パトリックニュース156号

聖パトリック教会1957年伝道開始
2004年12月24日発行 第156号

「星を動かす少女」

牧師 司祭 ミカエル 加藤俊彦

 
一編の詩をご紹介します。

「星を動かす少女」

クリスマスのページェントで 日曜学校の上級生達は三人の博士や 牧羊者の群れや 

マリアなどそれぞれ人の目につく役を ふりあてられたが一人の少女は 誰もみていな

い舞台の背後にかくれて星を動かす役が当った。

「お母さん 私は今夜、星を動かすの 見ていて頂戴ね」

その夜 堂に満ちた会衆はベツレヘムの星を動かしたのが 誰であるか気付かなかった

けれど彼女の母だけは知っていた そこに少女の喜びがあった。

この詩は、関西学院大学神学部の教授であった松田明三郎さんという方が残した詩で、

福永書店から絵本も出ているそうです。

 ふとしたことがきっかけで私はこの詩を知り、とても感動したので、皆さんにご紹介

しようと思いました。この詩の中心は、この詩の最後に出てくる「少女の喜び」だと思

います。

彼女が割り当てられた役は、目立つ表舞台ではなく、一度も顔を出すことのない舞台の

裏側で、三人の博士をイエス様のところまで導いていく「星」を動かす役割でした。そ

の役は、劇を見ている会衆の視線を誰からも浴びることがありませんでした。星を動か

しているのが誰か知られることもありませんでした。しかし、それでも少女の心の中に

は喜びがありました。それは、お母さんがその劇に来てくれたからでした。そして、お

母さんだけは舞台の裏側にいる少女を見ていてくれたからでした。そして、お母さんだ

けは、星を動かしているのが少女であることを知ってくれていたからでした。誰からも

見られなくても、誰からも知られなくても、少女は一人ぼっちではない、少女にとって

は大事なお母さんたった一人にだけ分かってもらえていれば、それで嬉しかったし、そ

れで満足だったのだと思います。

少女の喜びの背後には、「お母さん 私は今夜、星を動かすの 見ていて頂戴ね」と願

った少女の言葉と、恐らくは「見ているからね」というお母さんの返事があって、そこ

に、お母さんとこの少女との間の、とても堅い信頼関係があったのだと思います。その

信頼で結ばれているからこそ、そこに確信があるからこそ、どんな環境の中にあって

も、たとえ不本意な役柄であったとしても、たとえ辛い役目であったとしても、そこに

喜びを見出していく生き方を築くことができるのだと思います。

私たち人間にとって、もし不幸というものがあるとしたら、それは一人ぼっちになって

しまうこと、分かってくれる人がいないこと、自分のことを知っていてくれる人がいな

いこと、理解し受け入れてくれる人がいないことだと思います。そして、もし私たちが

幸せを願うのであれば、何よりもまず、お母さんやお父さんとの信頼関係を常に結び続

け、常に見直し、常に固めていくことだと思います。

ここにお集まりになられている方々には、必ず両親がいる筈です。例え、両親が天に召

され今は会うことができなくなったとしても、その信頼関係は切れてしまうものではり

あせん。目に見えても、目に見えなくとも、親は自分のことを見ていてくれる、知って

いてくれる、分かっていてくれる、そんな硬い絆に結ばれていれば、私たちはどのよう

な人生においても、例え苦しく辛い出来事の中にあっても、そこから喜びや嬉しさや満

足を見出していくことができるのだと思います。

この詩は、私たちにそのようなことを教えてくれているのではないでしょうか。改め

て、お一人お一人、この詩をもう一度読み直して、感じ考えていただければ幸いです。

<こんにちは、初めまして(その7)は、1月より再開します。>

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