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聖パトリック教会1957年伝道開始
2006年7月16日発行 第174号
牧師 司祭 ミカエル 加藤俊彦
アメリカ聖公会メリーランド教区の「良き羊飼教会」を訪問した私たちは主日聖餐式に
出席し、当時執事であった私は礼拝奉仕のお手伝いをしました。特に式服を持っていか
なかった私に緑のストールを貸してくださり、それをクラリカルシャツの上に首からか
けただけの姿でプロセッションに入り、式中は至聖所の席に座り、分餐時にはブドウ酒
を配りました。聖職者に成り立ての私としては、聖餐式に式服を着けずに臨んだり、お
印程度にストールをかけたりする価値観が許されることに対して目から鱗の落ちる思い
でした。それは、公祷である聖餐式を司式または補式する際に、聖職者たる者は少なく
ともキャソックとサープリスとストールを着用するべきという捉え方が、日本において
は暗黙の内に必然とされ、自分もそのように考えていたことに気づかされたからでし
た。しかし、その状況において教会の人たちが考えたことは、聖職者の服装は二義的な
ことであり、むしろ関係を結んでいる東京の教会から訪ねてきた聖職者に、何を着てい
ようが着ていまいが、礼拝に奉仕していただこうという思いの方を大切にすることであ
ったのだと言えます。この出来事は、違いを経験することを通して既定の価値観を脱す
ることができ、またそれによって真実を見つ直すことができることに気づかされた、今
でも覚えている衝撃的な事柄でした。
礼拝後はホールでコーヒーとクッキーだけの簡単な愛餐会が持たれ、その後は特に私た
ち訪問団のために計画された教会をあげてのピクニックが待っていました。そのため信
徒はそそくさと教会を後にし、私もジョンの自宅に戻りました。そこでシャワーを浴び
た後、玄関先にジョンが現われました。そのいでたちは、麦わら帽子にポロシャツ、半
ズボンにデッキシューズという、午前中とは打って変わった、まさにピクニックという
姿に、とてもビックリさせられました。アメリカ人は時や場所や状況に合わせて服装を
着替えることにこだわりを持ち、それを通して人生を楽しみ、謳歌しているという印象
を受けつつ、だからと言って一日何回でも着替えるのだろうか?、一体誰が洗濯するの
だろうか?、という疑問が湧いてきました。その後、聖公会が持つ郊外のキャンプ施設
に車で行くと、午前中に会った教会の人たちが、やはり、いでたちをピクニック用に変
え集まってきていました。野外で長いテーブルを囲み、いよいよ遅い昼食として出てき
たのが、スパイシーに味付けされた山のような蟹・蟹・蟹でした。それらを青空のも
と、ビールを片手に、足をもぎ、甲羅をわって、皆で会話を交わしながら食べました。
また周囲にはプールやテニスコートがしつらえられ、思い思いに楽しみました。このピ
クニックでも、メリーランドの聖公会の教会の人たちの社会的地位を目の当たりにさせ
られました。
他の日には教区内の教会や施設を訪問しました。中でも、スープキッチンという給食施
設を訪ねた折には、教区をあげての大々的な社会奉仕に目を見張りました。この活動は
その日の食べ物に事欠く人びとに対して無料で食事を提供するという働きで、その施設
は何百人の人たちが座って食事をすることができるほどの大きさを持ち、訪問した時に
はほぼ満席の状態でした。そこに各教会の有志が集まりボランティアとして働いていま
した。持てる者が持たざる者に持っている物を与えるという構図に議論の余地はあるも
のの、それでも実際に貧しい人たちのために行動し、その人たちが一日でも生きていく
ための助けになっているということは紛れも無い事実でした。その施設を見て、教会が
社会の課題に向けて奉仕するという使命を担わなければならないことを痛感し、また当
時の東京教区には欠けている姿でもあると感じました。
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