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聖パトリック教会1957年伝道開始
2005年6月19日発行 第162号
牧師 司祭 ミカエル 加藤俊彦
何故私が聖職者になろうと思ったのかについての前号の続きです。
結局、高校・大学の間にボランティアやキャンプで出会った七生福祉園の園生、そして
三里塚の農民や在日朝鮮人韓国人の人たち、またその人たちを通して教えられたことと
今後の自らの就職進路との関係を私はどうしても切り離して考えることができませんで
した。そこで、二つをどのように結びつけていったら良いか、何をして働くことが与え
られたものを与えてくれた人に返すことにつながるか、そして具体的にはどのような職
業を選んでいったら良いか、ということを思案する中で三つの答えを見出しました。そ
れは青年海外協力隊に応募すること、社会福祉施設で働くこと、聖職者を志願すること
でした。そこで、これらの道を思いあぐねた結果、まず海外協力隊への道は経済学士の
資格では役に立たず改めて勉強し直さなければならないのが大変なので止めました。次
に社会福祉施設で働くことは、これまでボランティアやキャンプを経験する中で私が抱
いていた疑問点に直接応える働きではないと思ったので止めました。
私は聖公会のクリスチャンファミリーの中で育ちちながらほとんど教会には行ってい
ませんでした。ですから教会とは礼拝するところであることは知っていたものの、何の
ためにあるところなのかということに対してまったくイメージを持ってはいませんでし
た。そのような私が、ローマ・カトリック教会が主催するボランティアやキャンプに参
加することを通して、その標語であった「互いに愛し合いなさいというイエス様の言葉
に基づく社会変革」という簡潔な言葉に触れました。それによって私は初めて、教会と
はこのような理念を持っているところであることを知りました。そしてこのような理念
に基づく教会で働くこと、つまり「イエス様が教えている『互いに愛し合いなさい』と
いう戒めを皆が守って生きていくことを目指している」そして「互いに愛し合うことが
果たされていないこの社会を変革していく」教会で働くことこそが、今までの体験で出
会った人たちや教えられたことへの応答になり、また自信で抱いていた社会への疑問に
応えることになると考えました。こうして聖職者への志願の決意を固めました。
さて、次なる思案のしどころはカトリックの聖職者になるか、聖公会の聖職者になる
か、という選択でした。それまでの私の人生を考えると、幼稚園から高校までローマ・
カトリックのミッション校に通い、聖職者になることを動機付けたのもローマ・カトリ
ックの神父さんや信徒の方だったので、私自身への影響力は聖公会よりローマ・カトリ
ック教会に負うところが絶大でした。しかし結局ローマ・カトリックの聖職者は結婚す
ることが許されていなかったので、そこまでする気もなく、聖公会の聖職者としての道
を選ぶことにしました。
その後、このようにして色々と考えあぐねた末に決めたことを、まずは両親に語りまし
た。母親の反応は「聖職者は勉強が出来ないとなることができないから、あなたには無
理よ」というものでした。父親の反応は「あなたが決めたのだから反対してもやるのだ
ろう。しかし綺麗に見えるところほど汚いものがあるよ」というものでした。私には両
親が心配していることは分かりましたが、何と言われても自分の中で決めたことを変え
る気はありませんでした。そこでいよいよ、私の出身教会である聖十字教会の牧師のと
ころに志願の旨を伝えに行き話しました。すると牧師は「まずは日曜日の礼拝に出ろ」
と言われました。
今思うに、あのころは本当に純粋かつ単純でむこうみずであったと思います。しかし、
聖職者に按手された今でも、立ち返るべき初心として大切にしたいと考えています。
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