心を魅かれる人



「主の天使が夢に現れて言った。ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」
(新約聖書 マタイによる福音書 第1章20節〜21節)
2007年の年末に一般公開された映画「マリア」(米国2006年、キャサリン・ハードウィック監督作品)を、約1700人の高校生男女が一斉に見る機会が、先日ありました。感想を書いてもらうと、興味深く、またハッとさせられる、鋭い若者の感性が次々に飛び出して来ました。
「マリアは、裕福で偉い人の娘みたいな聖人君子的イメージだったけど、貧乏な所で普通に育って、友達とも遊んでいたので、すごく予想外でした。」
「最初は題名から、あの聖母マリアかぁ。きっと清楚な人なんだろうなぁと思っていたが、ごくごく普通の元気な女の人として描かれていた。理不尽な結婚ルールは絶対良くないし、掟も厳しく、マリアは大変な目にあった。神はなぜマリアにあんな苦難を与えたのだろう。なぜマリアだったのだろう。私は、マリアならきっとやり通して、その強い意志をなお強く、堅くするためだったのかもしれないと思う。」
「マリアがイエスを身ごもった時に言った、『どうして私なの』という言葉に、とても共感できました。今まで普通に生きてきたマリアの戸惑いを、とても理解できました。」
実際にはありえないとか、イエスが生まれるまでに、あんないきさつがあるとは全然思わなかったという気持を一方で持ちながら、もう一方ではちゃんと見るべきもの、受け取るべき何かを感じ、つかんでいる若者が大半だったのがうれしい収穫でした。
そして、マリア以上に皆の心を捉えたのが、ヨセフだったのは予想外でした。
「僕は、ヨセフがとても気に入った。・・・ヨセフの人間性は、見習う所があると思った。」
「ヨセフはすごく良い人だなぁと思った。ある意味すごいなと思う。・・ヨセフは自分の子供じゃないのに、どうして本気で愛せるのかと思った。それとマリアは幸せだろうなと思った。僕もヨセフみたいに思いやりがあって、本気で子供を愛して、自分の妻を幸せにしてあげれるような夫になりたいです。」
「登場人物の中で、一番魅力を感じたのはヨセフで、あんなに相手のことを考えられるのは、かっこいいなと思いました。」「マリアをかばったところが、とても男らしく感動しました。」
自分たちを取り巻く厳しい環境の中で、現実を受け入れて一途に、一生懸命マリアを守ろうとする無口なヨセフの姿に、若者が素朴に感動しているのです。周り、他人のことを第一に考える優しさ、頑張りに、素敵さや尊敬が自然に湧いているのです。この素朴さ、自然さを大事にすることを、イエス自身も願って、弟子たちを育てておられたのだと思います。
「キリストの命は、マリアとヨセフの二人が、固い絆で結ばれていなければ、成立しない命だったと思います。人間は自分の力で生まれてくるのではなく、人によって生まれ生かされているんだと、改めて感じました。」
わずか100分の映画から、貴重な学びをしている若者たちに、たくさんの元気を分けてもらいました。

大阪聖アンデレ教会 牧師 司祭 ペテロ 竹林 徑一
桃山学院中学校・高等学校 チャプレン






祈り
いつくしみ深い神さま、あなたのご配慮により、いつも守られ導かれていることを感謝します。特に、心身共に伸び盛りの中学生・高校生年齢の若者たちが、豊かな感性を持ち、多くの気付きを与えられて、さらにその個性、人間としての器をより大きく成長させることができるように祝福と恵みをお与えください。そして、どんな厳しくつらい状況にあっても、互いに支えあって乗り越える意思と力、使命感を授けてください。主イエス・キリストの愛によってお願いします。アーメン


 

メッセージ