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【巻頭言】(加藤司祭)
一九九三年に全生園の礼拝堂に赴任し、しばらくして後の園内の傾向として、療養者が入院
を必要とする病気(ハンセン病ではない病気)にかかった際、それまでは園内の病棟で入室治
療していたものが、園の外の病院で入院治療することが多くなってきました。
ある時、幼い頃からハンセン病の療養所で育ってきた信徒の方が癌を患い、園外の病院に治
療のため入院することになりました。病室は複数人の部屋で、数ヶ月間の闘病生活でした。彼
女が入院生活で最も辛かったこととして聞いたことは、同室の方との対話でした。園外の生活
を経験していない彼女にとって、最近の卵の値段が高いの安いのなどの、いわゆる一般社会
の消費生活についての会話は縁遠いことでした。従って、そのような会話に入れないことは、
またそのような会話に入らないようにしていたことは、癌という肉体的・精神的な痛みを負って
いる上に、更にハンセン病者であったが故の辛さでした。また、他の病院に入院した信徒の方
は、当初自分がどこ(ハンセン病の療養所)から来たのかを同室の方に知れることを恐れ、言
わないようにしていたので、病室に行った私も「全生園」の名前を口にしない会話を心がけるよ
うにしていました。
これらの出来事は、長い間放置してきたハンセン病者への差別や偏見が、療養者に園外の
人々と一緒に暮らすことをどれほど難しくさせているか、また療養者の心に生じさせた垣根をな
くすことをどれだけ困難にさせているか、そのことを物語っていると思います。そして、それらの
心の思いや垣根が癒されるには、まだまだ時間がかかることだろうと思います。それだけに、
差別や偏見は人が活き活きと生きていくことをさせなくする、唯一回の人の一生を台無しにし
てしまう、非常に恐ろしいものだと思います。
また療養者が園外の病院に入院できるようになったことは、都会の名だたる大病院で治療で
きるようになったという意味で幸せなことのようにも思えます。しかし私が経験した中では、実際
療養者は園が指定する病院で治療したのであって、自ら病院を選んだのではありませんでし
た。私たちは自分で病院を自由に選ぶこともできますし、今ではセカンドオピニオンを聞くこと
も出来ます。そのような世の中にあって、療養者は医療機関や医療法や医者を選ぶ自由がな
いのが実情であり、しかも私は信徒の方の健康保険証を目にしたことがありませんでした。
療養者は今まで、住居や外出の自由を奪われ、家族との行き来や仕事の選択を剥奪され、古
くは着る物の自由も阻まれ、そして今でも医療を受ける自由が制限されていることを考えれ
ば、差別や偏見がなく平和であるということの一つの指標は、選択の自由が与えられているか
否かにあると言えるのだと思います。その意味で言えば、ハンセン病者と共に生きる私たちの
社会はまだ平和ではないと言えるのだと思います。
さて、全生園というところは、ハンセン病というこれまで間違って培われてきたイメージから怖く
恐ろしいところ、あるいは差別や偏見を受けてきたが故の苦しみや辛さ、悔しさや無念の思い
が渦巻く、さぞや暗い、何となく近づきがたい重い雰囲気のところという印象があるかもしれま
せん。しかし事実は全く逆で、園外では経験することができないほどに心の底から笑い合える
明るい天国のようなところです。それを示す例として、当時九十歳を過ぎた痩せて小柄な女性
の信徒が、大柄な恰幅の良い目の不自由な男性信徒の腕を取って、主日礼拝に出席するた
めに彼女が彼の目となり不自由者棟から礼拝堂まで歩いている、その後姿を見た時、私は思
わず微笑んでしまいました。また別の例として、手のひらの筋肉が落ちて指が内側に曲がった
ままの信徒が園外の方に道を尋ねられた時、道をまっすぐに行ってもらおうと手のひらで道筋
を指し示したところ、その方は直進せずに指先が向いている方向に曲がって行ってしまい困っ
てしまったことを、おもしろ可笑しく話してくださるのを聞き、私は思わず笑い転げてしまいまし
た。他には、その昔園で断種手術を受けた時の様子を男性信徒の方が話してくださり、「チョン
と切ってキュッと縛って手際良くやるんだよー」との語り口に思わず笑ってしまいました。
これらの様子や話は、全生園の方がそれまで身に帯びてきた仕打ちや気持ちや不自由さに心
を寄せると、決して微笑んだり笑ったするすることではないのですが、それでも思わず微笑まさ
れ、また笑わされてしまうのは何故なのか、私はとても不思議でした。その答えは恐らく、信徒
の方々が本当に苦しく辛い経験をされてきたことを通して、その思いを消化し達観したところの
ユーモアを持ち合わせているからなのだと思いました。そしてこのユーモアには、自らが痛みを
経験したが故に人の痛みを共感し、相手を思いやることができる温かみが裏打ちされているこ
とを感じました。その暖かさが、相手に悲壮感を与えるのではなく、まったく逆に周囲に笑いを
渦巻くという喜びの状況を自然にもたらしたのだと思いました。そして、このようなユーモア溢れ
る会話をすることができるのは、筆舌に尽くしがたい苦難を受けてきた方々が自らの人生を省
みて、ハンセン病を患ったことを「恵みだった」と語られた言葉があるからなのだと思いました。
私たちの人生において苦しさや辛さや悲しみや涙が消え去ることはないのだろうと思います。
しかし、そのような出来事がある中ででも、人生をあきらめたり逃避したりすることなく、すべて
のことを神様の恵みとして受けとめることのできる信仰に支えられ、ユーモアに溢れ、笑顔が
絶えない、温かみに包まれた関係を築き上げていくこと、そのような生き方を全生園の方々は
私たちに教えてくださったと言えるのだと思います。
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