。
 私たちは自分が助けたり、与えたり、親切を施しているような気になっているけれども、実は、本当に恵みを受けているのは私たち自身であるということを、『靴屋のマルチン』は教えています。マザー・テレサの言葉にも、こういうのがあります。「私は、自分がふれるすべての人の中にキリストを見ます。なぜなら、キリストが「私は空腹と渇きを感じ、私は裸で病気に苦しめられた。私は家がなく、あなたは私を受け入れた」と言っているからです。ただそれだけのことです、自分が一切れのパンを与える度毎に、実はキリストにパンを与えているのです。私たちが飢えた人や裸の人を見つけなければならないのは、そのためです。貧しい人々と完全に結びついているのはそのためです。」これもまた、与えることによって実は自分が神の恵みを受けているのだという真理を表しています。世界の貧しい国々を援助したりする活動の中で、私たちが陥る最大の誤り、勘違いは、「助けてあげる」という思い上がりです。そうではなく、貧しい中で精一杯生きている人々とふれあうことで、実は私たち自身が生かされている、生きる力を与えられているのです。
 教会の働きは多岐に及んでいます。最近ではご高齢者が多く、神様の身許に召される方も多いというのが実情ですが、ご高齢者のお見舞いに行き、お話を伺うとき、私たちはその方の重く、充実した人生そのものを分かち合っていただいているのす。葬儀においても、私たちはその方の生き方、人生、そして命そのものを共有するという大きな恵みを与えられます。葬儀の説教をする教職者もそうであり、葬儀のお手伝いをする人々、参列する協会員も、みなその方の人生の一部を分かち合うのです。
 私たちの教会は、最近、子育て支援プログラムとして「テモテぷれいるーむ」というのを始めました。10月に行った第一回には、28人の未就園児(0歳〜3歳)とそのお母さんたちを含めると50人以上が足を運んでくださいました。私は直接のお手伝いはできなかったのですが、教会の女性のみなさんが、本当に心を込めて準備をし、たくさんのスタッフが助け合って、楽しい一日を過ごしました。この取り組みを通じて私たちの教会に与えられた恵みは大きなものであったと思います。準備に取り組んだ女性スタッフの間の熱意と協力、子供たちの笑顔、お母さん方との交わり。それは、伝道という点から言うと、大きな成果ではなかったかも知れませんが、人々の必要に応え、地域社会に奉仕するという点から言えば、大きな一歩でした。そして、私たちは大きな恵みを受けたのです。
 朝祷会の3年間も、私にとっては大きな恵みでした。浜寺地域にこんなにも多くのクリスチャンがおられることを知りました。同じ主を仰ぐ兄弟姉妹の交わりがこんなにも豊かなものであることを知りました。イエス・キリストに対する信仰の表現がこんなにも多彩であることを知りました。そして、平和のために共に祈ることがこんなにも力強いことを知りました。これからも、イエス・キリストに繋がり、四方八方に伸びている枝として、共に祈り、賛美し、交わりを深めていきたいと願っています。最後に、詩編133編の一説を読んで、祈りに代えたいと思います。
 
「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。」