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T会議のアジェンダ
今回のIALCの議題は、1999年にインド・コタヤムで開催された会議に引き続いて、聖公会における聖職按手式に関するものであった。2つの文書が事前にE-メールで送付された。送付されてきた文書は以下の通りである。
1)聖公会の伝統における聖職按手(Ordination in the Anglican Tradition)
聖職按手式文の構造 (The Structure of the Ordination Rite)
教会の叙任の奉仕職の本質(The Ordered Nature of the Church)
識別と準備(Discernment and Preparation)
2)聖餐における食物(Eucharistic Food)
これらの文書について検討し、洗礼に関するトロント・レポート、聖餐に関するダブリン・レポートに続いて、ミニストリーに関するバークレー・レポートを作成することが、本会議のアジェンダであった。
U会議の構成
8月6日(月)は16:00までに参加手続きを終了し、16:30からCDSP(太平洋神学校)のチャペルで開会聖餐式をもって開始された。その後、レセプション・夕食をはさんで、19:45から第1セッション(全体会)が行われた。
以降、会期中は毎朝8:30からの朝の礼拝(10日のみ聖餐式)で始まり、17:00の夕の礼拝、そして21:00に終了というのが基本プログラムで、全体会と分科会の繰り返しによって構成されている。
11日(土・最終日)は、「聖職按手」文書の最終確認、エキュメニカル・パートナー(オーストラリアのメソジスト教会の代表)からの発言、聖公会の他のセクションに関わっているメンバーからのレポートがなされ、次期開催地についての意見が交換された後、11:30から閉会聖餐式が行われ、昼食をもって解散した。
「特筆すべき事項としては」
@8日(水)の夜は、参加者全員でサンフランシスコ市内にあるSt. Gregory of Nyssa Episcopal Church(ニュッサの聖グレゴリウス教会)訪問と同教会での聖餐式に出席し、同教会のメンバーと交わりの時(夕食)を持った。なお、この教会の礼拝の持ち方は非常に自由で、これでも聖公会かという感じもしたが、後日の他のメンバーとの話し合いの中でも首をかしげる人もいたことは事実である。見方によっては、アメリカという文化的多様性の土壌の中で必要とされるあり方かも知れないが。
A10日(金)の午後、Technologyというセッションで、CDSPのITを用いた礼拝学の授業の持ち方、あるいは礼拝学関係のさまざまなURLの紹介があった。特に授業の関係ではパソコンを用いたプレゼンテーション方式によって資料を視覚的に提示する方法は興味深いものがあったが、同神学校はそのための専任スタッフを擁しているという、日本の神学校との基盤の違いも感じさせた。
B次期IALC運営委員として、選挙の結果、Paul Bradshaw(ポール・ブラッドショー、イングランド)、Thomas Maddela(トーマス・マデラ、フィリピン)、Joyce Karuri(ジョイス・カルリ、ケニア)が選出された。
V会議の結果
先にも述べたように、議題は2つであった。
@「聖餐における食物(Eucharistic Food)」最初に、「聖餐における食物(Eucharistic Food)」について簡単にレポートする。この問題は、伝統的に用いられ、1958年ランベス会議でも「聖公会の統一を保証するために必須な祈祷書の特色」の中で「パンとぶどう酒とわれらの主の命令に従うという明白な意図を持つ聖餐式文」と表現された聖餐の物素が、まさにパンとぶどう酒でなければならないのか、他の物に変えることは不可能なのかという問いである。これに関してあらかじめ送られてきた論文で、著者のポール・ギブソン(Paul Gibson)は聖書学的考察と文化史的考察を通して、特に福音書に登場する物素がパン・ワイン・魚・水などの多様性を持っていることを指摘し、パンとワイン以外の食物でユーカリストを祝うことができると結論づけている。というのはイエスによって告知された神の国の現実化は、食料を分かち合うということに存するからである。 本会議のセッションでは、アフリカ諸国のメンバーからのリアルな報告がなされた。それらの聖公会ではぶどう酒の代わりにコーラが用いられることが多いということであった。その理由としては2点が挙げられ、第1点は、ぶどう酒の持つアルコールが人々を泥酔に追い込む危険があるとの指摘である。これはイスラムからの改宗者にとっては、あるいはアルコールを摂取する習慣のない人々にとっては、切実な課題であり、聖餐にあずかることで生活が破壊されることが福音にかなうかどうかは吟味される必要がある。第2点は経済的な問題で、ある地域では司祭の月給が5米ドルであるが、ぶどうは産出しない同国では、ぶどう酒を輸入に頼らざるを得ないため、ワイン1本が10米ドルもするという事実である。またこれらの事情のため、ある聖公会では教区主教の承認のもとに、パンに代えてキャッサバを、ぶどう酒に代えてケラケラ(地酒らしい)を用いているとの報告もなされた。
これらを受けて、会議はこの問題について、パンとワイン以外の食物でユーカリストを祝うことができると結論づけたギブソン論文を支持した。※
A聖公会の伝統における聖職按手(Ordination in the Anglican Tradition)
これが今回の会議の最重要課題である。会議の経過はすでにアングリカン・コミュニオンのHPに掲載されているが、聖職按手式(奉仕職)における「洗礼に基づく教会論(baptismal ecclesiology)」の重要性、三聖職位の三位一体論的任務の検討、“presbyters/priest”という用語の問題、聖職按手式における「洗礼の信仰の再確認(Reaffirmation of baptismal faith)」などが議論の中心であった。論文は分科会での検討と全体会での意見交換を経て、会期中に2度修正されたが、最後の全体会でも修正意見が入ったため、決定稿はまだ発表されていない。
「日本聖公会に関するトピックス」
現在のところ、この協議会の結論がただちに日本聖公会祈祷書に影響を及ぼすことはない。また最終的なペーパーは、近いうちに発表されるであろう。ただ、われわれの課題として、「1990トロント(洗礼)」、「1995ダブリン(聖餐)」とともに、バークレーで発表される3つの文書を早急に翻訳し、日本聖公会全体に分かち合う必要があると思う。
「感想その他」
初めての国際会議への出席であったため、ことに語学力の問題で討議内容の1/3以下(あるいはそれ以下)しか理解できなかった(議論についていけなかった)ことは残念であった。分科会のメンバーには随分ゆっくりとしゃべることに配慮していただいたが、今回の出席者の中で、英語を日常的に用いていない数少ない国(一部はフランス語が公用語の人たちもいたが)からの出席というハンディは隠しようもなく、その点は今後の自分自身の大きな課題であると感じた。しかし事前にE-Mailで文書が配布されており、それを一応翻訳し、議論の論点を自分なりに整理して出席できたことは幸運であったと思う。
会議自身は彼らがbusinessと表現しているように、非常にハードではあったが、世界的な礼拝学の動向を肌で知り、礼拝学者の顔と声、交わりを持てたことは収穫であった。また、コリン・ブキャナンが会場で自ら売っていた、日本では手に入れにくい礼拝学上の様々な書物(ことに名前でしか知らない古代の典礼式文の解説書)を購入できたことも幸いであった。
今回の出席によって得たものを、様々な形で日本聖公会の礼拝学の進展に、また礼拝学教育の上に、少しでも寄与できれば幸いであると思う。私のような者を派遣していただいたことに深く感謝している。
※『リマ文書』中の「教会は、イエスが最後の晩餐においてパンとぶどう酒の二つの物素を用いられたゆえに、聖餐においていつもこの二つの物素を用いることに最大の重要性をあたえてきた。しかし今日、地方によってはパンとぶどう酒が通常では入手困難であって、むしろその地方独自の食物や飲み物を用いるほうが、聖餐が日常生活に根づいているものであるということをあらわす点においても都合がよいのではないか、という意見もある。・・・さらにつっこんだ研究が必要である。」という記述があることにも注意を払うべきであろう。(66pp-67pp)
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