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『古い自分に死ぬ』
主教から聖職按手式の説教者に指名されまして、大変光栄なことだと思っております。どうか、聖霊の導きによって、私ではなく、主ご自身が語られますように。 井上新司祭と私の接点についてお話しさせていただきます。井上先生を昔から知っていたわけではありません。そういうことなら、私よりももっと適任の先輩諸聖職がおられると思います。彼が聖職志願をするころから、私との接点が生まれます。神戸電鉄で長年勤務された方が聖職を志願されるということを聞き、大変親近感を抱いたわけです。というのも、もっと年齢が後になってからになりますが、私もまた、社会での長い職業経験を経てから聖職志願をしたからです。もっとも、私と違って、井上先生はずっと熱心な信徒でいらっしゃいましたし、お連れ合いのるみ子さんと協力して、こどもたちに対する宣教活動で素晴らしいお仕事をされておられました。第二の接点は、ウイリアムス神学館です。私もウイリアムス神学館で学ばせていただきましたが、井上先生がウイリアムス神学館で学ばれることになったとき、実は私は、そこで教鞭をとることになってしまいました。なぜ駆け出しの私が、神学校で教えることになったのかは未だに明確ではありませんが、おそらく大学、大学院と哲学やキリスト教学を専攻しておりました関係で、キリスト教教理関係の教員として適任だろうということだったのかもしれません。ともかく、井上先生と私は師弟関係になってしまいました。彼はとても真面目で優秀な神学生でした。年齢が20代から60代に広がる学生たちのまとめ役としても、力を発揮されました。そして、第三の接点は彼がプール学院中高のチャプレンとして働くことになったことです。彼の前任者は、他でもなく私でした。私も神学校を修了してから、すぐにプール学院中高、そして堺聖テモテ教会で勤務し、井上先生が私の後任チャプレンとして来られることになったわけです。その引き継ぎに当たって、神学校で特別に時間をとって、何度かともに学んだことを懐かしく思い出します。プール学院中高のチャプレンとして、井上先生は私にはできなかったような新機軸をどんどんと打ち出して、生徒たちに慕われていました。チャプレンが十数歳若返ったわけですから、生徒たちも喜んだことでしょう。 さて、今年の三月に行われた聖公会神学院の卒業式で、植松誠首座主教は、「みなさん、死ぬ覚悟はできていますか?」という問いを投げかけられました。首座主教としてアフリカを訪問したときに、土地の老人から「お前はクリスチャンか?」と問われたことから、キリスト者として、そして聖職として立つということはどういうことなのかを迫られたと言われました。そして、聖職として立つことは、それはそれほど厳しく、覚悟が必要なのだ指摘されたのです。私は首座主教の問いかけを、別な角度から受け止めました。「死ぬ覚悟ができているか?」というのは、必ずしも、「死んだつもりで必死に働け」ということではないのではないか。一生懸命働いていても、古い経験や認識にしがみついていては、何にもならないのではないか、ということに思い至ったのです。聖職として召されるときに、わたしたちがそれ以前の人生で得た古い認識や経験は、いったん脱ぎ捨てなければならないのではないか。言い換えれば、古い自分は死ななければならないのではないか、ということでした。 最近は、神学生の年齢が非常に幅広くなっています。以前は、大学を卒業して間もなく神学院に行った例が多かったようですが、最近は、中高年になってから聖職を志願される方も結構おられます。私は50を過ぎてから聖職志願をいたしましたし、井上先生はずっとお若かったですが、企業での十分な職業経験を経た後に志願されました。よく、「社会経験を積んだ人の方が牧師として良い」というご意見も伺います。また、「社会で学んだ技術や経験を、教会で活かしてもらいたい」ということも聞きます。たしかに、企業や学校で経験を積んで一定の年齢に達した人は、人間関係を処理したり、実務を処理したりすることが、すぐにできるようになるかも知れません。そういう意味で、人生のある段階で聖職志願をして牧師になる人は、それなりの長所をもっているかもしれません。しかし、考えておかなければならないのは、それが一面の真理に過ぎないという点です。私も、献身を決意したとき、「あなたは社会経験があるから、それを活かしてほしい」といわれたことを思い出します。しかし、それは一つの誘惑だと感じていました。ですから、「いいえ、言えるほどの経験はしておりません」とお答えしたものです。 では、何が問題なのでしょうか。それが、植松主教が指摘された「死ぬ」ということだと思うのです。使徒パウロは、次のように教えています。「一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。」「古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」これは、もちろんクリスチャンすべてに言えることです。洗礼を受け、キリストにつながれた時点で、古い自分は死に、新しく生まれ変わるということなのです。ましてや、聖職に召され、神と人とに仕えようとする人は、いったん死ななければならない。パウロは別の箇所で、「わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。」と書いています。「塵あくた」というところは、以前の口語訳では「ふん土(ど)」となっています。パウロは当時、最高の知識人であり、律法学者でした。ユダヤ・イスラエルの教えを知り尽くし、知り尽くしていたが故に、イエス・キリストを受けいれることができず、キリスト教弾圧の先鋒に立ったのでした。しかし、その古いパウロは死に、使徒パウロが新に生まれます。復活節のこの主日に、私たちはもう一度、死んで生まれ変わるということの意味を噛みしめたいと思うのです。 「新たに生まれる」「生まれ変わる」。それが、大切なことです。今私たちが生きている日本社会には、さまざまな既成観念や価値体系があります。代表的には、社会的・経済的地位でしょう。また、教育や知識もそうです。いろんなことをこなす能力もそうでしょう。その量や質によって、人はいろいろと評価されます。また、習慣や伝統もあります。「このようにしなければならない。」「こうすべきだ」というような考えは、地方や地域、あるいは一般社会では宗教的伝統によって、強固に残っています。イエス・キリストは、当時のユダヤ社会の伝統的価値観を根底から覆されました。差別されている人々や病にかかった人々、女性たち、これらの人々に対して限りない愛の眼差しを注ぎ、いっさいの「隔ての中垣」を取り除いて下さいました。ですから私たちも、さまざまな既成の価値観を脱ぎ捨て、新しいキリストの衣を身に着けなければならないのです。古い自分を脱ぎ捨てなければならないのです。もちろん、それは容易なことではありません。ふと気がつけば、古い自分が顔を出している。古い価値観に振り回されている。そんなことがよくあります。教会の中にも、そうした価値観が浸透しているからです。そのような古いしっぽをみんな引きずっています。それを切り捨てることは容易ではありません。切り捨ててもまた生えてくる。でも、それを「古いしっぽ」と自覚することが大切なのではないかと思うのです。 しかし、聖職に召された者は、さらに先に進まなければなりません。それは、この世に「遣わされた者」であるからです。今日のイザヤ書にあるように、「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。」と神に申し上げた者だからです。イエス・キリストは「わたしは良い羊飼いである」と教えておられます。牧師という言葉は、実はこの「羊飼い」「牧者」から来ています。教役者はキリストではありません。取るに足らない、罪に汚れた人間です。しかし、それでもなお、キリストに従って、キリストに倣わなければならないのです。そういう意味で、わたしたちも「羊飼い」の端くれにならなければならない。教会におられる様々な人々の牧者として、一人ひとりを守り、お仕えしなければなりません。企業や学校や、社会の様々な分野に、実に様々な人々がいたように、教会にも多様な人々がおられます。そうしたお一人お一人を大切にし、その心に寄り添うためには、教役者は謙虚に心を開き、まず耳を傾けなければなりません。そして相手の方と同じ地平に立たなければなりません。使徒パウロは、「わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。(…)弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。」(�汽灰螢鵐�9:19-22)と書いています。そして、皆様にお仕えするとき、さらにさまざまな宣教の働きを教会で行うとき、そのときに、かつてわたしたち自身が経験した事柄が活かされ、新たに用いられるのだと思います。古い経験をそのまま用いるのではなく、いったん捨て去った経験やスキルが新たな命を与えられて用いられるのではないかと思うのです。死の後にくる新しい命です。本日の旧約聖書イザヤ書で、預言者イザヤの唇がセラフィムの日によって清められたように、わたしたちの持てるものが清められるということです。「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」(ローマ8:28)これまでの人生の中で得たすべてのものを神に献げるとき、翻ってそれは神の道具になります。人生の比較的遅い段階で献身した者に与えられる唯一の道具かも知れません。若い聖職者には、勢いと元気があります。若い信徒を惹きつける魅力があります。若いときから中高年に至るまで、牧師として経験を積み重ねてこられた先輩聖職には、円熟した信仰があります。私のように、中高年になってからこの道に入った者には、若い元気も、円熟した信仰もありません。しかし、これまでに歩んできた人生のすべてをお献げすることができます。 最後に、今日の福音書の中でイエスさまは、「わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。」と教えておられます。私たちは、現在教会におられる兄弟姉妹以外にも、多くの人々に気を配らなければなりません。この世の中で、小さくされているすべての人々に仕えるという大切な仕事を与えられています。聖公会のルーツはイギリス国教会にありますが、それは、地域のすべての人々に対して教会が牧会の責任を持つということを意味しています。わたしたちの教会や学校は地域社会にあり、地域社会によって育まれています。阪神・淡路大震災のときには、教会がいかに地域社会に奉仕し、人々に仕えているかが問われました。今また、東日本大震災において、東北教区を初めとする東日本の諸教会は、地域の人々と共に苦しみ、共に起ち上がろうとしています。そこに神がおられ、人々の中に活きて働いておられることを、教会は証ししなければなりません。聖職に召された人々は、とくにその自覚的な証し人とならなければならないと思うのは私だけでしょうか。 井上先生、共に大阪教区の同労者として、また、同じように人生の半ばで献身を決意した者として、さらに、現在は同じ学校という宣教現場に派遣された者として、主にすべてをお献げして歩む喜びを分かちあおうではありませんか。
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2011年05月08日(日)
No.10
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苦難の後に訪れる復活の喜び
みなさん、主イエス・キリストのご復活おめでとうございます。共にその喜びを分かち合いたいと思います。 ただ、今年は、あまりにも大きく、あまりにも長期にわたる東日本大震災の被害が続く中で迎えるイースターであるだけに、素直に喜べないという気持ちもおありではないでしょうか。家族の多くを失った人々、避難所での困難な生活、津波で根こそぎにされた生活基盤と漁業や農業、地震でなかなか回復しない工業生産、原発災害によってふるさとを失って難民化してしまった人々、放射能の恐怖の中でひっそりと暮らす人々、運動場で遊べない子どもたち。どれ一つとっても、喜びなどとはほど遠いものです。遠くインドネシアやチリ、ハイチなどで起こった地震、津波は、悲しくはあっても、これほどの現実味をもって受け止めることはできませんでした。それほど、大きな苦難が私たちを含めた人々、日本に暮らす人々に襲いかかっているのです。 しかし、だからこそ、私たちは主イエスの死と復活の意味をしっかりと理解し、イースターの喜びを噛みしめることが大切なのではないかと思うのです。というのは、イエスさまのご復活もまた、十字架上での苦しみと死を通してしか起こらなかったからです。イエス・キリストのこの世での命を奪った十字架刑は、当時の政治犯、とくにローマ帝国への反逆罪に問われた人々に対する残虐な刑罰でした。メル・ギブソンが数年前に製作した映画『パッション』には、その残酷さが克明に描かれており、見るに堪えない惨状が映し出されます。その刑罰が行われたのが一昨日の金曜日でした。朝の9時頃から始まり、午後3時ぐらいまで刑は続きました。十字架上で苦しまれたイエス・キリストは、「成し遂げられた」「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」と言われて息を引き取られたのでした。 今から2000年前の世界、人間の現状は今以上に悲惨なものでした。神は、高いところにいまして腕組みをし、冷たく私たちを見下ろしておられる方ではありませんでした。神は私たち人間の窮状、惨状をご覧になり、私たちの叫びに耳を傾け、その苦しみや悩みを分かち合うことによって、私たちに救いへの道を示してくださったのです。それは、ひとりのみ子イエス・キリストをこの世に送ってくださることでした。イエス様の地上でのご生涯は、まさに壮絶なものでした。貧しい大工の家に生まれ、この世の苦しみをなめ尽くし、苦しみ悩む人びとと共に歩み、人びとを癒し、勇気づけ、人びとに救い主として愛され、反対にこの世で権力や権威を振りかざす人びととは徹底的に闘い、ついにはユダヤの支配層、そしてその上に君臨していたローマ帝国に憎まれて十字架上で殺されました。それがイエス様の生き様です。そして、その苦しみを進んで引き受けられたからこそ、神はみ子イエス・キリストをよみがえらせられ、天に挙げられたのです。それは私たちに希望と永遠の命への道を示されるためでした。もしも、イエスさまがその運命を逃れ、途中で楽な道を選ばれていたとしたら、十字架も復活もなかったことでしょう。そして、復活という出来事がなければ、わたしたちの信仰であるキリスト教はあり得なかったでしょう。パウロは次のように教えています。「キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。」「キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。」(コリントの信徒への手紙一15章) 私たちの人生をとってみても、必ず苦しいことがあり、それを乗り越えたときの喜びがあります。もちろん、乗り越えようのない泥沼のような苦悩もあるでしょう。しかし、それでもなお、未来を考えるとき、かすかな希望が見えはしないでしょうか。そして、苦しみが大きければ大きいほど、その後に来る喜びも大きいのではないでしょうか。大切な人を失った寂しさ、悲しさは容易には消えないけれども、神への祈りの中で、また人々の暖かい交わりの中で、懐かしい想い出だけが残ってゆくように思うのは私だけでしょうか。 今日は旧約聖書の代わりに使徒言行録が読まれました。その中で、復活の証人となったイエスの弟子たちが、その経験に基づいて力強く宣教に邁進する様子が生き生きと記されています。私はいつも不思議に思うのですが、なぜ弟子たちがこのように大胆にイエスさまを宣べ伝え、命を抛ってまで、イエスさまに従おうとしたのでしょうか。イエスさまが十字架刑につけられたとき、恐怖のあまり、三度までイエスさまを知らないと言い張ったペトロ。蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった弟子たち。絶望のあまり故郷のガリラヤまで帰り、漁師に戻ってしまった弟子たち。女性たちは最後の最後までイエスさまの死を見守ったのに対して、男性の弟子たちは誠に情けない有様でした。まるで蜘蛛の子を散らすように、イエスさまの処刑の現場から逃げ去ったのでした。ただ、弟子のヨハネだけが踏みとどまったようです。しかし、まさに弟子たちのこの悲しみと絶望、混乱こそが、彼らが起ち上がってゆく原点となるのです。彼らもまた、絶望と苦悩を経て復活の喜びを与えられたのです。 イエスさまの復活については、すべての福音書が証言しています。4つの福音書に共通している一つの記述は、女性たち(その名前は微妙に食い違っておりますが)が墓についたとき、墓は空であったということです。これに対しては古来、様々な反論や合理的な説明があって、ユダヤ人たちは弟子がイエスさまの遺体を盗み出したのだと言い(だからそれを防ぐために神殿の番兵が見張りをしていたのですが)、中には、彼女たちはお墓を間違えたのだという説まであるのです。しかし、イエスさまを葬った彼女たち、しかも、神殿の番兵までもが見張っているお墓を間違えるはずはありません。いずれにせよ、人間には理解できない、不思議な、神的な出来事が起こったとしか言いようがないのです。ともかく、イエスさまのお体はなかったのです。ですから、女性たちは怯えました。マルコ福音書にはその様子が正直に記されています。「婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。」マタイ福音書は、女性たちが恐れだけでなく喜びに満たされたと記されています。わたしたちは、自分の経験によって理解できない人や出来事に出会うと、まず恐怖によって反応します。しかし、その恐怖を乗り越え、事態を受け入れる人と、拒絶してしまう人とがいます。拒絶は差別と憎悪につながり、場合によっては相手の抹殺につながります。聖書の女性たちは、生前のイエスさまに対する愛から、この恐ろしい事態を喜びをもって受け入れることができたのです。 一方、男性の弟子たちが、イエスさまの復活という事態を受け入れるためには、復活されたイエスさまご自身が幾度となく弟子たちの前に現れなければなりませんでした。ヨハネ福音書20章19節には、「その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。」と書かれています。弟子たちは、復活のイエスさまに出会って、やっと信じることができました。こうして、弟子たちは、絶望と不信の中から、大きな希望と信仰を得ることができたと言うことができるでしょう。 聖書の証言には、もう一つ大切なメッセージが含まれています。それは、天のみ使いが「あの方は、ここにはおられない。あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。」と告げたということです。ガリラヤ。それはイエスさまと弟子たちの生活の現場であり、宣教の現場でした。イエスさまは、弟子たちの生活と宣教の現場にこそ共におられる。昇天された後も、聖霊がともにいてくださる。それが、このメッセージです。ルカ福音書には、「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。」というみ使いの言葉が記されています。復活されたイエスさまは、目には見えないけれど、わたしたちが生き、生活し、苦しみ、悩み、喜び、その中で祈るとき、いつも共におられるのです。もちろんわたしたちは、なかなか信じることができない弟子たちを笑うことはできません。わたしたちは情けない弟子たちと同じ状態にいるからです。目に見えるしるしを求め、お墓の中に復活の証拠を見つけようとしている。そうではなく、わたしたちの生活の現場で、復活のイエスさまと出会わなければならないのだと思います。そのことによってわたしたちは変えられる。弟子たちと同じように、信じる者に変えられるのです。 今私たちは、東日本大震災という未曾有の試練に直面して、苦悩と不安に満たされています。しかし、そこから目を背けてはならない。現実に深く関わることで、私たちは復活のイエス・キリストに出会うことができる。それは、必ず、私たちが苦悩と不安を乗り越えることができる。廃墟の中から起ち上がることができるということを意味しています。
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2011年04月24日(日)
No.9
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布教活動をしているさまざまな宗教団体の中には、あなたが病気にかかったのは先祖の悪業がたっているのだ、などと言って、「先祖の悪霊払い」のためにということで、壺や印鑑、お札、石などを法外な値段で売りつけるところも多くあります。そういうのを霊感商法というのですが、物を売りつけなくても、祖先の罪を持ち出して相手を脅し、宗教に勧誘するという手口は良く見られるようです。 私たちクリスチャンは、そうした脅しを信じません。また、病気や障害がその人の罪の結果であるなどという主張も信じません。しかし、イスラエルの宗教にも、そうした考えがなかったと言えば嘘になります。例えば、出エジプト記20章5節、有名な十戒の中で神が語られる言葉ですが、それは「わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である。わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問う」と記されています。「熱情の神」というのは、以前の口語訳では「ねたむ神」と訳されています。なるほど、神を信じるというのは、それほど、排他的で、没頭しなければならない面があると思います。何を信じても良いというのではないのは確かです。しかし、祖先の罪が子孫にまで及ぶというのは、納得しずらいのではないでしょうか。イスラエルの宗教の中にも、そうした考えに批判的な預言者が現れます。例えば、エゼキエルです。エゼキエルは祖先の罪が子孫に及ぶという思想を覆し、本人のみの責任を問うのです。「お前たちがイスラエルの地で、このことわざを繰り返し口にしているのはどういうことか。『先祖が酢いぶどうを食べれば/子孫の歯が浮く』と。わたしは生きている、と主なる神は言われる。お前たちはイスラエルにおいて、このことわざを二度と口にすることはない。すべての命はわたしのものである。父の命も子の命も、同様にわたしのものである。罪を犯した者、その人が死ぬ。」(エゼキエル18:2-4)逆に、祖先が立派な人で、神の言葉を守ったとしても、その子孫が憎むべきことを行ったとすれば、彼はその報いを受けるというのです。いわば自己責任ということでしょうか。 しかしイエス・キリストは、病気や障害は本人の罪も含めて、罪の結果であるという考え方(私にはそれは一種の宗教的呪いのように思われるのですが…)そのものを根底から退けられます。「この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」という問いかけに対して、イエスさまは「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」とお答えになるのです。 ヨハネ福音書9章のこのみ言葉ほど、病や障害に苦しみ、宗教的な呪縛に苦しみ人を救った言葉はありません。なぜ、自分はこのような状態になってしまったのだろう。自分が何か悪いことをしたからなのか。それとも、先祖のせいなのか。その苦しみに、多くの宗教がつけ込みます。イエスさまは言われます。それは、あなたのせいでも、あなたの祖先のせいでもない。あなたがその病と共に生きることによって、そこに神さまが働いてくださるのだと教えてくださっているのです。もちろん、病に苦しむ人に対して、「それは、神の業があなたに現れるためですよ。」「それでいいのです。」などと決して言うべきではありません。むしろ、その苦しみを分かち合い、共に苦しむことこそが求められます。「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」(ローマ12:15)病の苦しみという圧倒的事実を前にして、言葉はその力を一瞬失うのです。 しかし、病にかかり、その中でイエスさまのこの言葉に触れて救われた人の口から語られるとき、ヨハネ福音書のこの言葉は、まぶしいばかりの輝きを放ちます。作家・大石邦子さんもそうした証しをされる一人です。大石さんは若いときに事故に遭われたのがきっかけで、病の床に伏し、生死の境をさまよいます。そして数十年後、「第四領域症候群」という不治の病であることを宣告されます。動くことができず、排尿も導尿に頼らなければならない。これは若い女性には屈辱的でした。一時はこの世に生を受けたことを呪うような気持ちになりました。そんな中で、実に多くの宗教が勧誘に来たそうです。そして、祖先のたたりだとか、悪霊を払いなさいと言われました。しかし、キリスト教だけは勧誘に来なかった。あるカトリックの信徒は、冗談交じりに、「カトリックは怠け者だから」と笑っておられたそうです。その大石さんの人生を180度変えたのが、ヨハネ福音書9章のみ言葉でした。大石さんはこう語ります。「これは今まで聞かされてきた前世の因縁、親の因果などとは全く正反対の言葉でした。歩けなくなったのは罪の結果ではない、生きていて良いのだ。この言葉に触れた時、私は心の重りが下り、本当に良かったと思ったのです。」 そして、ご両親の嘆き、友の熱い友情、悲しみを共に担ってくれる看護婦さんのやさしさに触れ、徐々に生きる勇気を少しずつ取り戻されたのです。何よりも十字架にかかられたイエス様のお姿に出会い、生きていることの恵みを心から受け止めるようになり、洗礼を受け、カトリックの信徒にならました。 「手に握る十字架の像これにさへ、釘は打たれて両掌つらぬく」。これがその時に歌われた歌です。大石さんは、今は車椅子の生活をされておられますが、その経験と感謝から、今は作家活動を続けながら、不登校の子供たちに対する働きかけなど、苦しんでいる人々に対して手を差し伸べておられます。その大石さんは、次のような言葉を語っておられます。 「ある日から、今まで感じることのなかった、ちょっとしたことにも新鮮さを感じ、感動するようになりました。すべてのものが美しく見え出しました。先生の手の指に、“人の生命”を感じるようになりました。」 「一人の人間として本当に大切にされていると実感する時、人はきっと変わっていきます。(…)神様は絶望の中にあった私に、父の姿、母の姿、友達、看護婦さんの姿を通して、頑張れと、命ある限り生き通さなければならないのだと言い続けてくださった様な気がしてならないのです。これからも、あの力無く首垂れる、私たちのために十字架にかかってくださったイエス様に常に支えられているということを信じて、生きていきたいと思っています。」 これは、他人が言えることではありません。これは、大石さんが病気との闘いの中で、大石さんにとっての神様の絶対のお恵みを受け取った証しであります。その人の上に、神の業が現れるとは、そういうことではないかと思います。大石さんの生き方と言葉によって、どれほど多くの人が励まされたでしょうか。 ところで、病と健康ということと共に、年齢ということも私たちが見つめなければならない問題です。私たちの中には、早く信仰生活に入る人もいれば、遅く信仰生活に入る方もおられます。80歳を過ぎて洗礼を受け、信仰生活を送っておられる方も存じ上げておりますが、本当にすばらしい信仰のお手本だと思っています。あるユダヤ教のラビの言葉に、「ある人は一時間で神の国に入り、ある人は一生かかってやっと入る」という言葉があるそうです。また、黙示録に出てくる新しい都エルサレムには12の門があり、東の門は日の出の方向を向いていて、ここからは人生の暁にいる人が入ってくる。西の門は日没の方向に向いていて、ここからは人生の晩年を送っておられる方が入ってくる、と言い伝えられています。入る時はちがっても、みな神様の前では尊い人であり、神の国では等しく神様の栄光に浴することができるのであります。これは、慰めであり、喜びであると思います。この教会でも、次第に天に召される準備をしなければならない年齢の方が増えているように感じます。それは、決して不吉なことでも、嫌なことでもありません。そうではなく、みながやがては帰らなければならない神の懐へ赴く備えをしているのです。それもまた、神の栄光を表すことなのです。 今、東北地方の人々の上に、そして日本全体の上に与えられているこの試練は、果たして神の業、神の栄光を表すことになるのでしょうか。今は、とてもそうは思えません。神さまは何とひどいことをなさる、何と不公平なことをなさるとしか思えそうにありません。しかし、私たちがこの危機にあって、心を一つにして祈り、互いに助け合い、手を差し伸べ合うとき、そこに活きた神がおられることを証しすることができるのではないでしょうか。犠牲者の救助に当たっている多くの人々の行い(世界各国から国際救助隊が来ました)、また、互いに争うのではなく被災者自らが助け合っている姿、行政やその他の機関で現場の前線におられる方々、ボランティアで現場に駆けつけ、被災者の救援に当たっている青年たち。近所の人々が互いにそっと手を差し伸べる姿。そうした一つ一つの行為の中に、神の働きが示されているように思うのです。私たちも、自分には何ができるかを考えて行きたいと思います。あるいは祈りによって、あるいは募金によって、あるいは必要な物資を届けることによって、体力と時間があれば、現場に駆けつけることによって。さまざまな方法で、私たちは今困難の中にある人々を支えなければなりません。そのなかにこそ、神が来てくださる。神の業が現れるのではないでしょうか。
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2011年04月03日(日)
No.8
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今日の福音書の箇所は、「あなたがたは地の塩である。」「あなた方は世の光である。」というみ言葉で有名です。クリスチャンとしての生き方、行いとはどういうものでなければならないかを、これほど明確に示したみ言葉はありません。私たちは、この世の中で、イエス・キリストの弟子として、ひと味違う塩となり、暗闇の中で輝く光とならなければならないのです。その上、塩は食物を腐敗させない、保存のためには欠くことのできない大切なものです。クリスチャンはかくあれかし、と私たちはこのみ言葉を大切にしてきました。 しかし、「人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」というところにくると、はてなと迷ってしまうかもしれません。それは、私たちがいつも聞いている「信仰のみ」「信仰義認」「信仰こそ大切だ」という教えとちょっと矛盾するように聞こえるからです。「立派な行い」によって神に認めてもらうというのは、「行為義認」「善行主義」ではないのか、そんな思いを持つかもしれないからです。そこで、今日は、キリスト教の教えの中で、「信仰」「行い」の関係についてご一緒に聖書の中から学んで参りたいと思います。 最近わたくしは、ずっと、「信仰によってのみ義とされる」(信仰義認)、信仰こそが大切だということをこの説教壇から語ってまいりました。これは、16世紀の宗教改革の根本原則の一つであり、聖公会を含むすべてのプロテスタントが共有している考え方です。しかし、この原則を理解するときに注意すべきことが二つあります。 一つは、信仰とは何かということです。信仰とは、頭で理解したり、信仰箇条を覚え込むことではありません。むしろ、神に対する人格的な信頼に基づいて、自然に、その関係の中に身を置くことであるといった方がよいでしょう。宗教改革の過程で一部のプロテスタントは、頭で信仰を理解させようとする過ちを犯してしまいました。そして、多くの人々を信仰から排除してしまったという苦い教訓があります。それにたいして今日のパウロの手紙は、一つのヒントを教えています。パウロはコリントへ行ったときに、「神の秘められた計画を宣べ伝えるのに優れた言葉や知恵を用いませんでした。なぜなら、わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです。」と書かれています。これは一般には、直前に訪問したアテネにおける宣教がうまくいかなかった結果を踏まえて書かれたものといわれています。当時ギリシア世界の学問の中心地であったアテネを訪問したパウロは、そこでストア派とかエピクロス派とか呼ばれる哲学者たちと論戦を繰り広げた後、そうした論戦が不毛であったという反省をもって、次の訪問地コリントに向かうのです。いささか憔悴しきったパウロは、今度こそは信仰の言葉をもって語ろうと決意します。それが、「霊と力の証明」と呼ばれる宣教でした。パウロが教えているように私たちは、人の知恵によってイエス・キリストを知るわけではありません。知恵にあふれた言葉によって、神を信仰するようになるわけではありません。そうではなく、「霊」によって神が明らかにしてくださる真理、神のご計画を知ることが出来るのです。言い換えると、私たちは日ごとの生活の中で、また、教会生活の中で、心の中に示される神の言葉によって導かれ、真理に到達することができるのです。ご高齢の先輩が、毎日の生活の中で、祈るような気持ちで来るべき天国について思いを巡らすのもその一つでしょう。病床の中で、ふと神の恵みに気づくこともあるでしょう。毎日の仕事のストレスの中で、「明日のことまで思い悩むな」というみ言葉を示され、心がスーと軽くなることもあるでしょう。これらはみな、「聖霊」の導きによるものです。 ですから、私たちは、頭で考えて信じるのではなく、全身全霊で神を求める中で、神への信頼(信仰という言葉の本来の意味は「信頼」に近いのです)を獲得し、信仰へと到達するのです。それは、信仰箇条を覚え込むことによってでもなく、聖書を一言一句暗唱することによって到達するものでもありません。もちろん聖書をよく読むことは大切ですが、それを、自分の血と肉にすることが必要です。そしてそれは、毎日の経験の中で、聖霊の働きによって行われるものです。先主日の使徒書であるコリントの信徒への手紙の中で、パウロは「兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。」と書いています。つまり、信仰には能力や学問や地位は関係がない。むしろ、理論的にはよく理解できないけれども、ひたすら神を信頼する信仰こそが貴いのだということではないかと思います。 第二に、信仰義認、「信仰のみ」という原則を一面的に理解してはならないということです。パウロは信仰を重視いたしましたが、それは決して行いを軽視したということではありません。ガラテヤの信徒への手紙の中でパウロは、私たちは自由(律法からの自由、さまざまな束縛からの自由、罪からの自由)を得るために召し出された。私たちはこの自由を用いて、互いに仕え合わなければならないと教えています。そして「たゆまず善を行いましょう。」「すべての人に対して、特に信仰によって家族になった人々に対して善を行いましょう。」と強調しています。つまり、神の側からの無償の愛に対する感謝の応答としての愛の実践です。信仰の実としての「良い行い」「愛の奉仕」です。それは、中世カトリック教会が教えていた「神の救いを得るための善行」「行為による義認」とは全く違うことがらです。救いを得るための善行、というのは下心のある行いであって、こんなことをしたら神に喜ばれ、褒められる、先祖も救われるという類の行いです。子供が親や先生の顔色をうかがって、大人の喜ぶことをしようというのとよく似ています。中世カトリック教会は、そうした人々の心を利用して「贖宥状」(免罪符と訳されていました)を販売し、大聖堂修理の資金調達さえ行ったのです。そのような下心のある行いではなく、心の底からわいてくる感謝に基づく、自然に内からわき出る行い。それが信仰の実としての良い行いではないかと思います。 一方、新約聖書の中の「ヤコブの手紙」には、行いの重要性が繰り返し強調されています。そのためか、ルターはこれを「藁の手紙」と呼んで軽視したと言われています。しかし、ヤコブの手紙が信仰を軽視しているわけでもありません。「行いの伴わない信仰はむなしい」と言っているだけです。ですから、パウロが行いを軽視したというのは間違いであり、ヤコブが信仰を無視しているというのも間違いです。信仰と行いは互いに補い合っています。ただ、どちらが先かというと、信仰が先行するということではないでしょうか。 そういう意味で、イエス様が、「あなたがたは地の塩である。」「あなた方は世の光である。」と言われたのは、非常に大きな意味を持っています。とくに、「地の塩になるべきだ」「世の光になるべきだ」と「〜でなければならない」というのではなく、「地の塩だ」「世の光だ」と言い切っておられるところが大切です。努力して、無理をして、「地の塩になろう」「世の光になろう」と努めなさい、というのでは律法主義と変わりません。そうではなく、神の愛を知った瞬間から、私たちはすでに「地の塩」「世の光」になっている。そのように作り替えられている。そこから自然に生み出される行い、それが食べ物の腐敗を防ぎ、味付けをし、人々に神の恵みを分かちあうのです。「キリストの香り」という言葉があります。私たちは、自然に内からわき出る「霊の実」としての「良い行い」をする中で、良い香りを放つことが出来ます。 イエス様がマタイ福音書の中で「律法の完成」といっておられるのは、そのことを教えておられるのではないでしょうか。福音記者マタイは、ユダヤ教との連続性を重んじているので、「律法の完成」などというのだ、という説もありますが、わたしは、外面的な掟であるユダヤ教の律法ではなく、心の中に刻み込まれ、心の中から自然に出てくる行いとしての新しい律法のことをイエス様は教えておられるのだと理解しています。だから、「あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることができない。」と言われるのです。自然に出てくる良い行いは、掟によって強制された行いよりも優れているはずです。私たちも、自然に隣人を愛し、兄弟姉妹を愛し、キリストの香りを放つことが出来ればと願っています。
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2011年02月06日(日)
No.7
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キリスト教会ではよく『福音』という言葉が用いられます。「ふくいん」と読み、決して「ふくおん」とは読まれません。でもプール学院の中学生に聖書を読ませると、初めはたいてい「ふくおんしょ」と読んでしまいます。しかし、テレビで「1ポンドの福音」というドラマが数年前に放送されてからは、みんなちゃんと読めるようになりました。英語ではGospel、もともとのギリシア語では「エヴァンゲリオン」とか「ユーワンゲリオン」とか読まれる言葉です。本来の意味は「喜びの知らせ」「喜びの訪れ」ということで、大昔には、例えば戦に出た軍隊から、戦勝の知らせを届けるようなときに用いられました。旧約聖書のイザヤ書52章7節に「いかに美しいことか/山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。」という一節がありますが、これはまさにその福音を知らせる伝令のことです。イエスさまのことを記した人々(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)は、イエスさまの到来とその教え、そして十字架上での死と復活こそが、わたしたちすべての人々にとっての「喜びの訪れ」だということで、その書き物に「福音書」という名をつけたのです。 そしてその福音をもっとも分かりやすい仕方で、イエスさまご自身が説き聞かされたのが、今日の福音書の箇所です。イエスさまご自身による、いわば最高の説教ということができるでしょう。そこには、「…は幸いである」という文が8つ並べられています。文語体の聖書には、「幸いなるかな…」という美しい響きとリズムのある表現で記されています。「8つの祝福」と呼ばれ、昔の日本や中国では「八福」と呼ばれていました。英語では、「幸いである」という意味のラテン語から beatitudesと呼んでいるようです。 聖書のこの箇所を読んでいると、すんなり心に入ってくるものもあります。例えば、「憐れみ深い人々は、幸いである、/その人たちは憐れみを受ける。」とか、「心の清い人々は、幸いである、/その人たちは神を見る。」などはそうでしょう。素直に、本当だなと思えるし、そのことが実現するように願うのではないでしょうか。「平和を実現する人々は、幸いである、/その人たちは神の子と呼ばれる。」とか「義のために迫害される人々は、幸いである、/天の国はその人たちのものである。」「平和を実現する人々は、幸いである、/その人たちは神の子と呼ばれる。」というのも、これらの人々は困難に直面するであろうけれども、そのように祝福を受けてほしいという意味では、すんなりと受け止めることができます。 しかし、もっと深いことが意味されているようで、頭を抱えてしまうような祝福もあります。それが、最初の二つです。「心の貧しい人々は、幸いである、/天の国はその人たちのものである。」「悲しむ人々は、幸いである、/その人たちは慰められる。」がそうです。しかし、実はこの理解困難な祝福こそが、イエス・キリストの福音にとってきわめて大切な内容を含んでいるのです。本当に祝福される、「喜びの知らせ」とは何であるかを私たちに教えているのです。 では「心の貧しい人々」というのは、いったいどういう人々でしょうか。日本で「心が貧しい」というと、「ハートがない人」「想像力や感性の乏しい人」「物事や他人に共感できない人」というような悪いイメージしかありません。「物質的に貪欲で、精神的な事柄を理解できない人」という意味でしょうか。ここでそういうことが言われているのでないことは絶対に確かです。そういう人が幸せなはずがないからです。聖書の中では「心が貧しい人」というのは、「打ちひしがれた中で、神に信頼を寄せる人」「へりくだった敬虔な人」を意味しています。それは、「高ぶって心が大きくふくれあがった人」「高慢な人」の対極を示しています。詩編51:19に「神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔いる心を/神よ、あなたは侮られません。」とあり、34:19にも「主は打ち砕かれた心に近くいまし/悔いる霊を救ってくださる。」とありますが、この「砕かれた心」というのが近いのだろうと思います。それに対して、ルカ福音書18章11節で「神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています。」と誇らしげに祈るファリサイ派こそが、自分を大きくし、膨れあがった人間の罪の姿を示しています。むしろ、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』と祈った徴税人こそが神によって救われるのだとイエスさまは教えておられます。 「悲しむ人々は、幸いである、/その人たちは慰められる。」というのも、言葉では分かるけれども、実際問題としては理解が難しいかも知れません。しかし、ここにこそ、イエスさまの福音の本質があるのです。さきほどの「心の貧しい人」とも関係するのですが、神さまは、悲しんでいる人、苦しんでいる人の近くにおられる。神さまは「弱く、小さな人々」にこそ、近づいてこられるのではないでしょうか。詩編147:3には、「打ち砕かれた心の人々を癒し/その傷を包んでくださる。」という句があります。また、イザヤ書にも「主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい/御自分の民の恥を/地上からぬぐい去ってくださる。」という神の約束が記されています。これらはすべて、悲しみの中でこそ神に出会うことができるという真理、福音を伝えています。 もちろん、目の前で悲しんでおられる方に、「あなたは幸せですよ」などということを言うべきではありません。そのような場合には、ひたすらその悲しみを分かちあうあり方が求められるでしょう。しかし、苦しみと悲しみの中で神に出会った証しは、人々を限りなく感動させます。ハンセン病にかかり、その中でイエスさまに出会って救われ、慰めと喜びを受けた方の証しもその一つです。聖公会の菊池黎明教会(熊本県)の中山弥弘さんという方が、伝道集会で素晴らしい証をしておられますので、少しご紹介したいと思います。 「私が一番最初に福音を聞いたのは、ヨハネによる福音書第3章16節『神はその独り子を賜ったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためでる』という御言葉でした。その箇所を聖書でゆっくり読んでその福音に接した時に、自分を十字架につけた兵士、その他多くの人々に対して、イエス様は『父よ、彼らをお許し下さい。彼らは何をしているのか分からずにいるのです』とお祈りになっておられる箇所にふれて、何というすごい人だろうかと思いました。罪を犯して十字架の上で死んでいく強盗にもお許しをお与えになり、こんなすばらしい祈りをされる、断末魔の苦しみの中でも神の愛をお教え下さるイエス様の姿にふれた時、感激し、私たちは信ずるに足る神の子なればこそこんな祈りが出来るんだということを知って信仰に入り、現在に至っているわけです。 私は見えなくなったためにずいぶん行動が狭くなりました。その代わり聞くことは多くなりました。見るよりも聞くことによって深い深い真理を悟ることができるようになりました。神様がお与え下さった恵みは数限りなくて、全てを語り尽くすことは出来ません。神様はこのようにキリストを2000年前にこの世に遣わして、私たちに救いを確立して下さっています。それを私たちは『ありがとうございます』とただ信じてお従いするだけでいいのです。人間は知恵があり、頭が賢いためにあぁーでもない、こぉーでもない、そんなばかなというような思いを持って素直に従うことが出来ません。それ故に、イエス様は幼子のようにならなければ神の国に入ることはできないとおっしゃっておられます。大の男が何もかも全てを捨てて、赤ちゃんが母親の胸に抱かれてすやすやと眠るように、全てを神様の言いなりにして安んずるということは困難です。けれども、そのような状況に私たちを導かれます。それはこの世を終わって初めて、誰でもが意識をなくし、苦しんだりして最期を迎える、その時には何もかもこの世の全てを手放して、神の御懐にいだかれて神の国に入っていける状況にさせられるのです。」 この中山さんの証しはまた、今日の使徒書であるコリントの信徒への手紙1章26節以下に私たちを導いてくれます。「兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。」私たちは、自分に知識があり、学問があり、ひとかどの人物であると思うとき、神によるこの選びから最も遠ざかります。自分を大きく見せ、他人を見下げる。ついには、神の地位にまで自分を高めることになってしまうからです。それが「罪」です。神の前で自慢げに祈ったあのファリサイ派の仲間になってしまうのです。そうではなく、いつも自分の小ささを自覚し、罪深い存在であることを認め、神の前で心を打ち砕かれる。そこにこそ、神は救いの手を差し伸べてくださるのです。そして、私たちも人生の中で、悲しみに打ちひしがれるときがあると思います。苦しさに耐えられず、命を絶とうとすることすらあるかも知れません。そのようなとき、私たちの心の中に、きっと「心の貧しい人々は幸いである」「悲しむ人は幸いである」というイエス様のみ言葉が響いてくるのではないでしょうか。ハンセン病の方たちは、苦しみの中でイエス様と出会い、本当の幸せ、本当の真理を与えられました。どんな苦しみにあっても、決して神様は私たちをお見捨てにはなりません。そのことを固く信じ、人生の荒波を乗り越えていきたいと思います。
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2011年01月30日(日)
No.6
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『主イエスのみ名はなぜ大切か』 みなさん、新年あけましておめでとうございます。日本の文化の中では、なぜか、この挨拶をしなければ一年が始まらないようになっています。しかし、私たちは今日、何のために集まって礼拝をしているのでしょうか。毎年1月1日は、キリスト教の暦で特別な祝日になっています。「主イエス命名の日」というのです。ですから今日は、元日礼拝でもありますが、もっと重要なことには、主イエス・キリストが「イエス」と名付けられたことを記念して、イエスさまのご降誕の意味をさらに深く考え、その恵みに与るための日なのです。 クリスマスからお正月にかけて、私たちは、日本という社会における信仰のあり方について考えさせられる事態に直面します。11月末頃から、街はクリスマス一色に染められます。多くの家にイルミネーションが飾られ、商店街ではサンタクロースが歩き回ります。まるで、日本中がクリスチャンになったようです。ところがクリスマスを一夜明けると、街は完全に衣替えです。しめ縄や門松など、神道に由来する正月用品が溢れ、お正月一色に染まります。クリスマスのときには市民権を得ていたように思われたクリスチャンも、まわりがみな神社仏閣になびき、初詣に出かける中で肩身が狭くなって行くように感じます。それでもやはり、私たちは、初詣ではなく、教会に集い、単なる元日礼拝ではなく、「主イエス命名の日」の礼拝を守っています。私たちは日本社会においては少数派かも知れません。しかし、おそれず、クリスチャンとしての証しとして、そのことを大切にしたいと思います。 さて昨年、常用漢字に196字追加されました。その主な理由は、多様化する人名を表すのに必要な漢字が足らないということでした。確かに、最近の名前は凝っています。教師をしていて、読めないことがしばしばあり、当人からは抗議を受けたりするのです。親はこどもに名をつけるときに、親の願いを込めて、それにふさわしい名前をつけます。「美しい子」と書いて「よしこ」というのは、代表的なものです。みなさん、いかがでしょうか。それぞれご自分の名前は、特別な意味をもっているのではないでしょうか。 古代イスラエルやユダヤでも、「名前」は特別な意味を持ち、ある意味でその物や人の本質を表すとまで考えられていました。創世記の天地創造の場面では、神が人の話し相手としてさまざまな動物を与えられ、「主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、人のところへ持って来て、人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。人が呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった。」と書かれています。それはつまり、その物の「名前」が、即その本質であるということなのです。モーセがヤハウェの「名前」にこだわったのは、まさに「ヤハウェ」という名前(「私はある」という意味)が、神の本質を表していると考えられたからです。今日の旧約聖書は、モーセが十戒を再び与えられる場面ですが、そこでは、「主は雲の内にあって降り、モーセと共にそこに立ち、主の御名を宣言された。」とあります。私たちがお祈りの最後に、「主イエス・キリストのみ名によって」と言うのは、主イエス・キリストご自身、その方の業によって祈るという意味なのです。 ですから、私たちの神は匿名ではありません。無名ではないのです。日本で良く言われる「神さま、仏さま」の一人ではないのです。漠然と「神」と訳されていますが、それは「ヤハウェ」であり、イエス・キリストであり、聖霊なのです。つまり、三位一体である主なる神を私たちは信仰している。その方に、礼拝を献げているわけです。最近カトリック教会は、「神である主」という訳語を用いることを決定したようですが、それも本来は同じ方を指し示した言葉です。私たちが神に祈るとき、匿名の神に祈るのではなく、モーセに自らを表され、イエス・キリストにおいて私たちにご自身を示された「あの方」に祈るのだということを心に留めたいと思います。 イエスさまは、お生まれになって8日後に、ユダヤ教の慣習に従って「割礼」をお受けになり、名前を「イエス」と名付けられました。ルカ福音書によれば、それはマリアに対する受胎告知(「神の子」が生まれると天使がマリアに告げた)のときに、天使から与えられた名前でした。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。」(ルカ1:30−31)「イエス」というのは、アラム語では「イエシュア」と発音し、「主は救い」という意味ですが、それほど珍しい名前ではありませんでした。イエスさまの代わりに釈放されたあのバラバもイエスという名前をもっていました。また、ヘブライ語では「ヨシュア」と発音されますので、モーセの後継者のヨシュアと同じ名前ということになります。しかし、「主は救い」という意味をもつ「イエス」という名前は、全人類の救い主であるイエス・キリストの本質を表すのにきわめてふさわしい名前であると言わなければなりません。 この日、イエスさまはもう一つ大切なことを経験されました。割礼です。割礼は創世記17章において、アブラハムとの契約のしるしとして命じられた行為で、十戒に始まる律法よりも昔から存在していたユダヤ教の慣習でした。それは、神の救いがイスラエルにのみ及ぶというイスラエル選民思想の具体的な表現でした。すべての人々を救われるイエス・キリストがなぜ、そのような割礼をお受けになったのでしょうか。12月26日の降誕後第1主日の礼拝のときに、ガラテヤの信徒への手紙という新約聖書の文書が読まれました。そこにはこう記されています。「わたしたちも、未成年であったときは、世を支配する諸霊に奴隷として仕えていました。しかし、時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。それは、律法の支配下にある者を贖い出して、わたしたちを神の子となさるためでした。」つまり、旧約聖書の時代、あるいは、呪いやまじない、さまざまな宗教や哲学のもとにいた「未成年の時代」には、私たちはそうした霊に対する奴隷であった。ユダヤでは律法の奴隷であった、というのです。ところが、神は御子イエス・キリストをこの世に使わされた。しかも、律法の下に生まれた者としてお遣わしになった。つまり、イエスさまは、私たちを律法の支配から救い出すために、私たちと同じ人間としてこの世に生まれ、割礼も受け、さらに洗礼も受け、人間としての苦しみや制限、悩みをすべて分かちあわれたというのです。そして、最後には私たちの罪をすべて担って、十字架上で刑死されたのでした。それが、イエス・キリストが私たちを救って下さる方法でした。倒れたこどもを助け起こすのに、冷たく腕組みをして、「さあ、立ちなさい」と命令する親がいるでしょうか(以前はそういう場合もあったでしょう)。こどもと同じ目線にまで身体を低め、手は貸さないでも、共に起ち上がる。それが愛に満ちた親の態度ではないかと、思うのです。神がわたしたちの悲惨な現状をただ傍観しておられる単なる超越者であったなら、天の高いところにじっと座って見下ろしておられるそれだけの方であったとしたら、キリストを私たちのところにお送りになることはなかったでしょう。あのような形で、受難の道を歩ませられることはなかったでしょう。 もちろん、私たちは2000年前のユダヤ人と同じではありません。ユダヤ教の律法の下にいる訳ではありません。しかし、律法と同様に私たちを縛り付けているさまざまなこの世の価値観に支配されています。「人並み(?)の生活をしなければならない」「一流の大学に行かなければならない」「人生の成功者でなければならない」といった類の「must」がいかに多いことでしょう。もちろん、イエス・キリストを信じることによって、心の安らぎが得られ、強くなり、成功へと導かれることも多いでしょう。しかし、それが目的ではありません。まず、律法から解放されて自由になったことを確信したいと思います。パウロは今日の使徒書の中で、「恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい。あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。」と教えていますが、私たちの行いの基準を常に、自分ではなく、神に、つまりイエス・キリストに合わせているでしょうか。自分の思いではなく、イエスさまの言葉と行いに合わせる、それが第一に必要なことだと思います。それは決して窮屈なことではありません。むしろ限りなく自由になることです。瞬きの詩人と呼ばれる水野源三さんは、世間の尺度から言えば、身動きできない不自由な生活を送っておられました。しかし彼は、イエス・キリストに出会って与えられた自由を次のように歌っています。 神さまの大きな御手の中で かたつむりはかたつむりらしく歩み 蛍草(ほたるぐさ)は蛍草らしく咲き 雨蛙(あまがえる)は雨蛙らしく鳴き 神さまの大きな御手の中で 私は私らしく生きる イエスさまは、私たちを律法から、そして罪から解放するために、私たちと同じ道を歩まれ、神の前に自由になる道を示して下さったのです。それが「福音」(良い知らせ)ということの意味なのです。私たちは、よく聖書を読み、イエス・キリストの言葉と業をよく知り、聖書に親しみ、喜びをもってその事実を受け入れたいものです。
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2011年01月01日(土)
No.3
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「あなたは救われていますか?」 みなさん、クリスマスおめでとうございます。主イエス・キリストがお生まれになったこの日に、みなさんと共に、聖書のみ言葉を聞き、聖餐の恵にあずかれることを主に感謝いたします。 みなさんの中で、クリスマスとは何の日ですかと問われて、ご存じのない方はおられないはずです。世間でも以前は「サンタクロースの誕生日」などという答えが返ってきたこともあるのですが、今では多くの人々が「イエス・キリストの誕生日」と答えてくれます。 誕生日、それは喜ばしい時です。誕生日を迎えた人に対して、多くの人がその人生を祝福し、今後の人生の幸せのために、「おめでとう」と言ってくれます。誕生日を祝ってくれる人がいない方もおられるでしょう。それは寂しいことですが、それでも自分自身でどことなくこれまでとは違う自分を発見するのではないかと思います。 しかし、単に「イエスさまの誕生日」だからお祝いをする、ということでよいのでしょうか。孫の◎◎ちゃんの誕生日、お友達の△△さんのお誕生日と同じように考えることができるのでしょうか。もちろんそうではありません。クリスマスの出来事は、全く違った特別な意味をもっているのです。私たちクリスチャンは、そのことをしっかりと覚えておかなければなりません。 今日の福音書、ルカによる福音書2章には、羊飼いに主の天使が現れ、「民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」と告げる言葉が記されています。これはすべての人々に対するみ告げですが、そこには時代や場所を越えて私たち一人ひとりがもちろん含まれているわけです。ですから、それは「今日、あなたのために救い主がお生まれになった。」ということでもあるのです。私のため、あなたのため、みなさん一人ひとりのための救い主です。では、救い主というのは、何からの救い主なのでしょうか。何から救って下さったのでしょうか。2000年前のユダヤでは、ローマ帝国とユダヤ支配層による二重の圧政のもとで人々は苦しんでいました。ですから、人々が「主よ、帰って来てください。いつまで捨てておかれるのですか。」と祈るように、救い主の到来をまちこがれたのは言うまでもありません。今日のわたしたちはどうでしょうか。確かに、そのような状態ではないかも知れません。しかし、私たちもまた、さまざまな苦しみの中に置かれています。仕事がなく、生活が不安定な方。家庭で不和を抱えておられる方。こどもの現状や将来について憂いておられる方。仕事でのストレスに苦しんでおられる方。心に深い傷を持ち、心の病に苦しんでおられる方。ご自分の高齢を受けいれられずに、苦しんでおられる方。ご高齢の親や、闘病生活を送っておられるご家族の方の看病や介護でつらい思いをしておられる方。青年でしたら、進路や就職に悩んでおられる方。そうした苦しみや悩みの中で私たちは毎日を暮らしています。 イエス・キリストは、まず第一に、私たちのさまざまな悩み苦しみを分かちあい、出口のない暗闇から救い出して下さる方です。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」とイエスさまは仰いました。2000年前のクリスマスの夜に、あの家畜小屋に生まれ、小さな、弱い、傷つきやすい幼子として私たちの前にイエス・キリストが現れたのも、私たちの弱さや、苦しみを共に分かちあって下さるためでした。ですから私たちは、さまざまな問題を抱えつつ教会にやってきて、イエスさまの前にすべてを投げ出し、聞いていただくことができるのです。お互いの間でも悩みを語り合い、祈り合いましょう。雑談の中での愚痴の語り合いではなく、真剣に共に祈る中で、きっとイエスさまの声が聞こえてくると思うのです。単なる雑談も時には必要ですが、共に祈ることを始めましょう。 第二に、イエス・キリストは、私たちを罪の縄目から解き放って下さいました。「罪」というと、日本の文化ではなかなか分かりにくいのですが、私たちのすべての苦しみや悩みの根底には、「罪」の問題があると考えて下さい。人間関係のつまずきも、その根底には相手を支配し、自己を認めさせたいという支配欲という罪があります。ストレスに苦しむ中にも、神によって創造され、豊かな命を与えられていることに対する不信と孤独感があります。使徒パウロは、「罪」という問題について、深く掘り下げて私たちに教えています。そして彼自身、罪人の一人であるということを痛いほど自覚していました。「正しい人は一人もいない」という有名な言葉を残しているのはそのためです。ところで「罪」と訳されているもともとのギリシア語は「的外れ」という意味を持っています。人間は、神によって造られ、本来神に心を向けるべきなのに、自分のことのみを考え、神に背を向けています。私たちが、悪循環に陥り、出口を見失ってしまうのも、すべて、この「罪」のためです。ローマの信徒への手紙の中で、パウロはこんな風に書いています。「彼らは神を認めようとしなかったので、神は彼らを無価値な思いに渡され、そのため、彼らはしてはならないことをするようになりました。あらゆる不義、悪、むさぼり、悪意に満ち、ねたみ、殺意、不和、欺き、邪念にあふれ、陰口を言い、人をそしり、神を憎み、人を侮り、高慢であり、大言を吐き、悪事をたくらみ、親に逆らい、無知、不誠実、無情、無慈悲です。」私たちは自分を振り返るとき、ズキンと心に響かないでしょうか。「私は悪いことはしていないから関係がない。」と思うならば、実はそれこそが、「傲慢」という最も大きな罪なのではないでしょうか。 では、その「罪」から解放され、赦されるにはどうすればよいのでしょうか。パウロはそれを有名な「信仰による義認」という教えにまとめています。「イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。」(ローマ3:22−24)私たちはただ、イエス・キリストが私たち一人ひとりのためにお生まれになり、十字架にかかられ、復活された。そのことを信じるだけでよいのです。そのことに感謝しましょう。律法を守ることによって、つまり外的な行いによって努力して神に近づこうとしなくても良いのです。ただ、ひたすらイエス・キリストを信じる。そのことによって私たちは神の前で義とされるのです。宗教改革において、マルチン・ルターが宗教改革の基本原理として建てたのも、この「信仰義認」という教えでした。 第三に、私たちは死の影から、死の不安から解放され、永遠の命への希望を与えられます。死は決して恐ろしいものではありません。「キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました。」(テモテ�僑院В隠亜砲叛蚕颪砲狼�されていますが、私たちはすでに洗礼を受け、キリストにつながれたときから、神の永遠性の中に抱かれています。「永遠の命」とは、千年、万年もこのままの人生を生きるということではありません。そうではなく、神の永遠性に包まれているということなのです。だから、死後においても、神のふところに抱かれ、私たちは平安の内に安らぐことができるのです。キリストの復活とは、まさに、そのような希望を私たちに与えてくれます。 今年、この教会には悲しい出来事がいくつかありました。柳原信さんの死がありました。光成さんも亡くなられました。ご病気でご奉仕ができない方も増えました。また、信仰の違いを理由にこの教会を離れる決断をされた方もおられました。同時に、新しい方をお迎えするというよろこびにも恵まれました。しかし今、テモテ教会は試練の時を迎えていると言えば言い過ぎでしょうか。私は思うのです。新しい方を私たちが兄弟姉妹として心から迎え入れるためにも、私たちはもう一度、信仰とは何か、救いとは何か、教会とは何かという根本的な問題に立ち帰って、私たちの信仰生活を変え、強め、主にある交わりを深めて行かなければなりません。そのためには、まず、私たちが、主イエス・キリストのご降誕と十字架と、復活によって、救われているという実感と確信を持たなければなりません。そうでなければ、この教会はバラバラになります。考え方、信仰のあり方は多様であって良い、多様でなければならないと思います。しかし、主イエス・キリストに対する信仰だけは共有しなければなりません。私たちの交わり、生活、教会は、信仰に基づいてこそ正しく建てられるからです。「あなたは救われていますか?」という説教題をあえて選ばせていただきました。「そうです。私は救われています」という答えがきっと返ってくると確信しているからです。 <祈り> 恵み深い主よ。あなたは今から2000年前に一人のみ子イエス・キリストを私たち一人ひとりのためにこの世に生まれさせられました。感謝いたします。どうか、私たちがイエスさまの誕生と十字架上での死、復活によって、神さま、あなたの前で罪を赦され、希望を与えられているという事実を、確信を持って肯定することができるように、私たち一人ひとりを強めてください。このテモテ教会を祝福し、成長させて下さい。そして、この浜寺の地で宣教の器として用いて下さい。降誕日に当たって、この祈りと感謝を、一人ひとりの祈りと共に、主イエス・キリストのお名前によって、み前にお献げいたします。
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2010年12月25日(土)
No.4
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神と格闘する
大阪教区の教会は多くは英国CMSという宣教団体によって育まれてきた歴史を持っていますが、アメリカ聖公会の宣教活動も無視することはできません。今年創立140周年を迎えた川口基督教会ももとは、アメリカ聖公会のウイリアムス主教によって築かれたものでありますし、実は堺聖テモテ教会も、1889年にジョン・マキム司祭(後に主教)、ティング司祭を中心とするアメリカ聖公会のミッションによって建てられ、このミッションはやがて和歌山、橋本といった紀ノ川流域の伝道に携わりました。また、ジョン。マキム師は、早くから奈良県に伝道を開始し、郡山、そして一八八五年には奈良でこの教会の創立者である玉置氏、中山氏に洗礼を授けて、奈良基督教会の礎としたと『奈良基督教会80年史』には記されています。そして、この教会は日本で最初の自給教会として発展していったのです。そういう意味で、堺聖テモテ教会と京都教区、そして奈良基督教会は同じアメリカ系ミッションの伝道活動によって生まれた果実として深い絆を持っているわけです。また、最近においても人的交流が結構緊密で、堺聖テモテ教会からの転籍者が幾人もおられます。 その後、奈良基督教会は幾多の変遷を経て、1930年には、大木吉太郎という宮大工の設計・施工によって、この立派な日本建築の教会堂が完成いたしました。この教会の建物のことは奈良教会の皆様の方が良くご存じだと思いますが、吉野の檜をふんだんに使った芸術作品と言ってもよい素晴らしい造りの礼拝堂で、聖書台、聖具類など、すべてがこの日本の文化、風土に調和した美しいものとなっています。 その少し前、吉村大次郎という一人の日本人司祭が、補助司祭として奈良基督教会に赴任し、やがて牧師に任命されます。実は、この吉村大次郎には八人の子どもがおりまして、末っ子の覚というのが生まれて間もなく岩城家に養子に出されております。それが私の父、岩城覚です。私個人として、奈良基督教会に深い愛着と絆を感じておりますのはそういう理由からなのです。ですから、今日このようにして説教壇に立たせていただいておりますのは、本当に感無量であり、神さまの不思議なお導きを感じざるをえません。祖父、つまり吉村大次郎は、田原本の出身で、若くして自由民権運動に加わり、その後ドウマン司祭から洗礼を受け、日本の神学校を卒業後、渡米し、太平洋神学校で学びました。そして、アメリカで聖公会司祭として叙任されて帰国したと聞いております。さまざまなエピソードの持ち主ですが、気骨のある聖職者であったようです。 祖父は1930年10月に妻マスエに先立たれます。葬儀の後に出されました会葬お礼の書状には、故人最期の言葉としてこんな言葉が印刷されております。「私はお先へ神さまのところに参ります。永い間お世話になりました。兄弟は仲良くしておとうさまを大切にしてください。茂樹は一生懸命に神さまのために働いて親の志を継いでください。お知り合いの方々や教会の皆さんに宜しく言ってください。サヨウナラ、サヨウナラ…」そういって天に召されたようです。この中に出てまいります茂樹というのは、父のすぐ上の兄で、やはり生まれてから曽根家に養子に参りまして、後に司祭となりました曽根茂樹のことです。父は、牧師にはなりませんでしたが、私たち子ども(私と三人の姉)を、イエスさまの愛によって、また、イエスさまを知ることができるように育ててくれました。私は幼児洗礼によってクリスチャンとされたことに、一時期強く反抗していたこともありますが、その愛によって育まれたことが、今の私を作り上げたのだとひたすら感謝しております。 いささか自己紹介じみた話しが長くなりました。さて、本日の聖書のみ言葉から、ご一緒に学んで参りたいと思います。旧約聖書は、ヤコブ(つまりこの日をもってイスラエルと呼ばれることになる族長)が、兄のエサウと仲直りをするために出かける場面です。仲直りというよりは、自分の非を認めて謝罪に行くといった方が良いかも知れません。ヤコブはエサウから長子の権利をだまし取るという行為を働き、エサウから大変恨まれていたからです。ともかく、ヤコブの心は、兄に対する慕わしさと恐れとがない交ぜになった、非常に緊張に満ちた状態だったでしょう。そして、その最中に、彼はきわめて不思議な体験をいたします。夜中に、何者かが現れて彼と夜明けまで格闘したというのです。そして、その相手は、神ご自身だったというのです。相撲でしょうか、レスリングでしょうか。ともかく、一晩中神と格闘するわけです。そして、神から「イスラエル」(イスラは闘う、エルは神のこと)という名前を与えられます。この一晩の神との格闘の中には、ヤコブの人生の旅が凝縮されています。かつて父と兄をだまして長男の権利を奪い取ったヤコブは、やがて兄恐ろしさのあまり逃亡生活を送ります。そして、今、神との必死の闘いの末、「祝福してくださるまで離しません」と言うのです。大変厚かましい願い、厚かましい態度ではあります。しかし、ヤコブは悔い改めと和解の気持ちをもって、危険を冒して兄エサウに会いに行く。ここで人生のある種の決着をつけようとしているのです。ひょっとしたら兄に殺されるかも知れない。しかし、自分は会わなければならない。そんなヤコブの気持ちが凝縮して現れたのが、「神との格闘」という出来事ではないでしょうか。 福音書にも、共通したメッセージが含まれています。「神を畏れず人を人とも思わない裁判官」のもとに、一人のやもめ(未亡人)が来ます。当時の未亡人の社会的・経済的地位は大変低く、ほとんど無権利状態だったので、この人は必死の思いだったのだと思います。彼女は、自分の訴えを取り上げるように、しつこく裁判官に頼みます。あまりにしつこいので、裁判官はとうとう折れて裁判をすることになります。そこからイエスさまは「神は、昼も夜も叫び求めている人々を、いつまでも放っておかれない。」と教えておられるのです。「しつこさ」ということでは、同じルカ福音書に、友人のところにパンを借りに来る人の話しがあります。不意の訪問者があったときに、もてなすパンがない。あわてて友人の家に行って「パンを三つ貸してください。」と頼んでも、初めは貸してくれないだろう。子供は寝ているし、その子供を起こしてまでパンを貸すために戸口にまで行くわけにはいかない。そういって断られるだろう。しかし、繰り返し繰り返し執拗に頼めばきっと願いを叶えてくれるだろう、というお話です。そしてその後に、「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。」という有名なみ言葉が続くのです。 私たちが、自分が本当に求めているものを知り、それが実現されるまでには、長い道のりがあります。「求めなさい、そうすれば、与えられる」の「そうすれば」には深い意味が込められています。時間的にも、かなりの時間がかかることがあるのだと思います。ひょっとしたら一生かかるということもあるかも知れません。それでも、神さまは私たちに必要なことをご存じで、必死に求めることによって、それは必ず与えられる。そのことを私は固く信じています。 私は、クリスチャンホームに生まれ、日曜学校に通い、クリスチャンとして育てられました。中高生の一時期には、そのことに反発したこともございますが、やがて、信仰に目覚め、学生時代には、京都聖マリア教会に転籍して、青年会活動や全国の学生キリスト教運動に積極的に関わることになります。その中で、将来は牧師になろうという思いも芽生えておりました。京都教区の中で、今でも私のことを覚えていて下さる方がたくさんおられるのは、本当に感謝です。しかし、やがて深刻な疑問を感じて、かなり長い間教会を離れることになってしまいます。もちろん、イエスさまのことを忘れたことは一度もありませんでした。聖書を読み、神学書も読みあさりました。神さまのご意志は一体何なのだろうと考え続けました。そのことは間違っていたとは思いません。しかし、心の中が、「自分が正しいのだ。」「間違っているのは教会の方だ。」という傲慢な思いでいっぱいだったということも否定することはできません。やがて、それが本当に大きな罪であり、教会の皆さんと共に歩むことこそが神さまの召しであるということに気づくようになり、十数年前に教会に戻り、やがて聖職志願をする決意をいたしました。「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」(ヨハネ15:5) 考えてみますと、とても不思議な感じがいたします。というよりは、感無量と言ったほうがよいでしょう。あんなに、教会に反抗し、神さまと格闘していた私が、今こうして説教壇に立っているのです。祖母マスエの「一生懸命に神さまのために働いて親の志を継いでください。」という言葉は、叔父の茂樹に向けられたものでしたが、私に対しても語りかけているような気がしてなりません。神を求め続けた長い、しつこい人生の旅は、今、神の祝福を受けて、牧師という立場、職務という形で新たな幕を開けることになりました。まだ、この旅は続きます。神と格闘することは今後もあるでしょう。それでもない、しつこく神を求め、祈り続けたいと思っています。
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2010年10月17日(日)
No.5
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