パトリックニュース150号

聖パトリック教会1957年伝道開始
                        2004年5月16日発行 第150号

こんにちは、初めまして (その2)

                        牧師 司祭 ミカエル 加藤俊彦
 
今回は私と教会との関わりについてご紹介いたします。

1965年4月18日に東京聖十字教会で今井烝治司祭より3歳の時に洗礼を受けまし

た(教区より堅信式を受けた際に発行される「いのちの履歴」による)。洗礼名は父が

ダニエル、兄がサムエルなので、エルがつく他の人ということでミカエルと命名したそ

うです。従って、教会に始めて行ったのは記憶の外の出来事でした。覚えていることと

しては、幼稚園から小学校低学年の頃にかけて、東急世田谷線(チンチン電車)に乗っ

て教会に行けることが嬉しかったこと、教会の中に飾られていた十字架の道行の絵が非

常に怖かったこと、母親が10時半の聖餐式に出席し私が日曜学校に出席させられ、

別々にならなければならなかったことがとても嫌だったことです。なので、私は10時

半の礼拝に母親と出席するようになりましたが、文語祈祷書を目で追っていっても何を

やっているのかが全くわからず、結局礼拝に出るのが嫌になり、また日曜日は学校の友

達と遊ぶことが楽しくなり、以来教会に行くことはなくなりました。

次ぎに教会に通うようになったのは、高校生の頃、母親に「堅信式を受けても損になら

ないから受けておきなさい」と言われ、「そんなものか」と堅信の勉強のために週日学

校帰りに教会に行った時でした。勉強は峰村春二郎司祭より受けましたが、何を学んだ

か今ではすっかり忘れました。唯々我慢の時を過ごし、1979年12月9日、母教会

で後藤眞主教より堅信を受け初陪餐に預かりました。しかしその後再び教会に行くこと

はなくなりました。

そもそも、調布市深大寺に住んでいながら世田谷の教会に家族共々教籍を置いていたの

は、聖十字教会に親類縁者がいたからということでした。聖公会の教会は、血縁と学閥

で広められ内輪で固まっいく傾向があります。事実、私の父親も父方の祖母も叔母も、

母親も母方の祖父母も叔父叔母も、母方の祖母の大祖父母も、母方の祖父の大祖父母も

聖公会の聖職者や信徒であることに典型的に表されています。現在も国立に住み、以前

聖パトリック教会の礼拝に顔を出したことがあるようですが、赤松は速水敏彦司祭の娘

で私とは従姉妹です。聖パトリック教会からステンドグラスについての問い合わせをし

たことがある澤村は、私の叔父です。阿佐谷聖ペテロ教会、東京諸聖徒教会、聖ルカ礼

拝堂、松戸聖パウロ教会、市川聖マリア教会、桃山基督教会、神戸聖ミカエル教会など

に親戚がいます。私はこの事実、すなわち聖公会の教会が血縁にまみれている体質に受

け入れがたいものがあります。それは、私自身という人間が教会の人から認められるの

ではなく、あのお母さんの息子とか、あの司祭の親戚とか、聖公会の血筋がどうの、と

いう見方をされたことにあります。そして、この体質により決して悪気はない中で自然

と仲間に入れない人が出てくるのは教会的ではないと思うからです。なので、ほとんど

自分の聖公会での家系や親戚について教会の中で自ら言うことをしてきませんでした。

しかし最近ある方の示唆があり、多少は語った方が良いのかと考え直すようにもなりま

した。

(つづく)
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