行事報告
(2010年6月28日更新)

こどもフェスティバル/ウキウキランドは大盛況
 5月30日(日)晴天の下、
「こどもフェスティバル」が開催されました。
子ども七十四人、大人百七人の参加により、
賑やかな一日となりました。

朝の礼拝では、
子どもの集いJOYのスタッフによるメッセージがありました。
この日のテーマは、
「見失った羊」のたとえ(ルカ一5:1〜7)です。
自分がイエスさまに見つけられた喜びを、
人形劇の中で伝えました。

婦人会の準備してくださった昼食を一緒にいただいた後、
礼拝堂で大阪大学・奇術部の皆さんのマジックを見せていただき、
午後のプログラム「ウキウキランド」が始まりました。

子どもたちは、
それぞれのグループが用意したコーナーで楽しみました。
最初から、ずっと「こま」のコーナーで、こま回しに熱中している子。

初めはできなかった皿回しが、
だんだんと回せるようになった小学生もいました。

何度も並んで、ミサンガを作り、
腕に何本もはめている女の子。

あちらこちらでこんがり焼けたスネークパンをほおばる人。
自分たちで作ったフラワーアレンジメントや、
カードを見せ合う子どもたち。

遊んでいるうちに、午後2時になり、
礼拝堂での人形劇の準備ができました。

みんなが礼拝堂に集まり、
大阪大学・人形劇部「せせくらせ」の皆さんの
お話を見せていただきました。
人形たちのコミカルな動きにあわせて、
すっかりストーリーに引き込まれた子どもたち。
どの子も食い入るように見ていました。

おみやげには、手作り押しピンを選んで、
ひとつずつ持って帰りました。

帰りたくない、ここでもっと遊んでいたい、
と言って半泣きになっている子どもの姿を見たときには、
うれしいような何とも言えない気持ちになりました。

子どもたちが必要としている、愛、安心感といったものを、
教会が満たすことができますように。

子どもを育てる親が、子どもたちと共に、
愛する人へと成長していく中で、
神さまと出会うことができますように。
地域へ開かれた教会への取り組みとして、
共に祈り続けてください。
色々な準備を手伝ってくださった皆さんに、感謝します。 

               (ヘレナ 斎藤みち)

         台湾聖公会を訪ねる旅
                      当教会主催でゆったりまったり≠ニ

月8日()から12日(月)まで、
石橋聖トマス教会主催で、
大阪教区と姉妹関係にある台湾聖公会を訪ねる
4泊5日の旅が実施された。

後援は大阪教区台湾交流委員会。
団長の磯晴久司祭をはじめ当教会から13名、
川口基督教会、東豊中聖ミカエル教会、大阪聖愛教会、
名古屋聖マタイ教会から合わせて18名の参加者があった。
訪問地は台北、
日月譚(にちげつたん)、高雄。
昨年9月当教会を訪れられた
台湾聖公会ョ榮信主教との出会いがきっかけで、

前牧師・松平功司祭の提案によりツアー実施の運びとなった。
人事異動のため松平司祭の参加は叶わなかったが、
台湾聖公会との親交を深め、
信徒レベルでの交流、相互理解の良き機会となった。

台北から高雄まで
5日間の覚え書

ベタニアのマリア川村佳子)

当教会・他教会の方々と共に台湾の旅に赴きました。
観光を兼ねた、台湾の同じキリストへの信仰を抱く教会への訪問
という目的が主でしたが、楽しかったという言葉が
一番すんなり口に出てくる旅でした。
1日1日に、神様からの思し召しがあったと思える旅だった気がします。

 一日目は関西国際空港で集合。
参加者世間話の花盛りで飛行機へ。
神様からのご加護にて無事に出発、到着を果たしました。

出迎えて下さったガイドの許さん(働くお母さんです)
のきめ細かな説明に、
台北での雨模様も「それで良し」と思うことができました。

訪台してまず足を運んだ中山基督教会は、
同行メンバーの早川文子さんの御義父・早川善樹さんと、
日高和夫さんが少年期に教籍をお持ちだった教会。
今は亡き方々を偲びながら、
逝去者記念の礼拝を同教会信徒の方々と共に行いました。

中山基督教会は、現在長老派の教会ですが、
台湾聖公会のョ榮信主教様のお計らいによって
訪問・記念礼拝をするお許しが出ました。

また礼拝後、信徒の方々が準備くださった歓迎会に
参加させていただきました。
これも神様からと、亡き方々からの見守りがあったからでしょうか。
その日の夜は何とョ主教様と同席にて
レストランでの夕食となりました。

英語で少しですがお話もできました
(ョ主教様が英語をお話しになれる方で良かったです)。

 二日目。ほぼ終日移動と観光でした。
台北、台中、日月譚とあまり範囲を広げ過ぎなかったので、
至って気楽な観光となりました。
台北〜台中の移動は新幹線でしたが、
その車両はなんと日本製。
実は今回の旅の二週間前に新幹線に乗ったので、
思わず日本にいるような錯覚になりました。
日月潭の風景とそこでの料理を満喫いたしました
(魚料理と漢方スープが印象的でした)。

三日目。この日も移動・観光がメインでした。
日月譚〜高雄を観光。孔子廟や戦没者慰霊祀等を訪問。
個人的に一番目を引いたのは、
町中にある微妙に間違い気味な日本語看板、
といったら台湾の方々に失礼でしょうか(でも皆様親切です)。

四日目。日曜日ということもあり、
台湾聖公会高雄聖テモテ教会を訪問。信徒の方々と共に礼拝、
そして昼食を兼ねた交流会をして過ごしました。
聖テモテ教会では、ありがたくもョ主教様のお説教を
拝聴させて頂く機会が得られ、
昼食は教会の婦人会の方々のお手製料理を頂くことになりました。
婦人会ががんばっている、
台湾でも同じだな、
とただただ感動でした(お食事とても美味しかったです。ひたすら感謝)。

でも、二つだけ聖テモテ教会での心残りが…。
一つ目は、今回の旅行メンバーが中国の讃美歌を合唱して
先方の信徒への贈り物にすることとなったのですが、
女性の二部分けで低音パート(アルト)が箇所によって半音上がるか否か、
練習で決着できず…。次回リベンジしましょう、皆様!
(いつになるか不明ですけれども)。

二つ目は、折角のョ主教様の力のこもったお説教が、
お話しになっているのが全部お国言葉、つまりは台湾語でしたので、
内容は何を言っておられるのかさっぱり理解できず、
旧約聖書の「出エジプト記」に出てくる
モーセとアロン兄弟のお名前を出しておられたので、
それにちなんだお話をしていらっしゃるのだろうと、
かろうじてそれだけは理解できましたが、
そのときは正直、台湾でも大人気のアニメキャラクター
「ドラえもん」の四次元ポケットから「翻訳コンニャク」を
出してもらいたいなと切実に思いました。
まあ、今回はやむなしということで…。言葉の壁厚し。

五日目。台北市内観光の中でも故宮博物館が一番のメインとなりました。
とはいっても、迷子にならないように注意しながらの見学だったので、
展示品は最初に見たもの数点しか記憶に残っていない…。

また次回にはじっくり見たいです。
そして昼食に飲茶を満喫して、
夕方には空港にてガイドさんとの名残惜しい別れの時を経て
帰国の途に着きました。

中山基督教会の方々、聖テモテ教会の方々、
ョ主教様、
そして今回の旅行に関わって下さったすべての方々に感謝です。
本当にありがとうございました。再見!

                

中山基督長老教会

  

台湾聖公会高雄聖テモテ教会祭壇

                            

聖テモテ教会にて(左から林牧師、ョ主教) 



 今年の大斎節

今年は2月17日が大斎始日で、
六回の主日に礼拝前の賛美と祈りのときを持った。
毎回、教会委員を中心とする信徒2人が
大阪教区や聖トマス教会の諸問題、
またパレスチナや沖縄の基地の問題のために祈りを捧げた。

賛美はその時々の祈りに沿ったものが選ばれ、
川村輝夫さん、牧口望さんがギターを、
植原久美子さんがピアノを担当。

3月14日は礼拝終了後に
映画「マザー・テレサ」を鑑賞した。

3月21日の礼拝では聖職候補生・千松清美さんをお招きし、
奨励をしていただいた。

また礼拝終了後、
祈りの会が持たれ(参加は毎回7〜8名)、
身近な人々のためや、
当教会での任を終えられる
松平司祭ご一家のために祈りが捧げられた。   

カタリナ 早川文子)

イースター・勝利の日
〜松平司祭の送別会も〜


4月4日の復活日は、満開の桜と好天に恵まれ、
子ども21人を含む173人が礼拝堂に集い、
主のご復活を賛美した。

この礼拝を最後に桃山学院へ転任される
松平司祭は説教の中で、
「宣教について教会は発想の転換を行い、
新しい生き方を模索する時期に来ている。
固定観念に縛られない柔軟な心で、
社会が何を必要としているか、
信徒一人ひとりが考えていくべきだ」
と語られた。

この日は礼拝中にJOYの進級式も行われ、
小学校に入学する山崎 恵君、小野 哲君、小松翔馬君と
高校に入学する松平 愛さん、牧口こころさんが紹介され、
祈りがささげられた。

礼拝後は、ホールで祝会が開かれ、
ちらし寿司弁当とデザートを頂き、
前日にJOYとボーイの子ども達が作った
イースター・エッグが配られた。

内宮千尋さん、池田奈月さん、植原久美子さんによる
フルート、クラリネット、ピアノ三重奏の演奏に
耳を傾け、司会の服部喜代司さんから
「勝利の日」を迎えられた77歳以上の信徒が紹介された。
該当者39人のうち24人が出席し、共に長寿を祝った。

引き続いて、松平司祭ご一家の送別会が行われ、
男子会・長野泰信さん、婦人会・山崎あやさんが
送別の言葉を述べられた。

青年会はクイズ・ゲーム、マリア会は
「オー・ハッピー・デー」の歌を披露。
ご夫妻に国津進さんからお餞別、斉藤はるさんから
花が手渡された。

恵津子夫人は涙ながらの挨拶のあと、
聖歌292番(ロンドンデリーの歌)を、
フルート、クラリネットと共に
ピアノ演奏された。

松平司祭の挨拶の後、全員で
「神ともにいまして」を歌い、お別れを惜しみながら
閉会となった。

(ルデヤ 辻 節子記)




駐車場完成式が3月14日(日)午後2時から行われた。
出席者全員で詩篇を唱え、大西大阪教区主教が
聖水をまいて、完成を祝福された。






2009年12月24日夜7時から
恒例の「クリスマス・イヴ・キャンドルライト・サービス」が
行われました。



聖歌隊とアンサンブル、
そして、会衆の歌う聖歌や演奏によって
ボーイスカウトとJOYの子ども達が
主イエスの御降誕のページェントを
楽しく演じてくれました。



マリアの前に天使があらわれました



そして、羊飼い達に天使が主イエスの御降誕を
告げ知らせました。





クリスマス・イヴのメッセージ、
「光・命・愛」

牧師・司祭 ヤコブ 松平 功

 主イエスがお生まれになった二千年前、
羊飼いや、東方の博士たちは、
光に導かれ主イエスのお生まれになった
馬小屋までたどり着きます。

光に導かれるというクリスマスの出来事は、
とても象徴的な意味があり、
その光とは比喩的には主イエス・キリストを指します。

二千年も前のはるか彼方の出来事であるにもかかわらず、
現在も、
この光である主イエスに導かれ続ける人々がいることが、
とても不思議に思えてなりません。

また、この導きを裏付けるように、この二千年の間に、
羊飼いたちのように、
この光に導かれた人々の物語は
数えきれない程あるのです。

その物語の一つとして、
「塹壕の聖母」という第二次世界大戦での
出来事をご紹介いたします。

 1942年11月にソ連軍は
スターリングラードに残った数万人のドイツ軍を包囲します。

降伏することを許されなかった彼らは、
皆殺しにされるのを、ただ待つだけという、
全く希望のない闘いを余儀なくされたのです。

そのドイツ軍の中に、クルト・ロイバーという牧師がいました。
彼は、その年のクリスマス前に、
ソビエト軍から奪った地図の裏に木炭で聖母像を描きました。

聖母マリアが、み子イエスを抱いている絵でした。
そして、その絵の右端に、「光・命・愛」という言葉を綴ったのでした。

当時、ロイバー牧師が潜伏していたのは塹壕で、
ほとんど「光」の差し込むことがない場所でした。
また、そこにいた兵士たちは
敵地の中で逃げ隠れしている状態でしたので、
「命」ではなく死に直面していましたし、
「愛」ではなく恐怖と憎しみの満ちているような
惨状であったはずなのです。



しかし、ロイバー牧師は、
その絵の中に「光・命・愛」と綴ったのです。
 その年のクリスマス・イブの夜、ロイバー牧師は、
その絵を塹壕の壁に掛け、
その前にキャンドルを灯しました。

兵士たちは、ロイバー牧師の描いた絵を眺め、
暖かに揺れ動くキャンドルを目の前にしながら、
慰められました。

また、その絵の横に綴られた、
「光・命・愛」という言葉は疲れ果てた
多くのドイツ兵の心を癒したそうです。

 その後、ソビエト軍が突入し、
生き残ったドイツ兵は捕虜になり、
ロイバー牧師も捕虜収容所に送られましたが、
母国に帰ることはできず、収容所で息を引き取ります。

しかし、彼の描いた絵は、
彼の最後の手紙とともに息子に届き、
「塹壕の聖母」として、ベルリンのカイザー・ベルヘルム教会に送られ、
現在も飾られています。


ベルリンのカイザー・ヴィルヘルム教会


 ロイバー牧師が、
敵地での悲惨な境遇の中で描き上げた絵と「光・命・愛」の言葉は、
とても印象的ですが、
何故、ロイバー牧師は、それらの言葉を綴ったのでしょうか。

そして、それを見た多くの兵士たちは何故、
心を癒されたのでしょうか。

そのような悲惨な状況の中で
「光・命・愛」と綴られた言葉を見て、
彼ら一体は何を感じたと言うのでしょうか。

 先に「はるか彼方の過去の出来事に導かれるということが、
不思議に思えて」ならないと書きましたが、
「塹壕の聖母」のお話からその答えを
見出せるのではないでしょうか。
その答えとは、クリスマスで光となって導かれた
2000年前の主イエスが、
現在においてもわたしたちの心の中で生き続け、
真っ暗な心の中にも光を灯し続けておられるからなのだと思うのです。

多くの兵士たちが戦争の惨劇の最中にも、
ロイバー牧師の絵を見て心が癒されたのは、
命と愛の光をその中に見たからだと感じるのです。

その光は、その灯火は2000年を経た今日にあっても、
燃え尽きてはいないのです。
この光を、主イエスのご降誕の季節に、
じっくりと感じて頂ければと思います。
このクリスマスに皆さんの心の内で、
光り輝く命と愛が灯されますように、
心からお祈りいたします。



教区婦人会

本田神父を講師に
修養会を当教会で

10月19日(月)午後1時より当教会にて、
大阪教区婦人会、秋の修養会が行われました。
当日は、気持の良い秋晴れで、
教区礼拝の翌日ではありましたが、
172名、教役者5名が、当教会に集いました。

早川文子さんの「私たちの騒がしい心を静めて下さい」
という開会のお祈りの後、
カトリック司祭で、釜ヶ崎反失業連絡会共同代表の
本田哲郎神父の講演をききました。

「愛することよりも大切にすることを求めたい」というテーマで、
愛そう、愛そうとすると、偽善者になってしまう。
助けてほしいと思っている人、寂しいと思っている人の隣人となり、
尊厳をもって大切にすることが
必要だというお話をされました。

席上献金は釜ヶ崎「ふるさとの家」の働きのため献げられました。
その後一階に移り、有志教会によるバザーと、
婦人会有志手作りのケーキやお菓子とお茶で交わりの時をもち、
散会しました。

当日お手伝い頂いた男子会の方々に感謝します。
そして神様に感謝します。
(マーガレット 松原泉子)

5月に予定されていた子どもフェスティバルは、
新型インフルエンザ流行のため
一旦11月に延期になっていましたが、
地元のこどものイベントと同じ日になったため
中止になりました。

教会創立50周年おめでとう!
主と共に新たな歩みを
感謝の記念礼拝と祝賀会開かれる

5月10日(日)午前11時より、
石橋聖トマス教会創立50周年記念礼拝
および祝賀会が開催された。
素晴らしいお天気のもと、
トマス信徒、教役者、教友、他教会信徒、
ボーイスカウト、地域の方々が一堂に会し、
参会者は264四名となった。

記念礼拝は大西修大阪教区主教が司式・説教、松平功司祭と、
トマスにゆかりの深い松山龍二、竹内信義両司祭が補式をされた。
会衆、聖歌隊、アンサンブルが一体となった
力強い賛美が礼拝堂に響き、
50周年への感謝と、
これからの歩みを主が顧みてくださる
ことを願って祈りがささげられた。



一階ホールでもテレビモニターを見ながら
同様に礼拝が行われた。

大西主教は説教の中で
「この教会は私たちが建てたものではなく、
主が建てられたもの。
教会には、主にある愛に根ざした交わりと一致を、
この世に伝える器としての使命が託されている。
教役者、信徒の豊かな祈りが、
新たな百年へ向けて結実するよう心から祈る」
と述べられた。
退堂はハルヤコーラスの合唱・演奏で、
感謝と喜びのうちに礼拝を終えた。
当日の信施は、ヨハネ学園、三光塾、博愛社の
各児童養護施設に献げられた。

全員での写真撮影の後
、午後1時半から一階ホールで祝賀会が開催された。
司会は長野泰信さん。
食事の前に大賀健二・50周年記念準備委員会委員長の挨拶、
大西主教、福田光宏司祭、
川口基督教会信徒の名出敬さんの祝辞、
松山司祭の食前の祈り、竹内司祭の乾杯の挨拶と続いた。

当日の料理は高槻聖マリヤ教会信徒の高橋敏子さんが担当され、
おいしい食事が大好評。
庭にもテーブルが出され、どこも人、人で埋まり、
歴代の牧師、懐かしい教友、
お祝いに駆けつけてくださった方々との歓談に花が咲いた。

50年の教会の歴史を振り返りながら、
山本登司祭夫人の恵子さん、
早川義也司祭らからスピーチをいただいた。

テレビモニターには当時の写真が映し出され、
創成期の若さと活気が思い起された。

「地域の人と仲良く」との思いから発足した
ボーイスカウト豊中第15団は、来年40周年を迎えるが、
その成り立ちと歴史が新免俊典副団長より紹介された。

阪神・淡路大震災時のボランティア活動から始まった
「ぶどうの木高齢者食事会」、
清風荘、待兼山両地区自治会との協力や
フライデーナイト映画会など、
関係する方々からのお祝いと励ましの言葉もいただいた。

さらに教会建替委員会の堀武委員長、
松平司祭が挨拶に立たれ、
最後に名出望司祭の祝祷で祝賀会を無事終了した。

この記念式典のためには、
準備委員会が2年半前に組織され、
何度も打ち合わせが重ねられた。
また、婦人会有志によるお土産のクッキーの製作、
男子会・婦人会による会場準備や駐車場整備、
ボーイスカウトによる道案内、
青年会の記念缶バッジ作り等々、
教会員一人ひとりが、
心を込めてご奉仕していた姿が印象的だった。

この式典が単に過去を振り返るのではなく、
新たな道のりへの節目として、
私たちの信仰の成長と実りを願う
記念の一日となったことを感謝したい。

なお、寄せられたお祝金は全額、
建替募金に入れることが、
6月の教会委員会で了承された。





AED講習会

月26(日)午後2時から当教会で
AED講習会が開かれた。
豊中消防署から講師3名が派遣され、
教会・ボーイ22名、待兼山町内会6名が参加。

心肺停止状態から救急車到着までの数分間に、
適切な処置をすれば大切な命が救える。
等身大の練習用人形を使い人口呼吸、
胸骨圧迫(心臓マッサージ)、
音声メッセージに従って
AEDを装着し
電気ショックをかける
一連の心肺蘇生法を学んだ。

最後に1人ずつ実地テストを受け、
3時間の講習を終えた。

修了者には普通救急救命講習会修了証が後日送付された。
 


2009年4月12日
復活日聖餐式が行われました。


礼拝の中で聖歌隊とアンサンブルによって
モーツァルト作曲「アヴェ・ヴェルム・コルプス」が
演奏されました。



*

2009年2月15日(日)
大阪教区大西 修主教が巡杖で、
初めてトマス教会に来られました。


新主教をお迎えして、聖歌隊、トマス・アンサンブルが奉仕しました。


2008年12月24日クリスマス・イヴ
キャンドルライト・ミサ


夜7時から恒例のクリスマスイヴ礼拝が行われ、



幻想的な蝋燭のやわらかい光に



つつまれた礼拝堂に、約130人が集まり



静かに聖誕ページェントが進行し、



オルガン、ピアノそして聖歌隊、



トマス・アンサンブルの演奏で、



クリスマス・キャロルを歌い



イエス・キリストの生誕を祝いました。



クラリネットコンサート

 9月14日(日)午後1時半より、
礼拝堂においワンコイン・コンサートが開かれた。
出演は、当教会の池田奈月さん属する
クラリネット・アンサンブル
”Shiny”の4人。
司会は川村輝夫さん。
モーツアルト、プッチーニなどの曲に加え、
当日出席の作曲家船本孝宏さんの作品
「日本民謡組曲」などが披露された。
教会外も含め70人余りが集い、
チケット売り上げは
すべて礼拝堂建替募金に寄付された。

大阪教区に待望の新主教

川口基督教会で按手と就任式

植松首座主教より、牧杖が手渡される)

「主に招かれ 民のため 命を すべてささげ 
新しき誓いを立てる しもべを祝したまえ」

台風一過、朝の爽やかな空気の中、
サムエル大西修師の主教按手式・第七代教区主教就任式が
9月20日午前10時より川口基督教会で執り行われました。
大韓聖公会ソウル教区朴耕造主教はじめ、
国内外64名の来賓を含め約550名の聖職・信徒が参加。
高く挙げられた十字架(奉事者は大西温・大西主教の次男)を先頭に
主教団・司祭のプロセッション。
植松誠主座主教の司式により厳かに按手式が始まりました。

神学院同期の五十嵐正司九州教区主教の説教では、
「主にあって死んで、主にあって生きる
大きな犠牲
(中部教区での現在の働き)と、
大変な決断
(私は主のはしため、
お言葉どおり、この身になりますようにとのマリアの祈り
)
を持って大西修師は大阪へ来られた。
大阪教区の皆様は、
大西主教の意を十分理解して主教を迎えてほしい。
『ともに生きる』この言葉のとおり、
一致の回復、面と向かって話し合い、
お互を良く分かり合うことを一番にし、
主教を中心として大阪教区は新しい出発をしていただきたい」
と大変意義深い説教を私たちに頂きました。

 何とも言えない柔らかい空気の中、
主教の推薦、司祭按手の証・主教当選確認書の朗読のあと、
大西主教の誓約に続き、
植松首座主教より会衆に向けて、
按手されることの同意と大西修師を主教として支持しますかとの問いに、
全会衆が大きな声で「支持します」と応えました。
その後感謝の聖餐式が行われ、喜びの陪餐に与りました。

植松首座主教の祝辞のあと大西新主教より挨拶があり、
「重く受け止めて歩む決意をしました。
夢と希望を第一に、目を神様に向けて、
現状分析とか振り返るのではなく先を見つめて共に歩もう」
と力強く語られました。

小池主教にお会いになった折に、
主教が大西主教の頭を見て何度も、
その光を大阪教区に輝かせてくださいと言われたそうです。
私たち大阪教区のために、
突然大きな柱を失われた中部教区の司祭・信徒が
全員一致で大西主教を送り出してくださったことに
心よりお礼を申し上げて主教按手式の報告とします。

(シラス 長野泰信)

 就任式後、祝賀会が川口基督教会近くの中之島NCBホテルで開かれた。
約350人(トマスから12人)が参加し、新主教の誕生を祝った。

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