まじわり132号

【巻頭言】(加藤司祭)

 アダムとエバは、当初二人とも裸でしたが恥ずかしがりはしませんでした。しかし、神様から食べるなと命じられてい

た木の実を食べてしまったあと、二人の目が開け、自分たちが裸であることを知るようになりました。そして、いちじくの

葉をつづり合わせて腰を覆うものとしました。そもそも裸であった二人は、お互いに隠しごとをすることもなく、醜い面も

弱い面も、すべてを出し合って生きていました。そのような姿が、罪に陥ったことにより、お互いありのままの自分でい

ることが出来なくなり、どこかを、また何かを隠さなければならなくなりました。つまり、自分自身の中に人には見せたく

ない、知らせたくない、あるいは人には見られたくない、知られたくないという意識が芽生え、隠し合う関係に変わりまし

た。そして、自分の中に隠しているという意識が起こる中で、相手も何か隠しているのではないかという疑いを抱くよう

になり、お互いが信頼できなくなりました。堕罪物語は、神様との関係が切れると、人間同士が不信を抱きあうようにな

ることも教えています。夫婦にしても、人と人との間にしても、関係を築きあうことにより成り立つという意味において、隠

すという行為は、その間柄を損ない信頼を失いかねないことになるということです。

 この後、アダムとエバは神様によりエデンの園を追放されることになります。その際、神様は二つのことを語ります。

一つはエバに対して生みの苦しみを与えるということであり、もう一つはアダムに対して食べ物を得るために額に汗して

働くようになるということです。そもそも楽園にいるときは、善悪の知識の木以外の木の実を取って食べることにより人

生が保障されていました。それは、まるで赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいるように、人にとって必要なものはすべ

て与えられる環境でした。それは、人が全面的に神様の養いとみ守りの中で生きていくことができる状況でした。しか

し、罪に陥ったことにより、人がお互いに不信を持ちながらも、自分の力で汗して働き、また子孫を残すことによって生

き延びていかなければならない状況へと変わりました。それでも、神様は裸同然であったアダムとエバに皮の衣を作っ

て着せました。神様は二人を楽園から追放するにあたり、これから自分たちの力だけで生きていくようにと、まったく見

捨ててしまうのではなく、二人に必要な支えを与えます。そもそも人は神様から与えられた意思を自由に用いて生きて

いくことが赦されました。しかし、その自由を履き違え、神様を無視して使うことにより、自らが神様のようになりました。

ところが、いわば神様に叛いた、そのような人間をも、神様はどこかで守り支えようとしていると教えています。

 楽園を追い出された二人に、やがてカインとアベルという二人の息子が与えられます。そしてあるとき、兄のカインが

弟のアベルを襲って殺すという出来事が起こります。楽園追放後の最初の悲惨な出来事が殺人でした。神様の庇護を

離れ人が自力で生きていこうとすると人を殺める行動に出るという教えです。しかし、殺人というのは何も物理的に人を

殺すということを指してはいません。神様はカインがアベルにそのような行動に出た後「お前の弟アベルは、どこにいる

のか。」と質します。するとカインは「知りません。わたしは弟の番人でしょうか。」と応えます。この応えにはカインのアベ

ルに対する無関心が見て取れます。カインはアベルがどこにいて何をしているのか知ったことではないと、アベルの存

在など自分には関係ないことを主張しています。この出来事は人への無関心が、すでに人を殺している、すなわち人が

活き活きと生きることをさせなくしているということを伝えています。「愛の反対は無関心である」と語ったマザーテレサ

の言葉にあるように、関心を寄せることは人と人とが一緒に生きていく上で、大切な要素と言えます。

 さて、その後、神様はカインに対して「土を耕しても、土はもはやお前のために作物を産み出すことはない。お前は地

上をさまよい、さすらう者となる。」と語ります。弟アベルを殺したカインは復讐の恐れを抱きつつ、逃げ惑うことになり、

また土が呪われたことにより作物を頼みとして生きていくことができなくなったので、地上をさまようことを余儀なくされま

す。しかし神様はここでもカインが復讐に会うことのないよう、カインにしるしをつけます。罪を犯したカインに対して罰を

下すのではなく、それでも神様はカインを庇護しようとします。

 恐れを持ちつつさまよいながら生きていくカインは、その後結婚し、町を建てるという行動に出ます。そして、生まれで

た子孫からは、家畜を飼い天幕に住む者、竪琴や笛を奏でる者、青銅や鉄で道具を作る者が出てきます。ここに職業

や音楽・芸術や道具・武器などの文化が生まれました。これらはすべて恐れや不安や悩みから身を守るためのもので

す。人は仕事に没頭することにより不安を忘れさせ、音楽や芸術に身を投じることによって悩みを鎮め、武器を持つこ

とによって恐怖から身を守ることができると考えた訳です。聖書は人がそのような文化を造り、よすがとすることによっ

て、何とか生き延びていこうと考えたと、その姿を分析しています。そして、そのような文明社会の中で生きて行った最

後に「主の御名を呼び始めた。」と、人が宗教を造ったことを記しています。人は様々な文化によっては自らが抱える恐

れを拭い去ることが出来ないと最後に知り、神に助けを祈り求めたということです。

(つづく)

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