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聖パトリック教会1957年伝道開始
2004年10月17日発行 第154号
牧師 司祭 ミカエル 加藤俊彦
さて、私が中高生時代を過ごした暁星学園はローマカトリック教会に属するミッション
系の学校で、神父さんがいたり学内には修道院や礼拝堂があったりするとはいえ、礼拝
も聖書の勉強もなく、まったくキリスト教色を出さない受験校でした。暁星というとサ
ッカーが有名ですが、私はバスケットボール部に属し、都内でベスト16に入ったこと
もあるほど結構一所懸命にクラブ活動に励んでいました。とはいえ、特に中3から高2
までの間は少々横道にそれて、親や先生に隠れて煙草を吸ったりお酒を飲んだり、授業
をふけってサテンに行ったり、登校時にデートし遅刻して2時間目から授業に出たり、
学校の先生にはたかれたり、五角関係の恋愛をしたり、女子大生と付き合ったり、学校
帰りに雀荘へ行ったり、同級生をいじめたり、家では親と一切口をきかなかったり、親
に罵声を浴びせたり、もっと悪いことや変なこともしていました。またその一方では、
知的障害者施設の七尾福祉園を毎週日曜日に訪れ、こどもたちと一緒に一日中遊んだ
り、全生園というハンセン病療養所内にあるローマカトリック教会の礼拝堂の掃除に出
かけたりとボランティア活動もしていました。今振り返ってみるとこの時期はいわゆる
良いことも悪いことも色々と経験し、それ故に色々なことを感じ考えて、一番活き活き
として楽しい人生を送っていた頃と言うことができます。それは同時に親や先生や社会
には最も迷惑をかけ、心配をさせ、我慢を強いた時期と言うこともできます。しかし恐
らくこの時期を経験していなければ、今聖職者として働いている私はいなかっただろう
と思います。
人生にはその時期その時期であるからこそしなければならないこと、その時その時でな
ければ出来ないことというのがあると思います。私が中3から高2までの間で経験した
ことは、まさにこの時期であるからこそ出来たことであるし、やらなければならなかっ
たことと言えると思います。そしてこの時期を過ごしていた私を支えていたものは、
「やりたいことを、やりたい人が、やりたいように、やる」という、当時私たち高校生
を指導していたローマカトリック教会の人たちが常々言っていた言葉でした。この言葉
は自分勝手な人間を作り上げる言葉のように聞こえます。しかし、私はやりたいこと
を、やりたい人が、やりたいように、やって良いのだという言葉に支えられて様々な経
験をする中で、周りに迷惑や心配をかけながらも、そこから様々なことを感じまた考
え、大人の矛盾や社会の矛盾に気づき、親への反発を繰り返し、自分自身の心の中での
葛藤とぶつかり合うことが出来ました。それ故にこの何よりも多感な盛りに、そして本
当に人が人になっていくというきわどい過程を踏んでいた時期であったからこそ、この
言葉は私にとっては大切なそしてふさわしいものであったと思います。そしてその結果
が、そのような体験をもとに自分自身の生き方を見つけ出していった今の私がいます。
教会にはほとんど行かず、従って教会生活もまったくして来なかった私が、こうして教
会の牧師になっているのは本当に不思議で非常識な話です。しかし、少なくとも聖職者
を志す上で、礼拝出席が第1条件でも、品行方正が必須条件でもないという事例を示す
ことが出来たのではないかと思います。そして若い内に様々なことを体験し、思い、悩
み、考えていく中で聖職者を目指してくださる方が出てくることを期待いたします。
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