ASIA YOUTH WEEK 1999

テーマ:グローバリゼーション


目次

1、編集者より

2、韓国におけるグローバリゼーションの影響

3、グローバリゼーションを解読する

4、ある若い女性のお話〜スリランカの茶園にて

5、祈り


編集者より

 

 私たちと一緒にアジア青年週間を実施しませんか。

 CCA(アジアキリスト教協議会)青年部は、@青年に影響を与えている共通 の問題群に一緒に目を向けるようにアジアの青年運動を助けるため、A共にアジア青年週間を覚え、アジアの青年の一致と連帯を表現するという目的で、毎年10月の第3週をアジア青年週間としています。

 今年のアジア青年週間のテーマは「グローバリゼーション」です。今年はこの資料の中で韓国とフィリピンの青年が、彼らの生活の中でグローバリゼーションがどのような意味を持っていて、それによってどのような影響を受けているかを我々に語ってくれています。また若いスリランカの女性は、どうしたら小さなエンパワーメント活動を始めることが出来るかを示してくれます。最後にパキスタンの青年によって祈りが捧げられています。

 この内容のどれであろうと、皆さんがふさわしく思われる箇所を是非、承諾して、諸集会で、それに地元青年グループとシェアしてください。

 今年は10月17日〜23日がアジア青年週間です。この機に青年グループで、学習会などのプログラムを企画されてはいかがでしょうか。

 皆さんのアジア青年週間への関わりによって、アジアの教会や青年運動の中でグローバリゼイションへの関心がますます寄せられることを願っています。

CCA青年部幹事

Lung Ngan Ling


韓国におけるグローバリゼーションの影響

〜韓国の経済危機とIMF(国際通貨基金)〜

Kim Hye-Ran(韓国)

<T.韓国のグローバリゼーション>

 いやがおうでも私たちは、21世紀を目前に急激に加速するグローバリゼーションの進行を止めることは出来ません。より大きな富が、より少ない人々の手に集中しています。近年、失業率は第一世界(先進資本主義諸国)でさえ急激に増しています。日本は4%の失業率を記録し、アメリカ合衆国では1996年以来、8%の失業率を被っています。一方でドイツその他のEU諸国の失業率は12〜13%です。

 これらの国々はそれぞれの専属の市場と勢力範囲を確保するため、経済,貿易圏を築きました。日本の製品の流入から勢力範囲を守るため、北米自由貿易協定(NAFTA)とアジア太平洋経済会議(APEC)は米国によって主導されました。一方、アメリカと日本の製品の市場への進出に対して、西ドイツはヨーロッパ経済共同体の先頭に立ちました。

 皮肉にもそれらの国はこのように、それぞれの市場を確保している一方で、第三世界の国々に対しては歪んだ影響を及ぼしています。グローバリゼーションとは豊かな国々が広めた「うたい文句」です。国際通 貨基金(IMF)と世界銀行の機関は自由化、規制緩和そして民営化などの政策を統轄しています。さらに経済の自由化は、世界貿易機関(WTO)への参加の第一条件となっています。

 世界経済における市場勢力は国家を弱体化させています。産業資本主義は最新技術に支えられ、経済格差をますます広げています。世界人口の5分の1の最も裕福な人々が、ますます多くの世界の富を得ています。世界のGNP(国民総生産)の約80%は工業国に集中して、世界人口の20%の最も貧しい人々は世界のGNPの1.4%しか占有していないのです。大きな多国籍企業がWTOやGATT(関税と貿易に関する一般 協定)のような国際的機関によって利益を保護されているので、国家はもはやそれぞれの自国民の権利と福祉を保護することが出来なくなっています。

 近年、経済協力開発機構(OECD)は世界的な投資家の利益をより上げるために、投資に関する多国間協定を提案しました。このことは政府の役割を空しくして、企業に世界を治める力を与えてしまう事になるでしょう。現在、東アジアと東南アジアで過剰な開発と投機の結果 として起きている株式市場の瓦解、そして通貨危機は経済成長の全プロセスを混乱させています。また、このゲームのプレーヤーではない一般 市民を巻き込んでいます。

 悪化する為替相場のために、生活費は急激に上がります。インドネシアではこのことが社会的動揺や、労働者の移住(渡り歩き)をもたらしています。経済問題を解決するつもりであったはずのIMFの救済計画提案と世銀による構造調整計画(SAP)の課税は、ローンの支払いを保証することにより、発展途上国の主権を奪い、貧しい人々を犠牲にする結果 になってしまいました。トロント大学の経済学の教授、G.K.ヘレイナー博士は、「財政危機と民間資本市場の動揺は、さらに速度を増して世界経済を混乱させ、どのような商業上の現象よりも大きな影響を与えるであろう」と指摘しました。1995年のメキシコの体験は、アジア諸国で今、広がりつつあるのです。

 韓国への影響を想像するのは難しいことではありません。実際、韓国社会は経済危機を被っています。社会的に取り残された人々が、予期しない突然の解雇に直面 せざるを得ないのに疑いの余地はありません。さらにはIMFの多額の救済援助金によって、彼らの悲惨な状況はより悪化しています。

 表面的には、韓国は最も裕福な国の1つでした。韓国は開発途上にある世界にサヨナラしてOECDのエリートグループに仲間入りしました。政府の統計によると、過去30年の経済成長率は平均して7%強でした。

 しかしながら、1997年末、韓国経済は崩れ始めました。韓国政府とその財界は海外の金融機関に助けを求め、結果 としてIMFはすぐに570億ドルの緊急援助金を貸し出しました。この救急援助金は総額1200億ドルの短期ローンのうち、660億ドル分の債務不履行を避けることを保証することになりました。

 実行されているIMFプログラムの要点は以下です。

·      市場の安定を回復し維持するために、金融政策を強化する。

·      流動性により大いに行き渡るように、金利を12.5%から21%に上げる。

·      インフレを5%以下に抑えるため、通 貨の供給を操作する。

·      出来る限りわずかの干渉で、変動為替相場制にする。

·      つりあいの取れた、もしくはわずかな余剰予算を維持する。

·      付加価値税を増やし、法人税と所得税の裾野を広げる。

 このIMFの緊急援助計画の最も悲惨な影響は失業です。職を失うことと小企業の閉鎖がその主な結果 です。失業率は7%だけであると政府は発表していますが、実際の数字は労働力の10%にあたる200万人を超えているであろうと、多くの経済学者は心配しています。労働調査機関によると、子連れの女性がまず始めに解雇されるようです。韓国労働組合連合によると、この危機が始まって以来、毎日200にのぼる会社がその扉を閉じています。このことは、毎日約4000人の従業員が路頭に迷うことになっているということを意味しています。その失業者数の驚くべき統計の背後にある、もっと重大な問題は、韓国国民がその状況を予期できていなかったことです。

 その驚くべき失業率の統計の背後にある重大な問題というのは、この状況を扱う安全網がほとんど存在していないことです。大きな会社が従業員たちを解雇し始める以前でさえも、失業者の人数は150万人をこえていました。政府は失業対策案を発表しましたが、結局、経験不足と準備不足で、不充分な予算やぐらついた社会事業基金が原因する衝突が増加してしまっています。

 もう1つの問題は人々が肯定的な考え方をうしない、失望してしまっていることです。IMFの計画による高金利政策は貧富の格差をさらに広げているという事実を、誰も否定することは出来ません。しかしながら、人々が絶望し始めてしまうことは、さらに悪いことです。

 

<U.韓国の経済危機とIMF>

 韓国が経済崩壊の崖っ淵からIMFの緊急援助に救われて半年が経ちましたが、その緊急援助が始まってからでさえも、韓国社会では貧富の格差がますます広がるという現象を維持している人々が大勢います。韓国国税庁が統計を公表しないので正確な数字を知ることは出来ませんが、高利ということがその格差をより悪化させているようです。困難な経済危機を克服しようとする過程で「持てる者」を中心にした社会構造が続くならば、我々は高失業率問題による社会的衝突に満ちた未来を迎えることになるでしょう。

 現状を見ると2つの事実が目立っています。1つ目は物騒な為替相場危機は減退していること。2つ目は国内の経済危機はより深刻さを増しているということです。国内需要の崩壊は最悪の不況を招いてしまっています。1998年前半期の生産高の伸びはマイナス約4%だと推定されています。そして失業率は1997年の3倍と急に高くなっています。家を失う人々は後を絶ちません。不幸にも、その上に金融、企業部門のリストラ(従業員再編成)という最悪の事態が起きようとしています。リストラは財政的な潤いを回復する以前に多くの倒産を引き起こすでしょう。そして失業問題と銀行部門の改革が政府の財政に多大な圧力を加えることになるでしょう。

 IMFは韓国の問題を扱うことに関して非難を受けてきました。また、一部ではIMF自体が、多くの市民に与えられている経済的圧迫の原因とみなされています。「IMF危機」や「IMFの冷たい波」というような有名な語はそのような見方をほのめかしています。韓国の危機を扱うIMFの役割を問う理由があります。世界中のそれぞれの経済が1つの世界経済に統合されていくにしたがって、国際財政における組織的な危険性が高まってきています。この点について議論されるべき3つの重要な疑問があります。

 まず、IMFは「全ての問題は各国の構造的欠陥と管理ミスによって生じていて、国際財政システムは正確に機能している。」という考えのもとに機能しているようです。もちろん韓国政府当局は経済の管理ミスについて責任はあります。しかしながら、国際的投資家たちが韓国から彼らの金を引き戻し始めてしまったとき、韓国は長期の支払い不可能状態というよりも、一時的な資産の非流動状態に陥っていただけなのです。しかしIMFは引締めと自由化という標準的な対応策でもって応答しました。そして市場と市民からの反応は混乱でした。IMFは世界経済の成長と安定からくる利益よりも、ウォール街(米国金融界)の利益の恩義を受けているという印象を与えてきています。米国政府が自国の防衛体制を整えるためのアジアでの主導に失意してしまったという事も考えられます。

 二つ目は「IMFの貸与政策が『成長の回復』ということを無視していると思える程に、『安定』を強調する傾向がある。」という発展途上諸国側からの絶え間ない批判があることです。IMF覇権のもとに国内の財政危機は悪化しています。そして厳しい不況は財政再構築をより一層困難にしています。

 

 三つ目にIMFが韓国の危機を正しく扱っていないかどうかという問題は別 として、IMFの政策全体についての根本的な疑問です。IMFは緊急財政支援を求めてやってくる国々に対して大きな力を振るっています。IMFの決定というのはその政策プログラムを受け取る側に多大な影響を及ぼします。インドネシアの場合において見られたように、時には政府の崩壊も招いています。韓国に対するIMFの要求は主権の侵害行為です。それゆえにそれが力を振るう程度まで、「透明性」と「責務」の原則が適用されなければなりません。さもなくば、「IMFは強力な政府(主に米国)と国際資本の利益に仕えている。」という非難から解き放たれることはないでしょう。世界経済の適切な統治役割についての冷静な議論が切に求められています。しかし、政府にはあれこれと非難してIMFの機嫌を損ねている余裕はないのです。

 

<V.悪影響を受ける社会から疎外された人々>

1.    野宿を強いられている人々と失業者

 野宿生活者が国全体で急激に増えつつあることは今や、韓国で重大な社会問題となっています。野宿生活者は鉄道の駅や地下街、公園などで多く見かけられます。新しいヨイド公園の開設は、彼らが占拠してしまうことを憂慮して延期されています。

  人数が少なく、暴力を振るったり都市中心部に住み込むということはなかったので、最近までは韓国の都市部で野宿をしていることは人目を引く問題ではありませんでした。他の国の野宿生活者問題に比べて、韓国のそれはそれほど大きな問題ではありませんでした。

 しかし、今や急激に増えつつある野宿生活者は韓国社会において火種となっています。公園では夕方の炊き出しに行列を作っています。仕事をする意欲に燃えている野宿生活者は社会の差し迫ったを関心を興しているのです。

 問題の原因のうち最も重要なのは失業です。為替相場危機以来、失業者数は急激に増加している。不景気とリストラのために、失業者は現在約200万人(労働人口の7%)ですが、今年後半期の構造調整の加速によりさらに人数は増えるでしょう。現在、ホームレスの人数は約3000人だと推測されています。(このうちの70%はIMFの緊急支援以後に加わりました。)

 野宿生活者増加の2つ目の原因は社会福祉システムの欠如です。失業保障制度は導入されてわずか数年で、しかも失業者の多くはその恩恵に授かることができません。突然の失業によるショックを和らげるものが何も無いのです。

 3つ目は為替相場危機以前にも、野宿状態になる可能性があったことです。家賃は収入に対して非常に高く,彼ら彼女らに対するその他の生活環境は貧しいものでした。そのことについてのもう1つの重要な原因は低所得者たちの生活空間を急激に縮めてしまうような低い質の住宅を建てる急な都市再開発です。彼ら彼女らがそれほど長い間、野宿生活者になることを避けていたという事実は、おそらく彼ら彼女らの尊厳を保つという彼ら彼女ら自身の固い意志によるものでしょう。しかし結局、現実の犠牲者とならざるを得なくなってしまったのです。

 

 野宿生活者の人数増加と共に宗教団体や市民団体は、彼ら彼女らの集まる公園などで炊き出しを始めています。宗教的な献金(品)や市民活動基金によって支えられるこの炊き出しは野宿生活者の人々に、生命を維持するのに必要とされる緊急支援を提供しています。しかしながら、これらの活動が続いてゆく中でスポンサーは資金不足の問題を抱えています。こうしてそれらの団体は政府に問題解決の責任をとるように請願するようになりました。

 ここで政府がとろうとした方法は隔離政策でした。政府は野宿労働者向けに大規模な宿泊施設を建て、社会から隔離しようとしました。しかし宗教団体や市民団体は、根源的な問題を全く解決しないこの短絡的な対応に強く反対しました。それらは、野宿生活者の増加は単純な支援手段では解決できないとし、次のようなより良い方法を実演しています。

·      野宿生活者の人々の生活状況を理解する

·      野宿生活者の人々と時間を共有するために市民を招く

·      体験や意見のシェアリング

·      民間カウンセラーの組織

 これらの市民団体は就労年齢の失業者は、一時的な生活保護を受けられる資格と福祉援助を与えられるべきである、と主張します。加えて、市民団体は低所得者に対しての家賃の援助と法的な安全網の確立を要求しています。しかし政府の緊張した財政状況がそのような法律案を通 過させるかどうかは定かではありません。

 しかし宗教団体や市民団体によるこうした活動が、政府の野宿生活者問題に対するなまぬ るい態度を次第に変えさせています。政府は財政的に団体の支援活動を援助し、また政策決定の過程で、宗教団体や市民団体の意見を取り込み、その結果 に生じてくる政策の実施を決定しています。

 しかしまだ問題はあります。公園付近に住む住民から苦情が出ているのです。公園という主な休息の場所が野宿生活者によって占められることで、その住民たちは環境の悪化とそれによる地価の低落に反対しているのです。公園や地下街などに滞在する野宿生活の状態が長期にわたると、彼ら彼女らが地域社会からさらに不当な扱いを受ける結果 になってしまうでしょう。

 今や、野宿生活者問題は新たな段階に入っていきつつあります。市民団体、宗教団体は緊急支援型の活動を超え、社会安全網作り、そして野宿生活者が自分たちの問題を自立して扱っていけるような組織作りを奨励するなどの活動を行い始めています。この方向転換は野宿生活者の緊迫した状況に対する応答を直接、中央政府に求めることとなり、解決すべき新たな衝突を生むことになるでしょう。

 

2.まず解雇されるのは女性

 韓国の経済危機は歴史上最悪の労働条件を作り出しました。毎日、実に多くの労働者が職を失い路頭にさまよっています。雇用保障問題は女性だけでなく全労働者に影響を及ぼしています。しかし目下の経済危機においては女性がまず犠牲者になるという悲しい現実があります。現在、解雇される女性の割合は男性のそれに比べて随分と高くなっています。1997年第2四半期の56万人の失業者中、1996年の同期と比較すると男性の割合が20.8%増である一方、女性の割合は60%増でした。この数が、現在の危機が生じる以前でさえもより多くの女性が労働市場を去っていたことをはっきりと示しています。このことは「労働者が解雇されねばならないならば、まず家族扶養の責任のない女性を解雇したほうが良い。」という論理に原因するのでしょう。

 女性労働者の失業率が高くなっていることは次の事柄が原因していると思われます。

·      再調整のための解雇は女性と暫定的な労働者を標的としていて、ほとんどの暫定的な労働者が女性であること。

·      女性は主に、大きな会社よりも破産や閉鎖の割合の高い小さな会社で雇われています。(5人以下の従業員しかいない会社で働く女性は全女性労働人口の60%を占めています。)それゆえに大企業の下請けであるこれらの小さな職場が閉鎖するときや破産申告をする時、多くの女性が失業することになります。

·      性別による仕事分担が依然として広くされており、男性家父長制観念が今だ男性だけでなく女性自身の間に根強く残っています。それで彼女らは不法な解雇に強く反対できないでいるのです。しかし、男性だけが家族の頭ではなくて、女性が働くということも家族が生活していく上で必要です。そして彼女らを解雇することも人間の生存への脅威であるということが認識されるべきです。

<参考>

VFA and Imperialist Globalization”in Breakthrough, The Student Christian movement of the Philippines,Vol.XV No.4

Response of Christian Faith to Globalization and Economic Development”,ed.Lung Ngan Ling,Report on Youth Consultation on Globalization:Development with A Human Face,published by CCA Youth,1998,p35

Presuppose of Christian Faith to Globalization and Economic Development”,ibid.,p36


グローバリゼーションを解読する

リザ・レイ・ガルシア(フィリピン)

 この10年間、グローバリゼーションのキャンペーンは開発をアピールし、グローバリゼーションの反対運動は破壊の問題をアピールしてきました。ところが、肯定的なキャンペーンは、彼らの視点・興味でのみグローバリゼーションを見ているのです。

 フィリピンの女性の一青年として私は、被害者/加害者、敗者/勝者という視点でグローバリゼーションについて考えてみたいと思います。

 

1、グローバリゼーションとは…

 グローバリゼーションはこの地上に生きていること、留まっていることであり、もし、それに反対したら、歴史の流れやその発展に反対するに等しい、と言われます。「その流れをあなたはどうすることもできないのだから、流れに任せない」とも言われるくらいです。しかしこの言葉がまかり通 っていることを私は見過ごすことはできません。これらの言葉は反キリスト教的であり神に背く言葉です。もし誰かがあなたに「罪の内に留まっていろ」言ったら、あなたはどうしますか。避けられないし抵抗もしたくないから、それに従ってしまおう、とその流れに任せてしまいますか。

 グローバリゼーションを擁護する立場の人たちは、この地上で生きるすべての人が同意せざるをえないような強固な事実だとして、それを誇らしげに利用しています。グローバリゼーションは開発や近代化と同じだ、と言います。ところが、その一方でグローバリゼーションを破壊と死の手先だと言うこともできるのです。

 グローバリゼーションとは、各国家経済が一つのグローバルな市場に急速に統合されていくことを表す、経済的・社会政治的・文化的用語です。グローバリゼーションの目標は、貿易規制を軸にして分割して成り立っている世界中の各市場を破壊して完成する、ボーダレスな経済です。その結果 、実はグローバルな市場において有利な立場にある価値が、伝統文化、アイデンティティ、ライフスタイルを破壊していくことになりるのです。私たちの生そのものを豊かにする文化が営利目的化されていくのです。すべては市場経済のもとにおかれます。それを推し進める重要なポイントは、民営化、自由化、規制緩和ですが、それらは実はまったく喜ぶことができないものなのです。

 グローバリゼーションは、直接的間接的に、すべての地球に生けるものすべてに影響を与えますから、エキュメニカルな関心事となることは確かです。特に青年は、グローバリゼーションの真実を暴露し、それに挑戦する最前線に立たされていると言っても過言ではありません。

 

2、そのはじまりはいつか・・・

 さまざまな経済分析がグローバリゼーションを歴史の新たな段階であるように主張していますが、それは間違っている、というのが私たちの主張です。端的に言って、市場統合であるグローバリゼーションは、15〜16世紀に始まった西洋の拡張、すなわち植民地支配と奴隷貿易という長い歴史の継続に過ぎないのです。植民地支配や奴隷制度は前世紀に終わったことではなく、実は形を変えてグローバリゼーションとして今も続いています。結局これらは、工業国の製品の販売経路の拡大、工業製品の製造に必要な大量 の原料確保、経済的に豊かになった国からの巨額な投資金の流出、というようなことの結果 として出てきているものなのです。

 グローバリゼーションの鍵となっているのはWTO(世界貿易機関)です。それらは7つの最も工業化された国によって支配されています。すなわちイギリス、ドイツ、カナダ、フランス、イタリア、日本、アメリカです。全て資本主義国です。

 たしかに市場統合は世界レベルで急速に進んでいますが、それでもグローバリゼーションは新しいことであると言うことはできません。形を変えた植民地支配が、まだ地図に載っていないような所にまで全世界的に進行しているに過ぎないのです。

 

3、フィリピンの状況

 では、フィリピンにおけるグローバリゼーションの影響を具体的に見てみたいと思います。次の3つの事柄がフィリピンをさらに悪い状況へと追いやっています。1)貿易の自由化と関税の引き下げを高く評価するGATT-WTOへの服従、2)石油など基幹産業の規制緩和、3)様々なレベルでの民営化。

農民

 土地の所有権は、未だに一握りの大地主たちの手の内にあります。人口の70%は土地を持っていない農民です。その上、自由化政策によって、生活のために必要であったために守られていた農地も、日本やその他の外国企業などお金を持っている所へと際限無く流出しており、工業用地、アグリビジネス、高級住宅街の分譲、ゴルフコースなど観光客のアトラクションなどへと容易に転換されています。

 米やとうもろこしを栽培してきた農地も、ランや切り花、アスパラガスなど、「いかに利潤を得るか」ということが目標となる換金作物のプランテーションへと変えられてきています。そのため、生活に必要な米は、その多くが輸入品となってしまっているのです。

 考えてみてください。18ホールのゴルフコースは、平均85ヘクタールの土地を使っています。それがもし水田だったら、収穫期ごとに276キロの米を生み出します。ゴルフコースのメンテナンスには、3000トンの水を使います。この水は、65ヘクタール分もの灌漑用水になります。1995年には、フィリピン鉱山法も成立しフィリピン全土の60パーセントが、海底資源や森林下も含めた地下資源開発の名目で外国企業に略奪される可能性まで出てきているのです。今、農民や先住民たちは先祖伝来の土地を失いつつあります。

労働者

 地方の中小企業や競争する必要のなかった企業は、高い競争力と技術力を持つ外国の企業の無制限な進出と、それにともなう安価な工業製品の流入によって、軒並み倒産しています。1997年1〜3月だけでも、185の地方産業が、資金不足と需要縮小によって閉鎖に追い込まれました。その結果 、82,839人の労働者が翌年1月〜7月に解雇されました。これは毎日423人の労働者が解雇され仕事を失ったことと同じことになります。

 1991年から95年、水道局や電話局、その他の公共事業で働いていた50万人以上の労働者が職を失いました。政府が所有する事業体や工場をIMF(国際通 貨基金)−世界銀行の経済政策の指示に従って民営化したからです。慢性的な失業と不完全な雇用問題が激しさを増しています。

 さらに、フレキシブルな雇用方針、労働者に不利な就労規則、賃金未払い、ストライキの停止、団体交渉協約の凍結などが行われ、労働者が抑圧と搾取に対抗するために行う組織化やストライキを阻むために組合を潰し、労働者たちはどんどん切り捨てられています。

女性

 フィリピンの全労働人口の中で、女性の占める割合は決して少なくなくありません。女性の労働者の35パーセントは農業、39パーセントは工場、服飾産業、電機、タバコ、靴、手工芸品、サービス産業に従事しています。しかし、実際は容易に採用や解雇が可能となる雇用状態であり、資本家側が景気の動向に合わせて雇用数を変更できるような調整弁にさせられていると言えます。さらに女性たちは、セクシャルハラスメントと性の搾取に利用できるものとされているのです。

 そのような困難が女性たちを一大産業となっている売春へと押しやってきました。その要因は、仕事の欠如、そして外国の通 貨を生み出すための売春ツアーの合法化、という二点にまとめることができます。40万人の女性たちが性産業で働いています。さらに驚くべきことに10万人以上の子どもたちが性産業で働いているのです。しかもこの数は、外国で「ダンサー」や「エンターテイナー」として働いている人の数を含んでいません。

子ども

 グローバル化した社会がもたらす貧困によって起きる現象の一つが子どもたちの労働です。両親の失業が、子どもたちを学校からドロップアウトさせます。そして子どもたちは、食べ物と住まいにつられて、1日に12時間から16時間も残業手当もなく働いていることもざらにあります。

 「フィリピン2000」と呼ばれている「中期フィリピン開発計画」とセットになっている「教育2000」政策の履行によって、植民地的で、営利化された、抑圧的な教育システムが永続化に向かっています。この「教育2000」によって、公教育が民営化・営利化され、教育のコストは高くなる一方です。現在でも経済的理由により、小学校に入学した100人の生徒のうち60人しか6年生まで到達できず、30人しか高校を卒業できず、10人しか大学を卒業することができないのに、これ以上教育にお金がかかることになったらどうなるのでしょうか。

 

4、その他

 グローバリゼーションには、これら以外にも様々な問題があります。戦争、環境危機、債務危機、移住労働者問題…。これらのすべては、私たちの人生に重大な影響を与えるものです。

 たとえば青年たちにも大いに関心があるであろう「文化の商品化」ということについて見てみましょう。私たちは、エンターテイメント産業によって起こる現象を暴露してきました。例えばMTVなどはユニークな方法で音楽を利用していますが、こういった産業は、欧米文化の価値を世界全体に行き渡らせて欧米の商品の購買意欲を高め、消費主義を志向するように確実に導いています。グローバライズされたエンターテイメントは、そこに内包されている価値観を通 して、何を食べ、何を飲み、何を着るかを、人々に暗黙の内に命令する能力を持っているのです。さらに、人々がどんなところに住んでいても、何を感じ、何を望み、何を考えるかにまで、巧みに影響を及ぼしていくのです。

 言うまでもなく、西側のそして消費者文化のグローバル化が、先住民の文化や伝統的なライフスタイルを破壊し、民衆のアイデンティティを奪っています。社会における人間関係も、コミュニティ志向から、急速に個人主義化し競争化しています。

 もちろん次のような議論もあります。コンピューターとインターネットは、グローバリゼーションの肯定的な側面 に含まれるのではないでしょうか、と。インターネットが、私たちにより速くより広い情報をもたらし、組織化にも有効な意味あるコミュニケーションを可能にたことは事実です。しかし、その事実は完全なものではありません。なぜなら、世界の人口の大多数を占める貧しい人たちは、今この時間、E-mailどころか食べ物が不足しているのであり、ホームページではなくて本当に住むところもなく、コンピューターではなくて自分の土地を持てず、ヴァーチャルリアリティの中ではなくて、現実の生活そのもので困窮しているのです。

 

5、結論

 グローバリゼーションのキャンペーンは、資本の国境越えが開発の達成に結びつくと思わせるために、いわゆる「自由競争」を言い換えて再利用しているだけなのです。自由な貿易の妨げとなるものをなくし、より効果 的にグローバルな市場を引き出そうとしているのは、実はグローバリゼーションを擁護する資本を持つ側の人たちなのです。そしてそこで言われている「開発」とは貧しい人々にとってはなんの得にもならないものです。「開発」が貧しい人たちにもたらすのは、大量 の失業、労働者の抑圧、女性と子どもの搾取、社会福祉のカット、環境破壊だけなのです。

 このような断固として許し難い現状の中で、私たち青年はどこに立ち、どこに挑戦していくべきなのでしょう。私たちは希望に生きることが求められています。私たちは現状の変革を望んでいます。それはグローバリゼーションによっては実現できません。それを現実化するためには、自己決定権の獲得と解放と平和をめざす民衆の闘いの中に、私たち自らが参加していく以外にはないのです。


ある若い女性のお話 〜スリランカの茶園にて

Lalith Abeysinghe(スリランカ)

<茶園の背景>

·      クールボーンはスリランカの中心部にある茶園である。

·      茶園の労働者は150年前にイギリスによってインドから連れてこられた。今だ多くの人が市民権を持っていない。

·      茶園は基本的な施設が整っていない。労働者の家族は3m四方の小さな部屋に住んでいる。

·      茶園内の非識字率と幼児死亡率は非常に高い。

·      労働者は半ば奴隷のように働いている。女性は6時から18時まで働かなくてはならない。

·      労働者の大多数は女性である。14歳になると茶園に雇われる。

·      労働者は労働組合を持っている。しかし大多数が女性であるにもかかわらず、運営管理はすべて男性による。

·      茶園の労働者は自分たちの摘んだ茶葉の重量 にしたがって、低賃金を受け取る。

·      女性の給料は彼女の夫か父によって集められる。これは茶園の伝統である。

·      労働者の監督者は茶園の所持者たちに非常に忠実である。彼らは利益のために最大限の搾取をおこなう。茶園の持ち主は、茶園の利益を得るためのあらゆる手段を監督者に許可している。

 

<ラクシュミーのお話>

 これはミーナの長女、ラクシュミーのお話です。

 ミーナはクールボーン茶園の労働者です。3人の娘と2人の息子がいる。彼女の夫はアルコール依存症で彼も茶園の労働者です。

 長女のラクシュミーは修道会へ勉強のために送られていました。茶園内で勉強する機会を得られるのはごく稀なことです。一方、ミーナは家族が生きてゆけるように一生懸命働いていました。ミーナは長女には勉強させたかったのですが、次女には茶園で働いてもらわなくてはなりませんでした。

 ところがある日、急にミーナが病気になってしまい、ラクシュミーは茶園に戻って働かなくてはならなくなりました。

 労働組合のリーダーは茶園の監督者に話し、ミーナがしていた仕事をラクシュミーにさせるように取り計らいました。監督者はラクシュミーに母のミーナと同じように一生懸命働くよう忠告しました。

 初日、ミーナは働きに出て妹の助けでたくさんの茶葉を摘んみました。

 ラクシュミーと彼女の妹は計量小屋にやって来て、まず妹が彼女の籠の重さをを計りました。その時、ラクシュミーが何気なく計測器を見ると重さは42Kgでした。監督者はカードに重量を記して妹に渡しました。

 次にラクシュミーが彼女の籠を計ると35Kgでした。その量 に監督者はとても怒って、この位の量では計測器のところに来ないように言いました。でもとにかくラクシュミーもカードを受け取りました。

 ところがラクシュミーが家に帰り、カードを見ると29kgとしか書いていませんでした。さらに妹にカードを見せるように言うと、それには38Kgとしか書いていなかったのです。彼女は母の以前使っていたカードを見ました。それには毎日40Kgと書かれていました。ところがラクシュミーは、母がそれよりもたくさん、かるく50Kgはあると思われる量 の茶葉を摘んでいたことを思い出しました。

 ラクシュミーはこのことを母と妹に聞いてみましたが、彼女らはこのことについてさっぱり分からないと言いました。

 ラクシュミーはとても悲しくなり、妹とこのことを議論しました。そしてラクシュミーは

「日曜日に私たちは全ての女性を集めて勉強会を開かなければならない。」

と妹に話しました。

「何を私たちに教えてくれるの?」

と妹は訊ねました。そしてラクシュミーはこう答えました。

「重量計の読み方よ。」

(この記事は、1999年3月15日の、CCA青年委員会とCCA開発奉仕委員会が共催した国際開発経営研修会で用いられた、ケーススタディーのための資料である。)


祈り

 愛する主よ、あなたの愛と自由に感謝いたします。グローバリゼイション時代の最中にあってあなたの証人となる為に、力をお貸しください。多文化、多宗教社会における「光と塩」とならせてください。新しい正義と平和と愛の秩序を生み出す道具としてください。迫害への恐れを克服するために力をお貸しください。

 いつもあなたと共に在って、悪や試みに打ち勝つ正義を見失わないように、私たちを強めてください。私たちの罪を許し、恵みをお与えください。そしてグローバリゼイションの悪影響を取り除く働きに参与する私たちの生活を有意義なものとしてください。

 栄光が私たちの主イエス・キリストと共にありますように。       アーメン

(この祈りは1998年10月にパキスタンで行われた、CCA農村青年交換研修会の開会礼拝の祈祷式文から採用された。)


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